203 Non-Authoritative Information


「サイボーグ?」


「おお、その言い方いいじゃん! よーし、これから志信には金欠野郎とかポンコツ人間なんて不名誉な呼び名じゃなく『サイボーグ彰』って呼ばせてやろう」

 子どもみたいな笑顔を浮かべながら、その人は器用にバシャリとつま先で海水を掬い上げた。オレがどれだけ驚いているのかなんてことには、まるで気が付いていないようだった。


 せっかく目の前に良い所があるのだから行ってみなさいという志信さんの提案により彰さんと二人、家を出てきた。辿り着いたその場所は息を飲む程に美しい、透明な海が広がっていた。


 俺、海とは相性良くないんだよねえ。


 そう零しながらも、着いた途端に手にしていた麦わら帽子をオレの頭に預け、その人は海水に足を浸し始めた。そんな光景を眺めながら、オレは何気なくその理由を尋ねてしまった。


「いや、半分以上が機械だからさあ、俺の身体」


 特に表情を変えるでもなく、明日の天気を口にするような軽さを持って告げられたそれに、一瞬反応が遅れた。いや。くわあと大口を開けてあくびをするその姿を、穴が開くほど見つめてしまったくらいには驚き固まっていただろう。


 これははたして聞いても良い内容だったのか。しかも先程自分は思わずサイボーグなどと口にしてしまった。不快な様子は見られなかった。本当に何も感じていないのか、それとも慣れているのだろうか。何にしても二度と口にしない方がいい。


 ――いや、言いたくない。この人を、まるで人間ではないかのように言うことも、この人自身に思わせてしまうことも、もう絶対にあってはいけない。なにより『オレ』が嫌なんだ。


 一瞬通り過ぎた、あまりに強い感情の波に自分でも驚く。

 知らず握り締めていた手のひらは力を入れ過ぎたのか白く色を失っていた。

 今のは、何だったのだろう。出会ってそう時間も経っていない者に対する想いにしては、あまりに深く強すぎる感情だった。

 戸惑いから押し黙るオレに、その人は何を思ったのかこちらへと手を差し出してきた。何の迷いもなく、まるでそれが当たり前であるかのように。


「ほら。お前も来いよ、――冬麻」

「……え」


 その瞬間、オレ達の間をぶわりと風が吹き抜けていった。

 目の前のその人が目を見開く。頭にあったわずかな重みが消える。伸ばされてきたその手はソレには届くことなく、空を掴んだ。


 麦わら帽子が空を舞う。高く、高く。


 飛んでいった帽子を目で追い今は空を仰ぎ見ているその人に、一瞬誰かが重なった。それは小さい頃のオレの手を引き前を歩いてくれていた、けっして忘れてはならない人だった。遠い、遠い記憶の人だった。

 なあ、もしかして。


 ――オレの瞳は、この人と同じ色をしているんじゃないのか。


 闇夜のように深い海のように、この人と同じ、宵の空を映したような美しいインディゴの色をしているんじゃないのか。

 あの時父さんが安心したように笑ったのは、この人を見つけたからじゃないのか。

 だって、だって記憶の中のその人は、照れたような横顔でぶっきらぼうに手を差し出したその人は、あの頃唯一オレの名を呼び側にいてくれたオレの、兄さんは、


 とりとめのない感情が一気に頭を埋め尽くす。そんな、自分のことでいっぱいいっぱいだったこの時のオレは気付かなかったんだ。

 データを手に入れる為の鍵とも言えるパスワードを、苦肉の策として父さんはオレに託した。実の息子の脳にそれをインプットさせるというそんな信じ難い方法で。


 ――では、肝心なそのデータを父さんはどこに隠した?


 気付けなかった。この人がそのずっと先、遥か向こうで見ていたものを。この人にしか理解できないその景色を、ただ独り、遠い目をして見続けていたことに。己の心臓に手を当て掠れた声で呟いた、その、言葉を。


「203は、俺の中に――」


(203 Non-Authoritative Information.『非公式な情報』)



To Be Continued...?

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Data 古鳥 @furudori

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