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「色覚補助メガネって知ってる?」
放課後、いつものように花壇の脇に腰かけつつ、土いじりをしている佐野に聞いた。
佐野は園芸委員だそうで、先生から頼まれてこの花壇の花の世話を任されているらしかった。佐野は断れない性格だから、先生もそれを見越して頼んだんだろう。ようは、ていの良い雑用係というわけ。あたしがそれについて不満を口にしても、『嫌じゃないから、いいんですよ』と佐野は穏やかに受け流す。
「色覚補助メガネの存在は知ってるけど、使ったことは無いな。あれ、すごく高いって聞くし」
「今かけてるメガネは伊達?」
「一応、度は入ってるよ。……まあ、あってもなくてもっていう程度だけど」
「あたし、調べたんだよね、値段」
佐野が顔を上げる。軍手で頬を拭うと、茶色い土がついた。
「十万円」
「高いよ。とても中学生が手を出せる値段じゃない。かといって、親にも頼れないし。うち、母子家庭で、貧乏だから」
「わかってる。今は無理でもさ、高校生になったらバイトして買おうよ、色覚補助メガネ」
「うーん。高校生になったら、たしかにバイトはするけど、稼いだお金は家に入れるつもりだから……」
「月に何千円かずつだけでも、貯金するの。あたしも、高校生になったらバイトして、その貯金に協力するから。ね、いっしょに買おうよ」
「そんな、遠坂さんに迷惑はかけられません」
「いいんだって。佐野先輩に、ちゃんとした色の世界を見せてあげたいんだ。だからこれは、あたしのため」
「どうしてそこまで、親身になってくれるんですか」
「それは……」
佐野は、まっすぐにあたしを見る。透明度の強い瞳は心の奥底まで見透かすようで、その視線に、あたしは数秒も耐えられない。
「ね、今度の土曜日、ひま? ショッピングモールに入ってるメガネ屋さんで、色覚補助メガネの体験会やってるんだって。いっしょに行こうよ」
色覚補助メガネは、色覚異常者の視界を助けるアイテムだ。ひとえに色覚異常者といっても、人によって見え方は様々で、世界が白黒だけに見えている人や、青系だけ、赤系だけ見えない人、色々な人がいる。色覚補助メガネは、それぞれの色覚特性に応じて苦手な色を見る手助けをするのだ。
この頃、色覚補助メガネはまだまだ性能が低く、赤を補助しても、ピンクにしか見えなかったり、長時間かけていると目が疲れたり、デザインだってひどくて、普段からずっとかけていられるようなものではなかった。それゆえ開発費に需要が追いつかず、販売価格はバカ高かった。
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