第45話 あはれとも いふべき人は 思ほえで…
『先生、こんにちは。山田ですが…』
『はい、どちら様ですか?』
『ちょっと、雪村出版の山田ですよぉ。』
『はぁ?雪村出版の山田さんですか?始めまして、こんにちは。』
『ちょっと、ちょっと、大丈夫ですか?先生の担当になってすでに5年以上経ちますよぉ。山田 友梨ですよぉ。』
『あのぅ?担当の稲村 久美さんは来ないのですか?』
『はぁ?稲村 久美さん?雪村出版にはそのような名前の社員はいませんよぉ?しっかりして下さいよぉ…。私を見れば久美さんって…。』
『そうですかぁ…すいません。こちらが今回の作品です。』
『はい、有難うございます。来月も宜しくお願いします。』
『おかしいなぁ…。担当者が山田さんって…おかしいなぁ。騙されていないのかなぁ?』
『先生、おはようございます。』
『えぇ!ビックリしたぁ…』
『はぁ?どうしましたぁ?』
『いやぁ、さっきまで、雪村出版の山田さんが来たのですが…担当が稲村さんではなくて山田だと…』
『もう、嫌だわぁ。稲村はこの世界では使えないでしょ?』
『あぁ…なるほど。』
『ここでは、村田ですよぉ。』
『そうなんだぁ…。』
『さっきから隣にいたのに…気付かないなんて寂しいなぁ…。』
『えぇ!本当に?』
『もう、嫌だなぁ。』
『あのさぁ?以前、コストコに行った時にいなくなったよなぁ?覚えている?』
『えぇ、コストコ?行った事ないけど…』
『そうなんだぁ…。やっぱり、疲れているんだなぁ…。』
『えぇ?どうしたの?』
『実はさぁ…久美ちゃんと一緒にドライブしてコストコに行ったら、久美ちゃんがいなくなってさぁ…。』
『それって、もしかして…私が最近、見た夢と同じですよぉ。』
『えぇ!本当に!そんな事があるんだぁ。』
『もしかして、桜の時期に通った道を通りませんでしたか?』
『そうそう、そうなんだよぉ!』
『ホットドッグとピザを買いに行きましたよねぇ?』
『そうそう、そうなんだよぉ。あたりを探してもいないから泣きそうだったよぉ。』
『ですよねぇ?やっぱりなぁ。最近、寝ている時に逢いたくなると魂だけが先生の側に行くみたい何ですよぉ。』
『そうなんだぁ。』
『あの日、電話をもらった時は仕事場にいたんですけど…先生の話を聞いていたら、先週、おなじような夢を見ていたんですよぉ。』
『えぇ!そうなんだぁ。』
『もしかして、私がいる世界って…不安になるなぁ。』
『大丈夫だよぉ。ちゃんと、温もりを感じるでしょ?』
『そうかなぁ…。』
『あぁ、山田さんに原稿は渡したからねぇ?』
『はい。』
『あぁ、もしもし、坂浦です。先程、すいませんでした。さっき村田さんが来ましたけど…』
『えぇ!村田さんですか?本当ですか?あり得ないのですが…』
『えぇ、どういう事ですか?』
『村田さんって…久美さんですよねぇ?』
『そうだよぉ。どうした?』
『いや、何でもないです。』
『気になるなぁ…。あぁ、そうだぁ。たまには、感想を聞かせてねぇ?』
『はぁ?はいはい。では、失礼致します。』
『あり得ないなぁ…村田さんねぇ…。』
『さてぇ、そろそろ、仕事するかなぁ。久しぶりにモヤモヤした気持ちがスッキリしたから良かったなぁ。あるんだなぁ…不思議な事がなぁ。今日の百人一首は…』
『謙徳公~あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな』
20××年
『えぇ!どうしてですか?これからも、一緒にいたいと言ったじゃないですか?』
『君の気持ちはしっかりと受け止めたい。でも、駄目なんだよぉ。それはお互いの為にはならないんだぁ。もちろん、今でも好きだけど…別れなければ…お互い幸せにならないんだぁ。』
『どういう意味ですか?好きなのに別れるって…意味が解らないなぁ。今の関係で不満でもあるんですか?私に欠けているのは何ですか?』
『君に欠けている部分はないよぉ。寧ろ、欠点を含めて大好きだよぉ。愛おしくすべてが貴重なんだよぉ。でも、駄目なんだぁ。そうだなぁ…聖母マリアに触れる事が出来ない事に気付いたんだぁ。つまりは…触ってはいけないのに…触ってしまった罪を受けなければならないんだぁ。』
『はぁ?私が聖母マリア?うれしいけど…そんな素敵な存在ではないでしょ?はっきり言ってもらっても良いですか?』
『とにかく…ダメなんだよぉ。チクショー!こんなに好きになってしまっても別れなくてはならないなんて…ウワァ!』
『ちょっと、止めてよぉ。飛び降りようとしないでぇ!』
『私がいなくなれば良いのよぉ。私が飛び降りたら自由になれるよねぇ?』
『無理なんだぁ…死ねないんだぁ。久美ちゃんは存在しているけど存在していないんだよぉ。』
『どういう事なの?はっきりと解るように説明して?』
『言わなければならない?今は言えないよぉ。』
『解ったわぁ。これ以上は聞かないわぁ。その変わりお互い少し時間を起きましょう?別れるのはその後でも良いかなぁ…』
『もちろんだよぉ。でも、ごめんねぇ…』
『ほらぁ、顔を上げて…涙なんて先生には似合わないわよぉ。』
『そう言う、久美ちゃんこそ泣いているじゃないかぁ?ポンポン。』
『もう、こんな時まで優しいなぁ。有難う。では、行くねぇ…』
『あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな…』
『えぇ?どういう事だぁ?存在しているけど存在していないとは…どういう事だぁ。』
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