第19話 魔力がなくなったことをうっかり忘れていた王女

 ふっと目が覚めると、目の前には自分を上から覗き込んでいるアレクの顔があった。


「ローラ様……良かった」


 気がつくとわたしくは、寝台の上でアレクに抱きかかえられていた。

 そのことを自覚すると、途端に恥ずかしくなり、身体中の血が顔に集まったかと思うほど顔が真っ赤になった。


 アレクもその事に気付いたのだろう、顔を真っ赤にして慌てていた。

「も、申し訳ありません。ローラ様があまりにも苦しそうだったので、少しでも苦しみが和らげばと思い…っ、い、今すぐに降ります」


「ダ、ダメ!」

「ローラ様?」

「ま、まだ少しだけ胸が苦しいの……だからもう少しこのままで……」


 苦しいのは別の意味で苦しかったのだが、こんな状況を逃す手はないわ!

 少しばかりの嘘は多めに見てもらおうと、ドキドキしながらアレクに寄りかかった。


「も、もちろんです。ローラ様がお嫌でなければずっとこのままでも……いえ、ずっとでは…いや、何言ってんだ俺は…」


 最後には敬語がなくなり、素を見せたアレクがこの上なく愛おしくなった。


 アレクの心臓の音がバクバクと鳴っている。自分の心臓も連動するかのように、ドキドキが止まらなかった。

 アレクの心臓の音がもっと聞きたくて、アレクの胸にすり寄った。

 するとアレクも抱きかかえる手に力を込め、わたくしの髪に顔を埋めた。

 二人の距離が、恋人同士のようにこの上なく縮まった。アレクもわたくしのことが好きなのではないかという錯覚すら覚えた。


「ローラ様……」と、耳元で響くアレクの声にもう意識せずにはいられない。

「アレク……」と、わたくしもアレクの背に手を回した。

「ローラ様、お、俺は……」と、その時ドーンと扉が開く音がした。


 わたくしとアレクは慌てて離れ、アレクは急いで寝台を降りた。

 それまで立ち込めていた甘い空気が一気に霧散する。


「はぁーい、お約束の邪魔者の登場だよ♪」

 カインはしてやったりと、意気揚々と姿を現した。


「カイーーン! どうして今開けるの⁈ あと三分、いえ、一分あれば!」


「姫様が思うよりお邪魔虫が多いってことっすよ! このタイミングの突入はリディ様のご命令です!」


 そこにひょっこりリディ様が顔を出す。

「ごめんね、ローラ。未来の義妹の貞操は姉が守らなくてはね!」


「て、貞操⁈ なんてことを⁈ カインはともかく、リディはわたくしの味方でしょーー!」

「そして俺はアレク様の貞操を守ります!」

「なんでカインがアレクの貞操を⁈ 二人は一体どういう関係なの? ま、まさかアレクは男が……っ⁈」

「ご、誤解です! ローラ様! 俺はれっきとした女好きです!」

「女好き⁈ アレクは好色な男性だったの⁈」

「いえ! それも誤解です! 言葉のあやです。そうではなくて、カイン! 説明してくれ!」


 アレク様は涙目で俺に助けを求めた。

 いたいけな少年の心を惑わしておいて、なんて罪作りな!


「説明って? もう俺に怖い思いなんてさせないって言って、家までおんぶしてくれたことですか?」


「なんですって? 怖い思いはさせないなんて、そんなことわたくしには言ってくれたことがないのに。やっぱりアレクはか弱い子が好きなの? それにおんぶまで、あ、アレクのバカーーー!」


 姫様は泣きながら部屋を飛び出した。

「ローラ様!」と、アレク様が追いかける。


「カイン、いくら何でもふざけすぎではなくて?」

「いいんですよ、どうせ両想いなんですから。ちょっとぐらいこじれるのは、恋のスパイスってもんです」


「やだっ⁈ 何でちょっと涙目なの⁈ あーあ、カインもやられちゃったのね」

「カインもってどういうことっすか? まさかお仲間が⁈」

「そうよ、アレクは魔法師団で【同性殺し】って呼ばれているのよ」

「同性殺しって、まんまじゃないっすか」


「魔法使いと騎士はセットで行動するものなの。魔法使いの詠唱時間を稼ぐのが騎士の役目なのよ。でも騎士は点数稼ぎがしたいから、魔法使いそっちのけで魔物を退治しようとする奴が多いの。その点アレクは心得ているから、魔法使いをその背にかばって、きっちり守り切るの。あの顔で守られて、怪我がなくて良かったなんて笑顔で言われてみなさいよ。魔法使いは魔力が強くても力は弱いからね。男といえどイチコロよ」


「お、俺も言われました!『怪我がなくて良かった』って。なんて罪作りなお方!」

「やっぱりね、アレクは天然だから仕方ないけどね。魔法師団には男女問わず、アレクのファンが大勢いるのよ」


「まあ俺は、アレク様の姫様への溺愛を間近でみてますからねぇ。その点、その他大勢よりは傷が浅いっすよ」

「わたくしが可愛い女の子を探してあげるから元気出しなさい!」


「リディ様! 約束ですよ!」

 リディ様と指切りをしようとしたとき、アレク様が慌てて戻ってきた。


「ローラ様を見失った! 魔物がいる森でローラ様に何かったら……手分けして探してくれ!」


「大丈夫ですよ。姫様なら魔物なんて瞬殺じゃないっすか。俺とアレク様のアレヤコレヤの妄想が終わったら、転移魔法使って戻ってきますよ」


「ばか! ローラは魔力を封印したのよ!」

「あっ! そうだった。大変だ!」


「カインはカーラ様からありったけの魔具をもらって、リディと一緒に行動してくれ! 俺とカーラ様は別々で行動する。三手に別れて、ローラ様を探すんだ!」


 そこにカーラ様が両手いっぱいに魔具を抱えてやってきた。


「何やってんだい! お前達は! ローラもローラだ。迷子になったのを自覚したと同時に、魔力がないことに気づくだろう。バカで純粋な孫は撤回だ! バカでバカな孫だよ! いいかい⁈ 日没まであと少しだ。それまでのローラを探し出せ。ここは魔物の森だ。日没までに探し出せなければ、魔力のないローラの命はない」


 カーラ様がいい終わると同時に、アレク様が飛び出した。



 その頃、ローラはカーラの予想通り、迷子になったことを自覚していた。


「ううっ……どこから走ってきたか分からない。どれも同じ木に見える……どうして飛び出しちゃったんだろう。みんな心配してるかな…もうお祖母様の家に戻ろう」


 転移魔法を使おうと、いつも通り転移先であるカーラの家を思い浮かべる。なのに、一向に転移できない……。


「……って、魔力封印したんだった! ど、どうしよう。確かこの森は、魔物がたくさんいるから、いい実験ができるってお祖母様が言っていたわ。ここは魔物の森!」


 自分の言葉に身体が震える。魔物が怖いと思ったことなんて、初めてゴブリンを倒して以来だ。あれから、魔王と対峙した時だって怖いと思ったことなんてなかった。


「やっぱり魔力を全部封印するんじゃなかった。一つだけでも魔力の器を残しておけば良かった……いいえ、そうではないわ。わたくしが何も考えずに飛び出したのがいけなかった。どうしよう、どうすれば……とにかく日が暮れる前に戻ろう!」


 そうしてローラは自力で戻るべく、森の中をさまよった。

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