第20話 王女捜索隊

「ローラ様! ローラ様‼︎ 聞こえたら返事をしてください!」

 アレクシスはローラの名を呼びながら、森を探し歩いた。


 俺がバカだった。ローラ様があまりに可愛くて可愛くて、寄りかかられたことで理性を失った。花の香りに誘われて、ローラ様を抱きしめてしまった。その上、想いを告げようなどと、臣下としてあるまじき行為だ。


「くそっ! 俺はこんなにも……ローラ様! ローラ様!」と、その時、ガサガサっと草をかき分ける音がした。


「ローラ様っ⁈」

 アレクシスが振り返った先には、魔物の群れがいた。

 三つの犬頭を持つケルベロス、イノシシ頭のオーク、中級レベルの魔物が少なくとも十匹はいた。


 訓練を積んだ騎士でも、一人だと一瞬にして餌にされてしまうレベルの魔物達だ。


『オスダ。オスハマズイガ、ハラガヘッテイルカラナ』


 オークは知能が高く、人語を使う。

 魔物達がゲラゲラと笑っている。

 まさか目の前の人間が、自分達を殲滅する力を持っているなどと想像もしていないだろう。


「オークか。お前らにかまけている暇などない。一撃で終わらせる」


 その言葉通り、目の前のオークを一瞬のうちに斬り伏せた。

 魔物達は瞬時に理解した。この人間は危険だと。そして脱兎のごとく逃げ出した。

 散り散りに逃げる魔物を見ながら、アレクシスの頭に、オークの言葉が反芻する。


(オスハマズイ……では女なら?)


 その瞬間、アレクシスの脳裏にローラを抱きしめた時の柔らかな感触と、花のような匂いが蘇った。

 魔物が逃げた先に、ローラ様がいたら?

 なんの力も持たないローラ様と、魔物が遭遇したら?


「お前達を逃すわけにはいかない!」


 アレクシスは、雷を魔物達の頭上に落とした。

 雨のように次々に落ちてくる雷に、なす術もなく、魔物達は倒れていった。

 ローラ様の足なら、そう遠くまでは行けないはず……魔物にさえ出会わなければ、ローラ様は安全だ。


 そう思ったアレクシスは、懐から魔具を取り出した。

 アナコンダを探すときに使えと、カーラから渡された魔物寄せの魔具だ。地面に叩きつけると、花のような香りが辺り一面に広がった。


「花のような香り…若い女の香りか…」

 その香りに吸い寄せられるように、次々と魔物が現れた。


「ローラ様を守るため、この森の魔物を殲滅する!」


*****


 ドガーンという轟音が森に響き渡る。


「あれって、アレク様の雷魔法ですよね?」

 カインは音のなる方を指差した。


「そうね、きっとアレクは森の魔物を全滅させようと必死なのよ。ローラのために」

「愛の示し方が独特っすね」


「ローラのために、劇薬を飲むぐらいだからね。魔物はアレクに任せて、わたくし達はローラを探すわよ」

「そろそろ姫様、迷子を自覚して泣いている頃っすね」


「そうね。泣いているローラを見るのは、わたくしの特権なのよ。だからさっさとローラを見つけるわよ」

「……さすが特権階級? 貴族の愛ってわからないもんすね」


 リディ様の愛の示し方も独特だなと思いつつ、俺達は姫様の名前を呼びながら歩き続けた。


「でも一人でアナコンダ探しにきた時と違って、リディ様がいるから心強いっす!」

「あなた何を言っているの? わたくしに攻撃はできないわよ。白魔法使いだし。戦うのはカインよ」


「……えっ⁈」

「えっ⁈って、わたくしが戦うところ見たことあった?」


「……ないです。って言ってるそばから魔物がでたー! リディ様!」

 青色のゴブリンが三匹ほど、ゲゲゲっと音を鳴らしながら近づいて来る。


「青は強いゴブリンですよね⁈ ぎゃあ助けて神様! リディ様!」

「しょうがないわねぇ」と言いながら、リディ様は手で印を組んだ。


 三つの光の球がゴブリンを包み込んだかと思えば、次の瞬間弾け飛んだ。

 ゴブリン達はぼーっとしている。


「チャーンス! さすがリディ様! この間に逃げましょう!」

「何を言ってるの? こいつら逃した先にローラがいたらどうするの⁈ 逃すわけないでしょう」


「逃すわけないって。じゃあどうするんすか⁈」

「どうするもこうするもないわ。カイン! 殺っておしまい!」


「俺ーーー⁈ 仕方ない、ここはばあさんの魔具で…」

「魔具なんてもったいない! せっかく幻影の魔法をかけたんだから、剣でざっくりやるのよ!」


「スパルタがすぎやしないですか⁈」

 ばあさんといい、リディ様といい、どうして俺の周りにはこうもSっ気が強い人間が多いんだ?

 覚悟を決めて剣を握りしめた瞬間、ゴブリンが棍棒を振り回した。


「ぎゃあ! 棍棒振り回しましたよ⁈」

「ただ振り回しているだけよ! まだ魔法は効いてるから、背中に回り込んで後ろからざっくり殺りなさい!」


 えーいっと、俺は一匹のゴブリンの背中を刺した。

 断末魔の叫びと共にゴブリンが倒れる。


 その叫びに我に返ったのか、残りの二体のゴブリンが一斉に俺の方を向いた。

 俺は慌てて、ゴブリンから剣を引き抜こうと思ったが、肉厚なゴブリンなのか剣が引き抜けない。


「リディ様! もう一回! もう一回魔法かけてください!」と、いい終わる前にゴブリンが前のめりに倒れた。


 恐る恐る覗き込むと、ゴブリンはいびきをかいていた。どうやら眠っているらしい。

「睡眠魔法よ。今のうちにとどめをさしなさい」

「……てか、最初のやつも睡眠魔法で良かったんじゃ?」


「あなた近衛騎士になるんでしょ? 戦闘に慣れなきゃね。可愛い子には修行をさせるのよ」

「だから愛が独特すぎるんですって。俺は普通の愛が欲しい!」


「さあ! ローラを守るため、森の魔物を殲滅するわよ!」


*****


 アレクシスとリディアナが同じ思考で魔物を倒している頃、カーラもまた同じ考えでいた。

 アレクシスに渡したものと同じ魔具で、魔物を引き寄せる。


「湧いて出てきたね。でもまだまだ数が足りないね。お前達には悪いが、ローラを害する可能性があるものは、全て排除させてもらう」


 カーラは自身の周りに結界を張り、魔物が集まるまで、魔物寄せの魔具を使い続けた。

 カーラの強力な結界を破れずに、魔物はどんどん増える。

 カーラは結界の中で、昔自分が言った言葉を思い出していた。


『ローラ、いつか私はお前の力を封印する。だが、代わりに絶対にお前を守る』

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