8
保健室で、クリーム色のカーテンを引いたベッドの中、あたしは芋虫みたいに丸まって後悔にさいなまれた。
佐野の手を引いて、あの場から逃げ出す妄想を、何度も頭の中で繰り返した。
佐野は、あのあとどうなっただろう。
授業の終了を告げるチャイムは、まだ鳴らない。
「あら、怪我?」
カーテンの向こう、保健室の先生の声がする。誰かが来たんだ。
「いえ。遠坂さんの様子を見て来いと、先生に言われてきました」
どきりとした。声は、佐野のものだった。
足音が近づいてくる。カーテンが開き、息を詰める。パイプイスを引く音。きしむ音。佐野が近くにいる気配が、熱が伝わってくる。
「大丈夫ですか、遠坂さん」
ぎゅう、と布団を握り締める。
「遠坂さん、寝てる?」
そう、あたしは寝てる。そういうことにしよう。だって、佐野に合わせる顔がない。
「……恥ずかしい所、見られちゃったなぁ」
佐野が呟いたとき、だけど、あたしは顔を上げてしまった。
「佐野先輩は、悪くないじゃん」
「あ、起きてたんだね」
佐野はいつものように、穏やかに微笑む。なんでそんな、平気そうな顔するの。あたしなら、傷ついて一生立ち直れないような場面なのに。目の奥が熱くなる。
「何で玉入れなんか選んだんですか」
「あー、ジャンケンで負けちゃって。いけるかなって思ったんだけど……あはは、ダメでした」
「担任には? 目のこと、言ってないの?」
「はい……」
「なんで? 言ってたら、いざというとき助けてもらえるかもしれないのに。今日だって、あんなふうにならなかった。だいたい、事情知ってたら、玉入れじゃなくて、別の競技に回してくれたよ」
「そうかもしれません。でも、ぼくはなるべく普通でいたいんです。みんなと同じに振る舞っていたい」
「あたしの絵に、救われたって言ってたのに?」
「遠坂さん……」
「ぜんぜん、だめじゃん。意識、変わってないじゃん」
「遠坂さん……なんで、君が泣くんですか」
頬を流れる涙が熱かった。口に入って、しょっぱい味がした。
「ありがとうございます、遠坂さん」
佐野は遠慮がちに手を伸ばして、布団を掴んだあたしの拳を上からぎゅっと握った。
「ありがとうございます」
あたしは、お礼を言われるようなことはなにもしていないのに。佐野の優しさが染みて、心が苦しかった。
「なんで敬語なんですか。あたし、一応後輩ですよ」
「あはは。つい、くせで。嫌ですか」
「あたしは時々タメ口になるのに。先輩に敬語で話されたら、バカみたいじゃないですか」
佐野はおかしそうに笑った。へらっとした、作り物の笑顔じゃなくて、ちゃんと自然な笑顔だった。
「───わかった。これからは気を付けるよ」
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