幕間3-1.暮奈明梨の事情

 

 ――この件を経て、暮奈さんは僕の旅に同行することになった。彼女は元々熱い正義感を宿した人物で、今回の人類滅亡に関して調査をしていたらしい。「真実を知りたい」という共通の目的から同行を決めた、と彼女は言っていたけど、実際は一人でいるのが寂しい気持ちもあったのだろう。今回は、そんな暮奈さんがなぜ生き残ってしまったのか。そのルーツのお話。彼女の口から語られる彼女の物語。少し短いけど、彼女の生きた証をしっかりと聞いてくれる事を、僕は願う――



  …………



 お前の事情を聞いちまった以上、話さないわけにはいかないだろうな。

 アタシも、お前と同じように人間だ。ここにきて例外なんていねぇだろ。……なに? 一人いた? まぁそいつにも事情があんだろ。気にしないでやれ。

 ともかく、なんでそんな事考えちまったのか、話さねぇ事にはお前も安心できないだろ。

 アタシが刑事だってのは言ったよな?

 警察としか聞いてない? いや、そこはどうでもいいだろ。刑事なんだよアタシは。

 とにかく、刑事としてバリバリ働いてたアタシは、日々どうしても気に食わない事があったんだ。

 それは、女のレッテルってヤツだ。

「女のくせに」「女がでしゃばるな」「これだから女は」なんて、何回言われたかわからんくらいだ。

 そりゃアタシの事だから、見返そうとするわな。実際行動に移したんだよ。

 具体的には、とにかく働き続けた。

 自分の仕事どころか、領分を超えた仕事までとにかく引き受け続けて、自分の存在意義を示し続けたんだ。

 そりゃ楽な事じゃねぇぜ。休日だってまともに休んでねぇし、文字通り血反吐を吐いた事も一度や二度じゃなかった。

 それでも無理やり動き続けた。どうしてもアタシを認めさせたかったから。


 そんな日々が続いて、アタシの立場も少しはマトモになってきた。

 同期や後輩からは慕われてたし、上の連中もアタシの事を認めざるを得なくなってきた。

 気持ち良かったぜ? 今までアタシを見下してた連中が、日が経つ毎に大人しくなっていく様を見るのは。

 ……性格悪いって? いやそうでもないだろ。悪い事はしてねーし。


 とにかく、アタシに文句を言うヤツが居なくなって、一年くらい経った。

 そんな時、後輩の一人がこんな事を言ってたのを耳にしたんだ。

「暮奈さんと同じ様に仕事やれって言われても無理っすよ」なんてな。

 アタシに向けられての言葉じゃなかったが、たまたま耳に入ったんだ。

 衝撃だったね。

 何がってお前、その後輩はアタシが見る限りどう見ても普段からやる気も無くダラダラ仕事してるような奴だったからだ。

 少しも努力してない。なのに、最初から無理だと決めつけてるんだ。おかしいだろ? まずは自分で行動してから物を言えって思うよな?

 ま、面倒事は抱えたくなかったんで、その事は本人には言及せずに黙っていたよ。


 だけど、そんな事があってから。なんとなく周りの動向が気になるようになってきたんだ。他の連中はどんな仕事をしてるのか、注目するようになった。

 その結果、とんでもない事実が解ったんだ。

 上司も同期も後輩も。誰一人として「頑張ってなかった」。

 頑張るって表現じゃ分かりにくいか。「本気を出してなかった」んだ。


 もちろん、アタシの様に仕事しろなんて言わねぇよ? 自分がどんな無茶をやってきたかは分かっているつもりだ。

 でも、出来る事はやるのが当たり前だろ。その出来る事すら、アイツラは誰もやってなかったんだ。どいつもこいつも見えない程度に怠けてて、自分の最低限の力で仕事してやがったのさ。

 アタシなんて努力して努力してやっと一人前の立場になったってのに、アイツラはその努力すらしてねぇんだ。


 カチンと来たね。

 アタシはその日から、仕事を一緒にやる人間全てに文句を言いまくった。


「お前、今手ぇ抜いてただろ?」


「お前がその程度なわけあるか。もっとちゃんとやれ」


「頑張ったんですじゃねぇだろ。頑張ってる奴は仕事中アクビなんてしねぇ」


 何も間違った事は言ってねぇ。

 でもそれがアイツラは気に食わなかったらしい。

 そりゃそうだろうな。手を抜くことが当たり前な連中に、手を抜くなって言うんだから。そりゃあ反感も買うってもんだ。

 解っていても、アタシは注意することを止めなかった。どうしても許せなくて、手を抜くのをやめろと言い続けた。


 そんなある日、上から急に呼び出しを受けたんだ。

 面談室に入ってみると、お偉いさん方がズラリと並んでやがった。

 何が始まるのかと思って警戒してたら、こんな事を言われたよ。


「君の後輩数名からパワハラの申告があった。無理な仕事をさせている、と。残念な事に証人が何人もいる。そこで、君には一か月の謹慎を――」


 そっから先は聞こえなかった。

 アイツラは全員、努力を放棄するだけじゃなくそれを正当化してきやがったんだ。

 正真正銘のクズだよ。税金から給料を貰っておきながら、ダラダラ仕事するのが当たり前だと思っているクズだらけだ。


 本当に腹が立って、その日は仕事を早々に切り上げてとっとと帰宅した。

 心の中に憎悪の炎を灯しながら。

 ――クズ共め、ふざけるな。

 なんでアタシが謹慎なんだ。

 仕事をなんだと思ってるんだ。

 クズしかいねぇじゃねぇか。

 どこを見てもクズばかり。

 あいつもこいつも、もう全員クズにしか見えなくなってきた。

 クズ、クズ、クズ。クズしかいねぇのかこの世界は。

 そしてアタシは、我慢できずに言っちまったんだ。


「クズ共め……全員くたばりやがれ」


 それは、多分時間的にもお前と同じ頃だったんだろうな。……声? 特にアタシは何も聞いてねぇな。

 とにかく、そんなの警察が口に出していい言葉じゃねぇよ。

 まぁ私服だったし、誰も警察だとは気づいちゃいなかっただろうけどな。


 そしてそのまま家に帰った。明日から謹慎ならせめて映画でも見ようか、とか考えてたが、全部どうでもよくなってそのまま寝ちまったよ。


 ――次の日。

 目が覚めて外に出たら、とんでもない屋外植物園が出来上がってた。

 事情を探るために歩き回ったが、誰一人居やしねぇ。

 当然、昨日言っちまった事は覚えてたから、自分を責めたりもしたよ。

 だが、すぐにそれがお門違いだと気づいたんだ。

 そもそもくたばれなんて呟いただけで本当にくたばるわけがねぇ。

 ならそれを実行した犯人が居るはずだ、ってな。


 だからアタシは旅に出た。

 凶悪犯にも立ち向かえるように、署に行って拳銃と実弾も拝借してきた。

 絶対に許せねぇ。こんな大罪人は今まで見たことがねぇ。

 そんなわけで、アタシはその犯人を捜す旅に出ましたとさ。

 めでたしめでたしでもなんでもねーけど、これで終わりだ。

 最後までご清聴頂きありがとうございました。ってな。

 

  ……


「暮奈さんって、熱い人なんですね」


 話を最後まで聞き終えて、率直に感じた感想を僕は呟いた。


「ああ? 別に普通だろ。ってか敬語やめろ」


 ビシッ、と額をチョップされた。重い話をした自覚があるのか、いつもより力が弱い。


「でもちょっと疑問がありま……あるんだけど」


 すんでの所で敬語を直して、疑問を口にする。


「なんだよ?」


「そんな性格なのに、僕には凄く優しくしてくれま……くれたでしょ。なんで?」


「あー、そこを突くか。まぁ、なんつーかアレだ」


 暮奈さんはそっぽを向いて、小声になりながら答える。


「……一応後悔はしてんだよ。アイツラにもアイツラなりの人生があったってな。そこを否定すんのはお門違いだ」


 どうやら、反省して改めたらしい。

 もちろん暮奈さんが全面的に間違ってたなんて事は無いと思う。

 ただ、そんなの学生の僕にはまだよく分からないし、判断なんてできっこない。

 だけど僕は安心する。この先ちょっとでも手を抜いたら殺されるんじゃないか、なんて意味も無く怯えなくて済んだからだ。

 自分勝手と言われてもしょうがない。まだ高校生だし。

 一安心したところで、僕は筋力を取り戻すためのトレーニングに戻った。

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