保健室で、クリーム色のカーテンを引いたベッドの中、あたしは芋虫みたいに丸まって後悔にさいなまれた。

 佐野の手を引いて、あの場から逃げ出す妄想を、何度も頭の中で繰り返した。

 佐野は、あのあとどうなっただろう。

 授業の終了を告げるチャイムは、まだ鳴らない。


「あら、怪我?」


 カーテンの向こう、保健室の先生の声がする。誰かが来たんだ。


「いえ。遠坂さんの様子を見て来いと、先生に言われてきました」


 どきりとした。声は、佐野のものだった。 


 足音が近づいてくる。カーテンが開き、息を詰める。パイプイスを引く音。きしむ音。佐野が近くにいる気配が、熱が伝わってくる。


「大丈夫ですか、遠坂さん」


 ぎゅう、と布団を握り締める。


「遠坂さん、寝てる?」


 そう、あたしは寝てる。そういうことにしよう。だって、佐野に合わせる顔がない。


「……恥ずかしい所、見られちゃったなぁ」


 佐野が呟いたとき、だけど、あたしは顔を上げてしまった。


「佐野先輩は、悪くないじゃん」


「あ、起きてたんだね」


 佐野はいつものように、穏やかに微笑む。なんでそんな、平気そうな顔するの。あたしなら、傷ついて一生立ち直れないような場面なのに。目の奥が熱くなる。


「何で玉入れなんか選んだんですか」


「あー、ジャンケンで負けちゃって。いけるかなって思ったんだけど……あはは、ダメでした」


「担任には? 目のこと、言ってないの?」


「はい……」


「なんで? 言ってたら、いざというとき助けてもらえるかもしれないのに。今日だって、あんなふうにならなかった。だいたい、事情知ってたら、玉入れじゃなくて、別の競技に回してくれたよ」


「そうかもしれません。でも、ぼくはなるべく普通でいたいんです。みんなと同じに振る舞っていたい」


「あたしの絵に、救われたって言ってたのに?」


「遠坂さん……」


「ぜんぜん、だめじゃん。意識、変わってないじゃん」


「遠坂さん……なんで、君が泣くんですか」


 頬を流れる涙が熱かった。口に入って、しょっぱい味がした。


「ありがとうございます、遠坂さん」


 佐野は遠慮がちに手を伸ばして、布団を掴んだあたしの拳を上からぎゅっと握った。


「ありがとうございます」


 あたしは、お礼を言われるようなことはなにもしていないのに。佐野の優しさが染みて、心が苦しかった。


「なんで敬語なんですか。あたし、一応後輩ですよ」


「あはは。つい、くせで。嫌ですか」


「あたしは時々タメ口になるのに。先輩に敬語で話されたら、バカみたいじゃないですか」


 佐野はおかしそうに笑った。へらっとした、作り物の笑顔じゃなくて、ちゃんと自然な笑顔だった。


「───わかった。これからは気を付けるよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る