幕間.旅の始まり


「これでっ……よし、と」


 我ながら綺麗にできたと思う。ここは少しでも手間をかけておきたかったので、中々の出来に我ながら満足だ。


「ここまでして、実は『やっぱり信用できなくて逃げただけでした』ってオチだったら、不謹慎にも程があるな」


 そんな話なら、せっかくの努力も空しくなってしまう。

 と、言うのは今僕の目の前にある物の話だ。

 僕の目の前には、五センチほど盛った土の上に挿した長方形の棒。つまり、お墓があった。

 自宅の庭に、少女のお墓を作ったのだ。


 少女が消えた後、僕は世界がこうなった初日の事を思い出した。

 居るはずの人が居らず、どこを探しても痕跡すらないのだ。またこれか、と。またこうなってしまうのか、と。

 ショックだったし、叫びもした。出せる声を全部絞り出してしまったような感覚だった。

 声が枯れてからは、しばらく放心していた。

 自分も死んでしまいたいと、何度も思った。

 でも、最後には踏みとどまった。

 消えてしまった少女には、信用できる人が居なかった。なら、彼女が生きてここにいた事を、せめて僕だけでも覚えていば――少しは、彼女も報われるのではないかと。

 そう、思う事にしたのだ。


 そうして僕は、彼女のお墓を立てようと思い至った。

 素材、つまり木なら至る所にあった。あとは物置小屋から鋸を取り出し、手頃な木を見つけて、見栄えのいい感じに切り出すだけだ。


 簡単だったとは決して言えない。鋸なんて中学の時に授業で扱ったきりだったから、何度も失敗を繰り返した。

 持ち手を滑らせて危うく手を削りそうになった事、一回。

 力を入れすぎて飛んできた木片が顔面に当たる事、二回。

 真っ直ぐに切れなくてぐにゃぐにゃの切れ目が入った失敗作を生み出す事、十三回。

 それでようやく完成した墓標だ。

 しかし、せっかく綺麗に完成したところで、最悪の事に気が付いた。


「あの子の名前、聞いてなかったなぁ……」


 目の前にはなんと名前の入っていない墓標がある。

 あの時は人と話せるのが嬉しくてそれどころじゃなかった。しかも片や友達の少ない苛められっ子、片や友達ゼロの悲劇の少女だ。二人とも名を名乗るなんて当たり前の事が、当たり前に出来ていなかった。

 こんな風に後悔するくらいなら、もっと友達を積極的に増やしていればよかった。


「と言っても、クラスの人間は大体僕を遊び道具としか見てなかったけど……」


 自嘲気味な笑いがこぼれる。なんというか、最悪の気分だ。

 でもこのままここで自分を責め続けても仕方がない。墓の前で手を合わせ、その場を去る事にする。


 去る、というのは文字通りの意味だ。

 僕はこの街を去る事にした。

 あの少女に出会ってなければこんな考えにはならなかっただろう。

 市役所での放送を続けて二か月とちょっと。その間、あの少女以外は誰もこの町には来なかった。


 しかし一人居たのならば、まだ生き残っている人が居てもおかしくは無い。それなら探すべきだ。探して、話を聞いて、せめて世界がこうなった原因だけでも見つけたい。そこから目を背けていちゃいけないと思った。

 それに、こんな所でウジウジしていたら、また彼女に毒づかれてしまうだろう。


「『あなたのせいで死んだ? 思い上がらないでください』とか。言いそうだなぁ……」


 少し言葉を交わしただけだけど、彼女のリアルな表情まで想像できた。そんな事、言わせるわけにもいかない。だから、少しでも前を向いて行動するべきだ。

 なら、彼女がそうした様に。僕も外に出てみるべきだと思った。

 もう荷物は玄関に纏めてある。

 父さんが昔使っていたらしい登山用のリュックに、ありったけの物を詰め込んだ。

 食糧、水、寝袋、自作の浄水器(濾過器というのが正しいと思う)、火起こしの道具、工具類、エトセトラ……。

 詰め込みすぎてリュックが巨大なボールの様に丸くなっている。

 思ったよりもかなり重くなってしまったそのリュックを背負い、僕は玄関の扉を開けた。


 こういう時、なんて言うのが正しいんだろう。

 とにかく、なるべく明るく。自分を鼓舞する意味も兼ねて。


「いってきます。そして、新しい世界に向けて――ハロー、ワールド。なんてね」


 ちょっとカッコつけすぎだろうか。

 あの子にも「ハローワールドはちょっと寒かったです」とか言われていた。

 それでも、気にしちゃいけないと思う。

 だって、今まで見た事のない世界に踏み出すのだから。

 カッコつけるくらいが――ちょうどいい。

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