幕間5.折人の役割



「お前、そろそろフルネーム教えやがれ」


 旅の準備のために折人の荷物を一緒に纏めていると、暮奈さんがそんな事を言い出した。

 折人は返事の代わりにあからさまに嫌そうな顔をする。暮奈さんにそんな対応して大丈夫なのかな。


「あんだよ、名前にトラウマでもあるのか?」


「ぃや、無いけどヨ……」


「じゃー教えろ。今すぐ教えろ。これから一緒に旅するってのに、隠し事されてるのは気に食わねえ」


 暮奈さんが段々イライラしてきてるのがすぐに分かった。そんな無駄な事で喧嘩に発展するのもなんだったので、僕が仲裁に入ることにする。


「まあまあ暮奈さん。そんなに急かさなくても」


「勿体ぶる必要もねえだろうが。元刑事としても気になんだよ。偽名を使うやつにはそれ相応の理由がある。それがこいつの裏の顔だったりしたらたまったもんじゃねえ」


 思ったよりも冷静な意見をぶつけてくる。確かにそう考えると名前を隠しているのも怪しいかもしれない。僕も意図せず名前を隠してたこともあるから、あまり責められないっていうのがあるんだけど。


「ま、いいけどヨ。でも1つだけ約束してくれ。絶対笑うんじゃねぇゾ?」


 折人にとっても喧嘩のような事態は本意じゃなかったのだろう。すぐに折れて話しだしてくれた。


「――茶倉折人さくらおりとだ」


「サクラ?」


「さっ……サクラ……ッ!!」


 ちょっと変わった名前だなと思った途端、僕の隣で暮奈さんが噴き出した。何がツボに入ったんだろう。お腹を抱えてプルプルしている。


「サクラってお前……くくっ……女の子かよ……ぶふっ!」


「だーもう! だから言いたくなかったんだよ! きっちり笑ってんじゃねーか!」


 笑うなと言われたのにしっかり笑った暮奈さんに、折人が詰め寄る。言われてみれば女性の名前っぽいけど、ちょっと笑いすぎじゃないかな。


「別に大した事じゃねぇってサクラ。気にすんなよサクラ。かわいいじゃんかサクラちゃん」


「ぃや、バカにしすぎだろ! 最後ちゃん付けしやがったしヨ! アキラもなんか言ってくれよ!」


「まぁ……この人はそういう人だから……」


 折人に助けを求められたが、残念ながら僕にはどうにもできない。せめて僕だけはちゃんとこれからも下の名前で呼んであげよう。


 そんなやり取りがしばらく続き、暮奈さんが飽きた頃。ようやく折人が旅の準備を再開した。流石に僕のリュックにはこれ以上の物は入りきらないので、自前のカバンに荷物を詰めてもらっている。同時に、これからの旅についての詳細を折人が僕らに確認する。


「で、食糧はやっぱ保存食なのか?」


「基本はね。でも暮奈さんが――」


「栄養バランスが気になるからな。そのへんに大量にある野草も一緒に使ってる。ほれ、コレとか、コレとか……」


 暮奈さんが野草図鑑を見せながら説明した。すると途中まで普通に聞いていた折人が急に驚いた顔で言う。


「え!? あかりちゃんが飯作ってんのか!?」


「オイ待てサクラ。なんだその呼び方。料理出来ないと思われんのは仕方ないとしても、そこだけは許容できん」


「アンタがサクラ呼びをやめないなら俺もあかりちゃんで通すゼ。かわいいじゃんかあかりちゃーん」


「こ、コロ……いや殴る! ぶん殴る!」


 意趣返しでからかい返す折人。暮奈さんは真っ赤になって怒っているものの、一応冷静さは残っているのか「殺す」とは言わなかった。その言葉は出来る事なら口にして欲しくない。

 しかし折人も肝が据わっているな。自前の偵察兼攻撃機を全機破壊してくれた相手に対してあんな態度が取れるのは本当にすごいと思う。いつ終わるかもわからない不毛な旅だ。精神的に強い人間は多いに越したことは無いだろう。

 あ、でももう殴られてる。


「ま、呼び方を改めるかはともかくナ。とりあえず俺は自分に出来る事をしていくゼ」


「電子工作って言ってたっけ? 具体的には何が作れるの?」


「あ、大きい物は作れないゼ。ラジコン偵察機も、ありものの寄り集めだ。何ならガワを作るのが一番時間かかったくらいだしナ。送受信とか操作を可能にするのが得意って言えば分かるか?」


「なんとなくは」


「なんとなくでいいヨ。後は情報処理関係だな。ぶっちゃけ全部電気が無きゃ役に立たないから、とにかく発電機とバッテリーは結構持ってるゼ」


 なるほど。機械関係全般が強いってわけじゃないらしい。個人的な興味で勉強してただけらしいから、それは満遍なく全部出来るようにはならないだろう。でも、そうなると――


「なら大して役に立たねーじゃねーか」


 暮奈さんが鋭い事を言う。そんな言い方しなくてもいいじゃないか。僕も思ったけど。

 この世界では基本的に電気は使えない。人間が居ないせいで発電所も変電所もまともに稼働してないんだから、当然だ。だからセキュリティを突破しなきゃいけないだとかそういう場面はやってこないだろうし、いくらバッテリーと発電機があっても限りはあるだろう。

 そんな事を考えていると、折人が口を開いた。


「や、でも武器抜きの偵察機くらいなら簡単に作れるゼ。ラジコンなんてオモチャ屋探せばいくらでもあるしな。そんな感じで役に立てると思うんでヨロシク」


 荷物を纏め終えた折人が、キメ顔でポーズを決めた。人手が増えただけでも役に立たないって事は無いだろうし、そもそも僕が一番役立たずなのだから文句なんてない。

 それになにより、賑やかになるのは悪い事じゃない。僕は真っ直ぐ折人の方を見返して、改めて歓迎の返事をする。


「うん、よろしく」


「あー、まぁしゃあねえな。よろしく頼む」


 暮奈さんも、歓迎とまではいかなくても受け入れてくれた。

 みんな、後悔してるのだ。

 そこにどんな思惑や、どんな背景があったとしても、自分が願ったことで人が消滅してしまったことに。

 同じ過ちを繰り返さないためにも、僕らは仲間となる。

 もう二度と、あんな目に逢いたくはないから。

 もう二度と、一人にはなりたくないから。

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