2-4.自責
「ご、ご馳走様でした……」
「お粗末様でした」
泣き喚いて醜態を晒した後、僕はまともに白亜さんの顔を見ることが出来なかった。
差し出してくれたティッシュで鼻をかんで、その後は俯いて無言で食事を進めた。
少しだけ顔を上げて白亜さんの方を見ると、白亜さんはそんな僕を満足そうな顔で眺めていて、益々恥ずかしくなった。
照れ隠しで高速でシチューを平らげ――今に至る。
せめて食器洗いだけでもしようと立ち上がったが、白亜さんが間髪入れずに「では、二階の客間にご案内しますね」と言うので咄嗟に頷いてしまった。とにかく恥ずかしかったので、一刻も早く姿を隠したいという欲望に負けたのだ。
白亜さんの後ろに付いて二階に上がる。その間も僕は俯いて無言だったのだが、白亜さんは気にした様子も無く部屋まで連れて行ってくれた。
完全に子供に見られている気がするけど、あんな醜態を晒した後じゃ文句も言えない。
その途中で、白亜さんの部屋の位置も教えてもらった。なんでわざわざそんな事を教えてくれるんだろう。
「間違えて入った、なんて言い訳で覗かないでくださいね?」
「へぇあ……ぁ、はい」
変な声が出た。なんだかんだしっかり警戒されている。もう覗きなんてする根性残ってないんだけど。
廊下を突き当りまで進んで左に折れ、更に奥まで進んだ所で歩みを止める。
「こちらになります。では、私は食器を洗ってきますので、これで失礼しますね」
「あ、いえ。ありがとう、ございます……」
ダメだ。やっぱりまだ照れくさい。
踵を返して立ち去る白亜さんに、もう一度頭を下げてから逃げるように部屋の中に入った。
中にはベッドと簡易的なテーブル、衣装箪笥なんかの簡単な家具だけが置いてあり、元から人が使っていたような形跡は無かった。
片付けた、というわけでも無さそうなので、最初から客用の部屋なのだろう。
「……寝よう」
今日はもう何も考えたくなかった。
本来なら今からでも一階に戻って僕も後片付けを手伝うべきなんだろうけど、今はまともに白亜さんと顔を合わせられない。
ならとっとと寝てしまおう。そして明日は気分を切り替えて畑仕事でも手伝おう。
そう心の中で決意してから、僕は体をベッドに埋め、意識を手放した。
…………
翌朝、いつもの様に朝日と共に目を覚ました。
そのまま寝ていれば多分白亜さんが起こしに来てくれたのだろうけど、そこまでは甘えたくない。
それに、今日は白亜さんをお手伝いすると決めたんだ。一晩寝て、切り替えもしっかり出来た……はずだ。
ベッド脇のテーブルの上には小さな鏡も置いてあったので、それを見ながら簡単に寝癖だけ直して身支度を整える。それから部屋を出て、一階へと降りた。
「――あれ?」
意外な事に、そこには誰の姿も無かった。
てっきり、白亜さんが既に起きていて、朝食なんかを作っている頃かと思ったのだが。
「白亜さん、いませんかー? おはようございまーす」
少し大きな声で呼びかけてみたが、返事は無かった。
「……もう畑に出てるのかな?」
農家の朝は早いと言う。表の畑はそれなりに立派だったので、その世話も大変なのかもしれない。
だったら丁度いい。昨日の汚名を返上する良い機会だ。
そのまま礼拝堂を抜け、気合を入れて外に出た。
左右に広がる畑に目をやる。昨日初めて白亜さんを見たのも向かって右側の畑だったから、ついつい同じ方向を見てしまう。だが、そちらには誰も居なかった。
ならば、と反対側の畑に目を向けてみたが、そちらにも誰も見当たらなかった。
「……まさか、な」
ここに来てようやく、僕の頭に最悪の可能性が過ぎる。
それは、つい一週間程前に味わった経験から来る、予感。
居ても立っても居られず、駆け出す。
「白亜さん! どこですか!?」
大声で白亜さんを呼びながら教会の周囲をぐるりと回った。
だが、それでも、彼女は見つからなかった。
ならばと、教会の中に再び入る。
まだ入った事の無い扉を乱暴にあけて、何度も呼びかけながら白亜さんの姿を探した。
だが、それでも。彼女は見つからなかった。
――視界が歪む。頭が痛くなる。
嫌だ。嫌だ。もう失いたくない。
そうだ、きっとまだ起きてないだけだ。きっと白亜さんは朝が弱くて、僕が部屋に入ると「ぁ、おはようございます」なんて寝ぼけ眼で言ってくるに違いない。
最後の可能性を信じて二階の階段を上る。
そうだ。冷静に考えれば、朝日と共に目を覚ますなんてお年寄りみたいな生活、若者が送っている筈が無いじゃないか。
それに昨日は僕よりも遅くまで起きていたんだ。僕より起きるのが遅かったからと言って責められる謂れはないじゃないか。
高速で頭を回転させながら、昨日教えてもらった白亜さんの部屋の前に立つ。
「すぅ……白亜さん、失礼します!」
息を吸い込んで大声で叫んでから、勢い良く扉を開けた。
中は、さほど私物らしい私物も置いていない簡素な部屋だった。
修道服が畳んで置いてあったので、白亜さんの部屋なのは間違いない。
だが、そこには。その中には。
「は、はは。嘘だ。嘘だよこんなの……。こんな……」
どこを見回しても――彼女の姿は見つからなかった。
…………
『この手紙を読んでいる頃、あなたはとても取り乱しているかもしれませんね。そういう意味では、本当に申し訳のない事をしたと思います。でも、ごめんなさい。私はこれ以上、自分が生きている事がどうしても許せませんでした』
こんな書き出しで書かれていた手紙は、白亜さんの部屋の作業机に置いてあった。
誰も居ない部屋を見て、僕はわけが解らなくなっていた。取り乱して、自分の頭を掻き毟って、昨日流し尽くしたと思っていた涙も再び流した。端から見たら酷い顔になっていたと思う。
涙も枯れてしまってから、少しでも白亜さんの痕跡を見つけたくて、なるべく荒らさない様に部屋の中を探していたらこの手紙を見つけた。
『それと、もう一つ謝罪しなければならない事があります。私は一つだけ、嘘をついてしまいました。世界が滅んだ原因、心当たりがないと言っていましたが、あれは嘘なのです。当時はそれが何なのかすら理解していなかったので、嘘とも言い切れませんが。後から考えると、全て私のせいでした。私が余計な事を考えながらお祈りをしていたせいなのです。そのせいで、神が『堕天』してしまったのでしょう。
実は私、そんなに良い人間じゃないんです。世界中で起こる紛争や内乱のお話を聞く度に、いつしか私は心の奥底でこう思うようになりました。
――人間が居ない方が、世界は平和なのではないか、と。
そして、あの日。あなたの言っていた世界が滅んだ日。日課のお祈りをした直後に、おかしな出来事が起こりました。礼拝堂に飾ってある神像から、黒い霧が生じたのです。その霧はみるみる内に広がり、外に飛び出していきました。
そうして、現在の状態が出来上がりました。あの黒い霧が、全ての元凶です。だから私は、死ぬべきなんです。少しの間ですけど、あなたと過ごした時間はとても楽しかったですよ。ありがとうございました。そして最後に、もう一度謝罪させてください。こんな形でのお別れになってしまって、ごめんなさい。――斉須白亜』
手紙には、所々濡れた跡があった。
最後の『ごめんなさい』は、文字が震えていた。
色々と、分かった事がある。
白亜さんは自責の念に駆られて、自分で死を選んだのだ。
でも、同じくらい分からなかった事もある。
黒い霧とは何の事だろう。
少なくとも、僕はそんな物は見ちゃいない。
でも、彼女はそれを見ていたからこそ、自死を決意した。
それを見ていたから、僕が詰め寄った時にあれだけ取り乱したんだ。
だからこれは、僕のせいだ。
僕が彼女の罪を自覚させたからこそ、彼女は死んだ。
死ななくてもいい人を、死なせてしまった。
――僕は再び、間違えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます