6-2.見えない存在
しばらくすると、暮奈さんが戻ってきた。位置がバレないように迂回して帰ってきたらしく、行きよりも少し時間がかかっての帰還だった。
「暮奈さん、おかえり」
「ああ、ただいま。それで? 正体は分かったか?」
暮奈さんの確認を受けて、折人が凝視していたノートPCから顔を上げる。その表情は堅く、事態の深刻さが伝わってくるようだ。
「……落ち着いて聞いてくれヨ」
ポツリと、慎重に折人が話し出す。
実は暮奈さんが帰ってくるまでの間に、僕らは録画した映像を確認していた。リアルタイムの映像の方に異常があったせいで、録画映像はしっかりと確認できていなかったのだ。
等倍速で一通り確認してからスロー映像を流す、と言って映像を再生を開始した折人だったが、結果的にはスローで確認する必要など微塵もなかった。
――この映像の中には、こちらを振り返る人の姿が何人も確認できたのだ。
「何人もってお前……一人じゃなかったって事か?」
「ん、服装から髪型から年齢まで全員違う。完全なる他人だったヨ。もちろんあかりちゃんの目には?」
「なんも見えてねー。人っ子一人居なかった」
改めて事実確認をした結果、やはり肉眼では確認できない人間がいるという事がわかった。それも単体ではなく複数だ。これからこの件について調査しなければならない事を考えると気が重くなる。
「折人、キミの居た町にはこんな存在は居なかったんだよね?」
「モチロン。見たことあるならこんなに驚かないゼ」
それはそうだろう。でも確認はしておきたかった。
あれが例えば、世界からいなくなった人たちの幽霊だとした場合。その存在はここに来る前にも居たことになり、常に町中をラジコン偵察機で監視していた折人の目には入っているだろう。
「つまりただの幽霊って訳でも無ぇのか。じゃあ何なんだよ一体」
「……心当たりが、無いわけじゃないけど」
「え、マジで!?」
僕の言葉に、折人が飛びつく。今は少しでも手掛かりが欲しいのだろう。仮にあれらが悪意のある存在だったとしたら、僕らは抵抗する術を持たないからな。
「前に……あまり思い出したくないけど、人形遣いに監禁されてた話はしたよね?」
「聞いたゼ。それをあかりちゃんに助けてもらったんだよな」
「うん。その時に僕が体験した話。人形みたいに動かなくなった、綺麗な死体を見たんだ。それもアイツの話だと複数いたらしい」
今となっては思い出したくない記憶だけど、情報を整理するためにはそんなことは言ってられない。僕はあの時、確かに見た。時間が経っても腐敗すらせず、近くで見なければそうと分からない程に綺麗な、死体の姿を。
「あの死体に関しては人形遣いのヤツも『なんであんなものがあるのか分からない』って言ってた。アイツがわざわざ綺麗にしたわけじゃないなら、なんであんな死体があったんだと思う?」
「……世界から人が消えた原因と同じ、ってか?」
暮奈さんの言葉に、僕は小さく頷く。
僕なりに、あの綺麗な死体に関してはずっと考えていた。あれだけ他の現象に比べて異常だったし、何かの手がかりになるかもしれないから。
そこで思い出したのが人形遣いの回想だ。アイツは僕達とは少し違う。具体的には、その願った内容が。
『もう人間なんてうんざりだ! 人形だけでいい!』
改めて思い出しても狂った内容だけど、ここには人間の滅亡以外に違う内容も盛り込まれている。人形だけでいい、と。
あいつにとっての人形ってのは、人間を狂わせてまともに思考できなくした状態のものだ。つまり、元は人間なんだ。
もしそれが叶ってしまったのなら――ああいう人間が出来上がってもおかしくは無いのかもしれない。
ならば、その説が正しいとするならば。
「この街に居る誰かの願いで、見えない人間が出来上がった可能性がある」
「マジかヨ……」
それが誰なのかは分からないし、今もこの街にいるかも分からない。でも、ここに一人生き残りが居たという事実は間違いないだろう。
「そんなら、探すしかねーな」
「待って、闇雲に探すのも危なくないかな」
意気込んで立ち上がる暮奈さんを、僕が制止した。放っておくととりあえず特攻しちゃうからな。
「晶。お前の話が事実だとすれば、あの目に見えない人間はただの一般市民だ。流石にそれに攻撃されることはねぇだろう」
「それは……そうだけど……」
単純に、僕の言ったことを前提に考えるのが怖い。正解かどうかなんて分からないんだから。だけど暮奈さんに信じて貰っている以上、自分から取り下げるのも憚れる。
何も言わずに黙ってしまった僕を見て、折人が早々に話を進める。
「じゃ、方針は決まったかナ? そんなら俺は準備するゼ」
折人がカバンから工作道具を取り出した。どうやら何か作ってくれるらしい。こういう所で即興で工作が出来るのは凄いと思う。
「簡単な工作だからすぐ終わるけど、一応周り警戒しといてな」
そういう事なら、と僕と暮奈さんが立ち上がる。こういう連携は慣れたもんだ。最低限茂みに隠れるようにしながら、死角が無い様に四方を二人で警戒した。
……
何事もなく折人の作業が終わり、手渡されたのは一見VRゴーグルの様な形をした機械だった。ヘッドマウントディスプレイって言うんだっけ? 似たものなら、何度か見たことがある。
「スマホに予備バッテリーをくっつけて、頭に装着できるようにしただけだゼ。横のボタンでカメラを起動できるようになってる。動画を撮ってたらそのスマホじゃ全然容量足りないから、録画はしなくていいゼ。カメラ越しに景色を見るためのものだ」
ペラペラと説明する折人を横目に、暮奈さんは何の疑問も持たずに速攻でゴーグルを装着していた。
「あんだこれ。ガタガタ動くじゃねーか。ちゃっちぃな」
「ぃや、しゃーなしだろそこは! ガワの工作は得意じゃないんだヨ!」
「使えりゃなんでもいいけどな。サンキューサクラ」
軽く文句を言ったあとに、ちゃんとお礼を言う暮奈さん。自分では出来ないことをやって貰ってるという自覚はあるのだろう。それなら最初から文句も言わなければいいのに。あの二人はこのやり取りをしないと気が済まないのかな。
「でも折人。これ、なんで人数分作ったの? ぶっちゃけ暮奈さんだけ持ってれば十分じゃない?」
「「は? 何言ってんだ?」」
折人と暮奈さんの声が重なる。やっぱり本当は仲良いんじゃないかこの二人。
「これから先は別行動だゼ?」
「……え?」
折人の言葉に、今度は僕が聞き返す番だった。別々に行動する意味なんてないと思うんだけど。
「大有りだよ。アタシがあんな目立つ事しちまった以上、向こうにはこっちの存在がバレている可能性が高い。なら人海戦術で手早く見つけねーと、手遅れになるかもしれねー」
「手遅れって、逃げられるって事?」
「ん、逃げられるならまだ良いナ。最悪の場合、相手がこっちを攻撃する準備の時間を与えてしまうゼ」
「なるほど……」
さすがにこの二人は頭が回る。特に否定する材料も無かったので、ここは黙って二人の意見を受け入れることにした。
「じゃー決まりだな。晶、サクラ! 二人とも危険を感じたらまず逃げることを考えろ! お前らが死んだら意味がねぇ! そして生き残りを見つけたら無線で連絡する事! 安全な距離から観察しつつ、全員集まるのを待て! これより、生き残りの捜索を始める!」
「了解!」
「イエッサー!」
暮奈さんの号令に、それぞれ気合いを入れて返事をする。油断だけはしないように全員に喝を入れてくれたようだ。
三人旅になってから色々と楽をしていたせいで、時々忘れそうになる。今ここがどんな世界かって事を。
だけどそれでも、僕の警戒はまるで足りていなかった。何が起こるか分からない、では無く。これから起こり得る状況をもっと精査しておくべきだった。
そうして僕たちは、三人別々に幽霊の街へと足を踏み入れる。
……
僕が割り当てられたのは住宅が多く並んでいるエリアだった。死角が多い場所なら何かあっても逃げやすいだろうという判断だ。
しかし、目の前の光景に早速気分が削がれていた。
「思ったより……多いなぁ……」
最初に見たのは映像だったからいまいち実感が湧かなかったけど、こうして自分で確認するとその異様さが際立って見えた。
自分の目って言っても、結局それはスマホに映し出された映像でしかないんだけど。それでもリアルタイムに目の前に現れるのは実感が違う。
「みんな当たり前に通り過ぎていくな……自分が見えるわけないと思ってるからかな……」
思わず独り言も多くなる。お化け屋敷なんて比じゃない、本物の幽霊(?)が目の前にいるんだ。平然としてろという方が無理がある。
「とにかく、人を探さないと」
そう言って自分を奮い立たせる。目的を再認識してから、ただ歩いているだけじゃダメだという事に気が付いた。
よほど田舎の街じゃない限り、街中には原型を保っている建物が複数ある。それも、当然の事ながらこの辺りには住宅が多い。建物の中まで探そうと思ったらかなり時間がかかるのだ。
「地道な作業になりそうだな……でもまぁ、住宅に侵入するのは慣れてるし」
リュックの中からバールを取り出して、ドアを破壊する。壊れたドアを開いて中に侵入すると、中にも当然というか三人ほど人がいた。ゴーグルをずらして確認すると姿は無かったので、生き残りではない。
この家に住んでいた人なのだろう。皆一様に、驚いた顔でこちらを見ていた。
「勝手に入ってごめんなさい。すぐに出ていきます」
聞こえるかどうかは分からないけど、一応一言謝ってからその家を出た。誰もいない家に入るのとは違って罪悪感が強い。
「……ツラいなこれ。早く終わらせちゃおう」
どんなに辛くてもやらなくちゃいけない。それに、申し訳ないけど僕にはあの人たちを助けることは出来ないんだ。ならばせめて、現実を直視しないようにしよう。
僕はバールを握りしめて、次の家のドアを破壊する。とにかく中の人とは目を合わせないように、迅速にその作業をこなしていった。
……
何件の家を回っただろう。数えるのも諦めた頃に、道端で不思議な人と出会った。人といっても、見えない人の方だったのだけど。いい加減呼びにくいので、とりあえずこの街の人たちを纏めて幽霊と呼んでおく事にしよう。
とにかく、他の幽霊とは明らかに様子が異なるヤツがいたのだ。
大抵の幽霊は現実を受け止めきれないのか、虚空を見て呆けている人が多かった。歩いている人も、なにか目的があるわけでもなく気を紛らわすためだけに歩いているという印象だった。
しかし、その幽霊は――まっすぐこちらを見つめて歩いてきた。
偶然目が合ったとかそういう次元の話ではない。僕の目をしっかりと見て、その上でこちらに向かってきている。気のせいか、その目には敵意のようなものを感じた。
「いや、でも……この人たちは僕には触れないし……」
ここまで何人かの幽霊に軽くぶつかった時があった。それでも感触なんて全く感じない。ただ何となく、触れた部分が寒くなったような気がするだけだ。それはこの街に入った時に感じたのと同じ感覚。悪寒というヤツだ。
とにかく、手出しは何もできないはずなのだ。仮に本当に敵意があろうとも、僕には一切危害を加えられない。
その幽霊はそのまま僕の目の前まで歩いてきた。ひんやりとした感覚が体を伝う。触らなくても少し近づいただけで悪寒がするんだな、と呑気に考えていた時。その幽霊がふいに僕の体に抱き着いてきた。
「え、何……寒っ……ええ?」
感触は無い。抱き着くといっても、抱き着いた様な体勢になっているだけだ。
――何がしたいのだろう。意味もなく遊んでいるだけかもしれないし、とりあえず無視して行こう。
僕は構わず歩き出す。それでも、その幽霊はぴったりとくっついてくる。
「なんなんだよもう……」
変なのに絡まれたもんだ、と完全に幽霊を無視して次の家の扉に手をかけた。
そこでようやく、僕は自分の体の異変に気が付いた。
「手が、かじかんで……これ、寒……すぎる」
僕の体を襲った寒気は、そのまま急速に僕の体温を奪っていた。気に留めていなかったせいで体が完全に冷え切るまで気が付かなかったのだ。
それにしても、この体温の下がり方は異常だ。寒気とか悪寒とか、そういうレベルじゃない。
「やば……これ、暮奈さんに連絡……」
体温が低下すると運動能力も下がるらしい。もはや僕には幽霊を振りほどいて走るほどの体力すら残っていなかった。震える手で無線機を握り、通信ボタンを押す。
「暮奈さん、助け――」
そこまでを口に出したところで、僕の意識は完全に途切れた。
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