空を飛ぶやじろべえ

@blanetnoir


風が吹いている。




からっ風に青空がどこまでも遠くに続いている。



鳥も雲も見えない平和な景色をのほんと眺めている私は、深呼吸をついた。




すんと胸を張って、両手を真横に広げ、やじろべえのような姿勢で立っている。




鳥が飛んできた。





優雅に遠方からこちらへ向かってくる姿に目をやれば、あっという間に左横を通り過ぎていく。




思いのほか近い距離で、その大きな羽ばたきが風となり、私はバランスを崩しかける。




けれど、右に傾きかけた上体をぐっと伸ばしている腕に力を込めて何とかこらえる。




足を動かしたら、

私は終わるかもしれない。




その思いで全てのバランスを保っている。





腹から下は立ち込めた薄雲で足元も見えないような場所にいる。

気づけばずっとここにいた。




私のつま先は球体を掴んでいる。




いつだったか、風にもやが飛ばされて一瞬足元が見えた時があったのだ。




その下は、はるかはるか下方に人里のような景色が見えた。




私が立っているのは旗棒の先端、その棒は飛行艇に立っていた。




私は空を飛んでいる。




あくびをひとつ、かみ殺す。

ひとつバランスを間違えば何もかもを失いそうなこの状況で、発狂するほど追い詰められるわけでもなく、リカバリー能力だけを神がかり的に身につけて生きてきた。




足さえ、動かさなければ。




それだけが死なないための絶対条件だと確信して、足の指なんて大した握力もないのに、バランスを崩さないための力を振り絞って。





まあ、でも。

本当にやじろべえなら足が離れることはないだろう、という気もしている。




根をおろした植物のように、

あるいは動力のない機械のような気持ちでいればよいと。




誰かに支点から摘まれて引き離されたりしなければ、




あるいは、

私が足を動かさなければ。





ずっと、この眺めのなかで、

ひとりで、

バランスをとりながら、

生きていける。




すぅ、と息を吸う。





絶空の澄んだ空気を胸に含んで、

またピンと背筋をのばす。

ここの空気は大変おいしくて、気に入っている。




日が傾く時間帯がきた。





徐々に強くなる西日に目を細め、視界を黄金色に奪われながら、

眩い世界が目に染みる。




(そういえば、)




瞼にぐっと力を込めながら、

ふと思考がよぎる。





(私の足元の飛行艇は、

誰が動かしてるんだろう)







バルルルルルル…







急に動音が耳に付きだす。





今、足元を見ようものなら、

今まで堪えてきた全てのバランスを失うかもしれない。





風が、無防備な耳を蹴飛ばしていく。





再び瞼を開けるのが、少し怖くなった。

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