第21話 王女の運命

 ローラが初めて魔物を殺した夜、ローラは高い熱にうなされていた。

 急激に魔力を高めたことで、魔力が体内で暴走したためだ。幼いローラには、体内に宿る強大な魔力のコントロールができないでいた。


『ローラ、ローラ……可哀想に……こんなにうなされて』


 ローラの母、王妃ソフィアはローラの小さな手を握りながら、寝台で涙を流していた。国王フェルナンド、王太子フェリクスもローラを見守っていた。


『父上! お祖母様はまだですか⁈ あんなに苦しそうなローラはもう見ていられません!』


『もうすぐだ。もうすぐお見えになるはず。母上が来れば、ローラの魔力は静まるはずだ』


 国王一家は、ただ見守ることしかできない自分達を歯痒く思いながら、カーラの到着を待ち続けた。


 四十度を超える高熱と、体内を駆け巡る魔力の暴走。明け方を迎える頃には、ローラの体力は限界に近づいていた。


 待ちきれなくなったフェリクスがカーラの家に転移しようとした瞬間、部屋を淡く青い光が包み込んだ。

 王族しか転移を許されない特殊な結界をかいくぐって転移魔法を使う者。この場にいる者以外は、カーラしかいない。


 光の収束とともにカーラが姿を現した。

『ローラは無事か⁈』と、カーラはローラに駆け寄った。


『母上! ローラの体力はもう限界です!』


『悪かった。原料の魔物の肝を手に入れるのに手こずった。だが、もう大丈夫だ。ソフィア、ローラにこれを飲ませておやり』

 カーラは、紫色に光る液体が入った瓶をソフィアに渡した。


『はい、お義母様』

 ソフィアはローラを起こし、呼びかけた。


『ローラ、ローラ、お祖母様がお薬を持ってきてくれましたよ。これを飲めばすぐ元気になるわ。だから目を開けて、ローラ』


 ローラはうっすらと目を開いた。

『……お祖母様の……お薬?』


『そうよ、お祖母様は世界一の魔法使いなのよ。だからこれを飲めばすぐに楽になるわ。がんばって飲もうね?』


『……うん…飲…む……』


 ソフィアはひと匙ずつ、ローラに薬を飲ませた。

 子供が飲み干すには苦い味だが、ソフィアはローラを励ましながら薬を与え続けた。


『お義母様! 全部飲みました!』

『よし! ローラ、よくがんばった。すぐにお祖母様が楽にしてやる』


 カーラはローラの胸に手をあてた。

 ローラの魔力に自身の魔力を同期させ、魔力の渦を解いていくように、ゆっくりと鎮めていく。


 しばらくたつと、ローラは安らかな寝息を立て始めた。


『もう大丈夫だ。魔力の暴走は静まった。起きる頃には熱も下がっているだろう』


『良かった…ありがとうございます、お義母様』


 ソフィアは緊張から解放され、両膝をついて崩れ落ちた。

 そんなソフィアをフェルナンドが支える。フェリクスも安堵の表情を浮かべた。


『ローラ、本当に良かった……お祖母様』

 フェリクスがカーラに問いかける。


『なんだい? フェリクス』


『私はローラの魔力を探りました……まさかとは思いましたが、ローラの魔力の器は一つではありませんね?』


『気づいたのか。お前には私と同じ才能があるようだね。王太子であるお前に話してもいい頃だろう。そうだ、ローラの魔力の器は一つではない。この子には、魔力の器が三つある』


 フェリクスの両目が、これ以上ないぐらいに見開いた。推理が真実となったことは、想像以上にフェリクスの心を揺らした。


『ローラが生まれてすぐに、私がローラの魔力の器を二つ封印した。ローラの真の力を悟られないようにね』


『なぜ封印をする必要があったのです?』

 魔力が強い王族がいることは、この国の守護が強力であることを示す。


『ローラの魔力が普通の王族程度なら隠す必要はない。だがね、フェリクス。ローラの魔力は強いなんて次元の話ではない。この子には、世界を滅ぼす力がある』


『……世界を…滅ぼす…力……?』


『そうだ、それぐらいの力がローラにはある。そしてこの力を悪用しようとする者が必ず出てくる。かつて私の力を使おうと、マルクを殺した者がいたように』


『マルク……お祖父様が?』


 マルクはカーラの最愛の夫だった。

 王配としてカーラを支え、女王である忙しい妻の代わりに、家庭を大事にした良き父であった。


『奴らは最初、私を脅そうとマルクを拉致した。モンテパルク皇国の王を、私の力で殺すことが目的だった。そんなことをすれば、モンテパルクとの戦争が始まる。国を取るか、夫を取るのか、私は決断に迫られた。マルクはね……私の力が戦争の火種になってはならないと、最後に自害したんだ。あの人は、私と国を命をかけて守ったんだ』


 カーラには、王としての責務があった。夫の死に、深い悲しみにくれることも許されず、必死に国のために尽くしてきた。


『そんな事件があったのに、ローラの力を全て封印しなかったのは、魔王の存在があるからだ。あの子が十分に魔力をコントロールできるようになれば、魔王討伐に向かわせる』


『お義母様! どうしてもローラでなければならないのですか⁈』

 普段温厚なソフィアが声を荒げた。


『お祖母様! ローラは女の子です。心優しい子です。いくら強い魔力があっても、ローラには無理です。代わりに私が行きます!』


『女だろうが男だろうが関係ない! ローラの魔力は、封印した状態でもフェリクスより上だ』


 フェリクスはこれを認めることなどできない。可愛い妹を、魔王の元へ一人向かわせるなど、できるはずがない。


『ではせめて、ローラと共に私も行きます!』


『それはならん!』カーラの怒号が部屋中に響き渡る。


『なぜですか⁈』


『いいかい、魔王は滅ぼしても必ず蘇る。それは何十年後かもしれないし、何百年後かもしれない。魔王が復活したとき、魔王に対抗できる者がいなければ、この世は魔族の餌場と化す。強大な魔力はリシュタイン王家の者のみに受け継がれる。忘れるなよ。血を繋ぐことこそが、民を守る唯一の術だ』


 ソフィアは何も言えず涙を流した。

 フェルナンドとソフィアは、ローラが生まれた直後に、この話を聞かされ、覚悟を決めていたはずだった。だが、王家の人間として正しいとは頭では理解していても、娘を持つ親として心が追いつかない。


『そんなっ!』

 フェリクスは、すやすやと眠るローラの方へ目をやった。どうして神は自分ではなく、妹に過酷な試練を与えるのか。神を呪いたくなった。


『ローラの力は一部を封印したとて強力だ。強い仲間がいれば、必ず魔王を討伐できるはずだ。フェリクス、お前のこれからの仕事は、ローラの騎士を育てることだ』


『ローラの騎士?』


『そうだ。ローラと共に魔王を討ち、その後ローラを守る騎士だ。当てはあるか?』


 フェリクスの脳裏に浮かんだのは、自分の親友であり、ローラを実の妹のように可愛がるアレクシスの姿だ。


『当ては……あります』


『よし、ローラの騎士は任せる。フェリクス、勘違いするなよ。お前は歴代の王達に劣らない魔力を持っている。決して魔力が弱いわけではない。お前にはローラとは違う才能があるんだ。ただ、役割がローラとは違うだけだ』


 カーラは幼子にするように、フェリクスの頭を撫でた。

『分かっています、お祖母様。私は私の役割を果たします』


『お前は聡い子だ。良い王になるだろう』

 カーラはフェリクスの肩を叩き、次にローラの頭を撫でながら呟いた。


『ローラ、いつか私はお前の力を封印する。だが、代わりに絶対にお前を守る』 

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王女は魔力を隠したい〜最高の侍女スキルを持つ少年の悩ましい日々〜 水上ゆら @yuraMizukami

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