第2話
仰天した私はその人に駆け寄って尋ねてみる。
「今、この塔から出てきたのですよね?」
「は? あ、まぁ、えぇ。」
「どうやって入ったのですか?」
「どうやってって…こう…普通に」
「その普通が分からんから聞いているのです。」
一瞬、驚き困ったような顔をしたその人は何か思い出したらしく、慌ててポケットに手を突っ込み私に何か記された紙を差し出した。
「これです。ここにこの塔の説明が載ってます。これを読めば簡単に入れますよ。では私は先を急ぐので。」
「そうですか。どうもありがとうございます。」
早速、渡された紙を見てみたのだが私は読んでいくうちに顔をしかめた。何が書かれているのかさっぱり分からない。いや、確かにいつも見慣れている文字なのだが、なんだか難しく内容がさっぱり頭に入ってこない。
私はまた途方にくれた。
すると向こうから誰かがやってくる。学生だろうか。先ほどの人とは違って随分と質素な格好。そしてあたかも当たり前のようにスッと、私がぶつかって跳ね返されたところを通過し白い塔に近づくことが出来ていた。彼が建物に入る前に私は慌てて大きい声で呼び止めた。
「すみませーん。今そこをどうやって通過できたんですか。」
彼はキョトンとした目を私に向けていた。
「は?一体なんのことです?」
「いや、さっきから私はその白い塔に入ってみたいのですがね、」
話の続きを彼は待たない。
「だったら入ればいいのでは?」
「いや、だからその入り方が分からないのです。何度も試しても何か見えない壁のようなものにぶつかってしまって、別の人から渡されたこの紙に書かれていることもよく解らないのです。」
「なるほど、そうですか。では私があなたの手を引きながらあなたの言うその壁を通過すれば行けますかね?」
「それは有難い。是非お願いします。」
彼は快く私の駄々に付き合ってくれた。彼はまた壁をするりと通り抜け、こちら側へ戻ってくると私の手をとった。
では、行きますよ。
えぇ、お願いします。
彼はてくてくと歩みを進めた。私は彼に手を引かれて壁に近づいていく。そして彼が壁をすり抜けいよいよ私も入る_。
と、そのとき彼は私の手を離した。彼のその行為に私は驚き、
へ?
と言う前にその壁に頭をぶつけその場によろけてしまった。私は不意にぶつけた為に、やけに痛むおでこをさすった。
「痛たたたた。酷いではありませんか。入る直前にいきなり手を離すなんて。」
しかし彼もまたビックリした顔で
「あなたこそ。本当に入りたいのですか?私が折角引っ張っていたのに急に私の手を離したではありませんか。何がしたいのかよく分からない人だ。私は用があるのでもう行きますよ。」
彼は白い塔の中に入ってしまった。その後も私なりに色々試したりした。見えない壁の下側に隙間が有るのではないかとか、先の紙を透かしたり、向きを変えて見たり。
しかし糸口はさっぱり分からなかった。
「はぁ、やっぱり分からないなぁ。」
ふと空を見上げると烏が鳴きながら西の空へと飛んでいく。夕方になっていることにすら気づいていなかった。
「もう無理だ、帰るか。」
私はひとつため息をつき、その場を後にした。
しかし、諦めようと思ってもなんとなく気になる。
どうやって入るのだろう。塔にドアなんて無かったし、何よりあの得体の知れない壁のせいで傍に近づくことすらできなかった。
橋を渡ったところで振り返るとその塔は今までと同じように立っていた。夕焼けを背にしたその姿はとても美しい。少し眺めていこうか。私は川の土手に腰を下ろした。
私は先程渡された紙で飛行機を作った。翼の角度や折れ具合を調整して空に向かって飛ばす。すると思いの外、よく飛んだ。そいつは風にのって川を越え、あの白い塔へ飛んでいった。太陽が眩しくどこまで飛んだかは見れなかったが。
暫く紙飛行機の飛んでいった方へ目を向けていた。別に見ているわけでは無くただぼぉっとしているだけなのだが。
休んでいると向こうから石焼き芋屋の車がのんびりとのびた声と共にやって来る。
いーしやーーき芋ーー、
その声がだんだんと大きくなるのに比例してほんのりと芋皮の焦げたのが香る。
確かに冷えてきたなぁ。
あ、すみません、ひとつ。
はい1つね、毎度あり。
白い湯気を立てている芋で手を温めながらぼんやりと考える。
あの飛行機、見えない壁をすり抜けて白い塔にまで届いたのだろうか
芋の温度の頃合いを見て皮をむくと綺麗な黄金色が姿を見せる。ヘタを取って、ハフハフと熱いまま一口頬張る。口の中に甘い匂いを漂わせる芋をモグモグしながら私は夕焼けを見つめた。
まぁ、どちらでも良いか。どうせ私にはあそこに入れないのだし。
食べている分をゴクンと飲み込む。更にもう一噛りして塔の方を振り返った。
こうして遠くから眺める程度が僕には丁度良いのかもしれない。よく分からなかったが、そのおかげでこれからもあの塔は神秘さを欠くこと無く立っていてくれるのだから。
見えるだけの塔 金星人 @kinseijin-ltesd
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます