6-1.幽霊の街



 ――ハロー、ワールド。本日は晴天なり。ついさっき、たまたま破れたホラー映画のポスターを見つけた。それを見ているうちに、あの人たちの事が頭を過ぎる。せっかくなのでその話をしよう。可哀そうな人たちの、可哀そうな顛末のお話。どうにもできなかった、やっぱり僕の失敗の物語。それでは今日のお話の始まり、始まり――



 …………



「ま、俺の腕にかかればこんなモンよ」


「ああん? そんくらいアタシでも出来るっての」


「まぁまぁ、落ち着こうよ二人とも」


 言い争いをしているのは折人と暮奈さん、窘めているのが僕だ。同行するようになってから度々衝突している二人の姿には、最初はやきもきさせられた。今となってはもう慣れてしまったので、正直勝手にやってくれって思うけど。でも流石に目の前で衝突してるのに無視するわけにもいかないだろう。


「ていうかさ。僕がちょっと目を離した隙に喧嘩するのやめてよ。何があったのさ?」


 一応理由も聞いておく。僕相手に話してもらうことで少しでも冷静になってもらおうという判断だ。冷静じゃないのは暮奈さんだけだろうけど。


「ああ、そうだな。全部サクラが悪いんだが」


「つって、突っかかってくるのはあかりちゃんジャン」


「その名で呼ぶな張っ倒すぞ」


 このやり取りももう何十回目だろうか。わざわざ煽りあってるんだからこれに関してはもうお互い様だ。

 そんな感想を飲み込みつつ、僕はちゃんと話を聞く事にする。


「呼び方の話は後にしてよ。もう一回聞くけど、何があったのさ?」


「じゃ、俺から話すゼ。見てくれこの新型偵察ドローンを!」


 折人がじゃーん、と効果音付きで自作のマシンを紹介してくれる。その手に握られているドローンには、カメラと――なぜかハサミと網が取り付けられていた。


「電源は常に予備をソーラー発電で充電してる。カメラの映像はこのスマホで確認できるようになってるゼ」


 どや顔で説明しているので、余計な口は挟まずに真面目に聞いていく。そういうツッコミは暮奈さんの役目だし、僕も男の子だ。こういう機械には無条件で興味がある。


「で、周囲の確認に使える上に、もしなんか実のなった木を見つけたら――このハサミと網で収穫まで出来るって代物だ! この旅には欠かせない代物ダロ?」


「ああ、そういう……確かに果物の類はあった方が良いよね」


「だがよ晶。別にそんなもん普通に木ぃ登って取りに良きゃいいだろ。こんなもんでどや顔出来る神経が分からん」


 え、なに。それが今回の喧嘩の原因? 嘘でしょ。あまりにも下らなさ過ぎて脱力して転びそうになったんだけど。


「えっと……これは暮奈さんが悪い、かな」


「よーし!」


「えぇ? そうかぁ?」


 どっちでも良かったのだけど、一応ジャッジは下しておく。喜ぶ折人と、不満そうな暮奈さん。

 この二人はお互いに譲り合うという事を決してしない。それでも衝突したままではいられないという事で、いつのまにか僕にジャッジを委ねるようになったのだ。はた迷惑だとは言わないでおく。


 そんなやり取りも、今では日常の一つだ。僕らの旅もそこそこの距離を歩いてきたし、こんな二人でもちゃんとお互いに協力はし合っていた。

 例えば折人のドローンが飛べない程木が生い茂っているところでは暮奈さんが木に登って邪魔な枝を切ってくれるし、暮奈さんの視力で確認しきれないところは折人の高解像度カメラのズーム機能で確認してくれる。

 二人のお陰で、思ったよりも探索はスムーズに進んだ。何なら僕が一番役に立ってないくらいだ。それを言うと二人は、


「「お前がいなきゃ一緒に旅なんかしない」」


 と、声を揃えて言っていた。認めてくれるのは嬉しいんだけど、仲が良いんだか悪いんだかどっちなんだこの二人は。


 それからも僕らは、生き残りの痕跡を探しながら道なき道を進んでいった。

 少しだけ木々の少ない場所を見つけて立ち寄ってみると、そこにかつて市街地だった痕跡を見つけることができた。木が少ないところを見ると、この町はある程度都会だったのだろう。田舎の町はほぼ木に飲み込まれて原型を失っているから。


「へー。俺の街以外も、やっぱりこんなんなってんのナ。当たり前だけど、何もないな」


 折人が旅立ってから、こういう街らしい街に辿り着いたのは初めての事だった。だからだろう、少し残念そうな声を出していた。


「落ち込んでる場合じゃねぇぞ。こういう所で食料やら確保しとかないとな。お前の場合は部品関係で色々必要な物もあんだろ」


 そう言って暮奈さんは僕ら二人にお金を渡した。今までそこそこ使ってきた気もするけど、一体暮奈さんはいくら持っているのだろう。一度聞いてみた事はあるけど、「公務員の給料なめんな」とか言われた。回答になってない。


「じゃあ各々分担して作業を――」


 暮奈さんが解散の号令を出そうとしたその時。

 ――僕らの横を、が通った。

 速くて見えなかったわけじゃない。よそ見をしていたわけでもない。にも拘わらずそのの姿を、僕ら三人は誰一人として認識できなかった。

 認識出来なかったのに、それが「通った」という事実だけは認識出来た。それは、所謂寒気――或いは悪寒という様な形で、僕ら三人の体に平等に降り注いだ。


「な、なん……ダ、今の?」


「分からない……でも、何か通ったよね?」


「――サクラ! ドローン飛ばせ! すぐにだ!」


 僕と折人が動けなくなっていると、暮奈さんが折人に指示を出した。その声で硬直していた折人も動き出し、仕舞っていたドローンを取り出してフライトを開始した。

 それと同時に、暮奈さんが僕と折人を片腕ずつで抱えて走り出す。そのまま近くの茂みの中に飛び込み、姿を隠した。


「暮奈さん、どういう事?」


 理解が追い付かなかったので、落ち着いてから暮奈さんに質問した。隣でドローンを操作する折人の顔は真剣そのもので、その表情からは暮奈さんの意図を完全に理解しているらしい事が読み取れた。分かっていないのは僕だけなのだろう。


「いや。具体的にはアタシも分からん。理解はできないが、理解してからじゃ遅い気がした。認識できない『何か』がいて、それがこっちに敵意がある物だったら、ボーッとしているうちにやられるぞ」


「で、俺はさっきの位置から確認できる建物の中を見てるんだ。そこにもし人がいれば、そいつが犯人ダロ」


 暮奈さんは流石の判断力だし、それに合わせた折人も流石の警戒力だ。助けてもらっているので何も言わないけど、やっぱり僕は居てもいなくても変わらない気がする。

 とりあえず黙って隠れるしかないと判断し、折人の偵察の結果を待つことにした。


「あかりちゃん、アキラ。落ち着いて聞いてくれ」

 

 偵察が終わったらしい折人が、真剣な顔で僕らに話しかけてきた。暮奈さんも真面目な話の時は流石に呼び方を指摘しないらしい。それでも右の拳は握ったままだけど。


「建物の中も、屋上も、隅々探した。でもどこにも――誰も、いなかった。あの場所から死角にならずに俺らを観察できる場所に、人間は一人もいない」


「えっ……?」


「クソ、また厄介な状況だな」


 暮奈さんが苦虫を噛み潰したような顔をする。確かに、折人の時よりも遥かに厄介な状況だ。あの時はあからさまに誰かが操縦してるのが分かった。でも今回の悪寒に関しては、何の手がかりもない。その正体が何なのかも分からないのだ。


「考えても仕方ねーか。サクラ、アタシの頭にカメラつけろ」


「……え?」


 折人が間の抜けた声を上げる。それとは反対に、僕は感覚で理解できた。

 ――ああ、またこの人は無茶なことをする気だな、と。



 ……



「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 閑静な街の中に、一人の女の雄たけびが響く。

 離れた位置にいる筈なのに僕らにも聞こえてくるって事は、この声は街中に響いているのかもしれない。もしこの街に悪意のある人間がいたら、格好の的になる事だろう。


「だ、大丈夫なのかヨ、アレ?」


「暮奈さんなら、まあ大丈夫かな……」


 この方法は、彼女にしか出来ないやり方だ。仮に攻撃されたとしても、持ち前の反射神経と運動能力で回避は出来る。その自信があるからこそ、敵がいるかもしれない街の中を堂々と走り回れるのだ。

 だけど当然このやり方にもデメリットがある。もし相手がこちらに攻撃する意思がない人間だった場合、逃げられてしまう可能性があることだ。

 折人の時は、それを考えたからいきなりラジコン偵察機を壊したりはしなかったのだ。


「じゃ、解析に入るゼ」


「うん。頼むよ折人」


 解析、というのは暮奈さんから送られてくる映像の事だ。彼女の頭には、現在八方向に向けてカメラが取り付けてある。それを、なるべく揺らすことなく振動を最小限にして街中を駆け抜けてもらっている。

 そんな離れ業を実行できるのも、やはり彼女しかいないだろう。


「ま、言われた時は意味不明だったけどな。そういう事なら俺の出番だって事で、ハイスピードカメラを取り付けておいたゼ。それをこのノートPCで受信して映像を解析する」


「折人に出会う前の事を考えると、なんだか急に時代が未来に進んだ気がするよ……」


「要はスロー映像で人を探すってだけだヨ。テレビ局には色々揃ってるからナ。持ってきて正解だったゼ」


「あれ、それ暮奈さんが怒るやつじゃ……」


「シーラネ」


 流石折人、やっぱり肝が据わってる。

 そんな雑談をしながらも、折人はしっかりと映像をチェックしていた。会話しながら他の事が出来るっていうのは本当にすごいと思う。僕だったら会話にリソースを割きすぎで他の事なんて出来ないし。

 改めて思うけど、頼もしい仲間たちに出会えたもんだな。


「しっかし流石に結構揺れてるナ……オーイあかりちゃん。もうちょっと静かに走ってくれ」


『ああん!? 無理に決まってんだろそんなの! 立ち止まったら攻撃されるかもしれねーってのに!』


 いつの間にか無線機まで渡していたらしい。走り回っている暮奈さんと折人が会話していた。


「ま、分かってたけどネ」


「無意味に煽るのやめようよ……」


「そこはホレ。俺とあかりちゃんの仲だし。なんて冗談はともかく、思ったよりいい映像が取れてるゼ。これなら建物の中にでも居ない限りは観測できそうだナ」


「隠れてた場合は?」


「そりゃもちろんどうしようも無い。だからあんな目立つ行動してくれてるジャン」


 ああ、そういう意図だったのか。

 僕としてはてっきり気合を入れるためとかそんな事だと思ってたんだけど、あの雄たけびにもしっかり意味があったらしい。確かに近くにあんな雄たけびを上げながら走っている女がいたら、思わず外を確認したくなるだろう。

 そんな風に一人で納得していると、折人が突然声を上げる。


「ちょ、あかりちゃん! どこ見てんの!」


『どこって、正面しか見てねーよ!』


「その正面に居るジャン! 人! 人!」


『ハァ!? 人なんかどこにも居ねーって!』


 何を言い争っているんだろう。

 会話に混ざるためにも、僕は折人のノートPCを覗き込む。すると、確かに暮奈さんの進行方向に人影が確認できた。

 いや、人影なんてもんじゃない。はっきりと20代半ばくらいの男が突っ立っているのが見えた。


「暮奈さん……まさか、あの人が見えてないの?」


『だから人なんてどこにも居ねーって晶! お前まで何言ってんだよ⁉』


 やはり、そういう事らしい。僕らに見えているその男は、暮奈さんの目には全く映っていないのだ。


「あかりちゃんUターン! 今すぐ戻りナ!」


 焦った様子で折人が暮奈さんに指示を出す。

 そりゃそうだ。折人が言わなかったら僕が言おうとしていたところだ。


 どうやら僕たちの今度の相手は、肉眼では確認できない存在らしい。人はそれを幽霊と呼ぶのだろうけれど、あれの正体は果たしてそんな簡単なものなのだろうか。こんな世界になってから、やはり何が起こってもおかしくないのだと。僕は改めてその場で自覚した。

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