第42話 契りきな かたみに袖を 絞りつつ

『先生、大丈夫ですか?すごい汗ですけど…』

『いやぁ、大丈夫だよぉ。』

『瞬、いつものだろ?追われている夢でも見たんだろ?』

『あぁ、そうなんだぁ。(違うけど…)』

『以前なぁ…大学の時に、学費が払えない時期があってなぁ。瞬が夢でうなされた時が何度かあってなぁ。』

『あぁ、時々、トラウマのように、見るんだぁ。』

『はい、これでも飲みなよぉ。はい、お水。』

『あぁ、ありがとう。雪。』

『もう、あたしがあげようとしたのに…』

『2人とも、ありがとう。』

『いえいえ、どう致しまして。』

『瞬、本当に大丈夫かぁ?遠藤君の両親に逢うのが辛いなら、俺たちだけでも行くけど…?』

『いやぁ、大丈夫だよぉ。』



『あった、あった。あそこだなぁ。遠藤法律事務所。ピンポン。』

『はい、はい、どちら様ですか?』

『あのぉ、遠藤君の同級生だったものですが…ご主人の遠藤 幸雄さんと18時にこちらでお逢いする事になっておりまして…』

『少々、お待ち下さい。』

『ごめんねぇ。忙しいところ、来て頂いて。』

『いえいえ、私達の方こそ、遠藤君の葬式にさえ来る事が出来なくて…』

『えぇ、どうしたんですか…』

『やっと、やっと、やっと、みんなに逢えたよぉ。急に居なくなってから、30年以上の月日が経過するとは…ミナ、大和だよぉ。お前が好きだった大和が目の前にいるよぉ。』

『あなた、何を言っているのぉ。冗談も顔だけにして下さいよぉ。息子の同級生だった人達が私達の同級生なわけないでしょ?今、お茶持っていくから…はい、はい…えぇ、ガチャ〜ン。えぇ、どうして、どうしてなのぉ。あなた方は幽霊なのぉ。玄関に飾ってある写真を見て!』

『あれぇ、大学の文化祭の写真ですねぇ?懐かしいなぁ?瞬。そう言えば、こんな写真をいつ撮ったかな?』

『大和、よく見ろって?日東亜大学文化祭。1996年って!』

『今が2030年だから…えぇ!30年以上前って!!』

『ちょっと待て、ちょっと待てって。俺たちがいるわけないけど…雪、久美、瞬に俺だぁ。もしかして、その隣にいるのが…』

『そうだぁ、ミナと私だぁ。とりあえず、リビングで詳しい事を話すからこちらへ』


『この写真は紛れもなく、1996年の大東亜大学文化祭の時に撮った写真だぁ。当時、テニスサークルの他の大学交流で藤ヶ丘女子大、帝国大学、玉岡大学など合同コンパで久美さん達に知り合った。当時は私とミナ、雪と久美、大和に瞬と仲良くしていた。テニスサークルでは藤ヶ丘女子大学が近隣にあるので大東亜大学にはよく来てくれていた。いつの間にか、仲良くなって、大学以外でも、ボーリングやカラオケなどをしていたんだ。仲良くなって大東亜大学の文化祭に来てくれて、記念に写真を撮った。

その後は藤ヶ丘女子大と大東亜大学の交流が盛んになり夏の合同合宿で箱根や熱海などにも行った。大学3年になって大和が新車を買ったから合宿の下見もかねて軽井沢にでも行こうとなった。たまたま、俺とミナは軽井沢に行く時に、用事があったので、軽井沢の駅で合流する事になった。しかし、大和たちが行方不明になったんだぁ。クルマだけを残して…』

『なるほどねぇ。でも、私達は年齢も違うし、名前は、偶然にも一緒ですけど。遠藤さんの息子の和雄君と同級生なだけですよぉ。』

『もちろん、最初は息子の同級生だと信じていたが、俺は大和や瞬とはいつも一緒にいたんだよぉ。というよりも、大和と瞬は学費を稼ぐのにやっとの生活だったから、たいていは家に住んでいた。だから、大和と瞬が桜木町駅で歌を歌っていた姿を動画で見た瞬間、トリハダがたって行動したのさぁ。』

『なるほどねぇ。』

『でも、玄関を明けた瞬間に動揺が確信に変わってしまった。足に力が入らなくなってしまった。』

『そりゃそうですねぇ。』

『ところで、息子さんの写真や位牌はどちらにあるんですか?』

『私達、家族には和雄は存在していないんだぁ。葬式を終えて、しばらくしたら、忽然と何もかもが消えてしまった。最初は私達も目を疑った。住民票を見たり、学校に問い合わせをしたり、アルバムを見たが何処にも存在していないんだぁ。存在はしていないが確かに存在していたが、たぶん、和雄の記憶は今日で消える事はミナも私も知っている。』

『どういう事なの?』

『おいおい、お前たちが原因だと気づかないかぁ?』

『この声は神様?』

『そうだよぉ。神様だぁ。今日、みんなに会わせたのは、過去に戻る準備をしてもらう為さぁ。こちらの生活が長くなってしまったが、本来いるべき世界は過去になる。』

『という事は?』

『未来を変えても過去に戻った時には何も始まっていないのさぁ?夢をみせているにか過ぎないのさぁ。仮にここで亡くなったとしても、1996年で止まっている。』

『私達は過去に戻るって事?』

『どうかなぁ。未来に来たのは偶然だから帰り道は探さないとなぁ。それまではここに留まって楽しく暮らすんだなぁ。じゃ、神様は行くなぁ。』

『私達も息子の和雄は大切だけど、今は記憶が途切れております。存在しなかった事にはしたくないけど…私達はここで出会ってしまったので、明日には和雄は存在しなくなります。ミナは大和さんの記憶が強くなっており、私も雪さんを思い出しております。気持ちが途切れております。とはいえ、この世界では、皆さんとは30年以上年齢に開きがあります。私達は今年で54歳。皆さんは32歳と27歳です。さすがにこの世界では、恋は成立しません。』

『えぇ、そんな事はないですって。』

『だめなのよぉ。例え、過去に恋愛をしていても、あなた達がここを出た瞬間に私達は消える事になるから…』

『もしかして、それを知っていながらここに呼んだのですか?』

『そうよぉ。私達は和雄を失ってから、常に喧嘩をしてきたわぁ。でも、しばらくしてから、和雄の遺品が次々と消えて記憶から消えていくと…坂浦 瞬の小説が店頭にならび、テレビの画面をとおして、雪さんが女優として活躍を始めて、昔の記憶が蘇ってきたわぁ。そして、幸雄さんが桜木町駅で路上ライブの動画を見て確信したのぉ!これは、私達が存在してはいけない世界だと。だから、神様にお願いしたわぁ。みんなに会わせて欲しいって。』

『そろそろ、時間になるから、みんなも帰ってねぇ。』

『あぁ、最後に大和さん、『待たせたねぇ?逢えて良かったです。ありがとう。』』


『お邪魔しました。では、失礼します。』

『良いかぁ。後ろは消して振り向くなよぉ。』

『解っているわよぉ。』

『大和、行くぞぉ。あぁ、解っている。今、いくよぉ。』

『大和、振り返るなぁ。』

『ミナさん、ありがとう!』

手を振りながら、ミナさんは煙のように消えていった姿を大和だけはみたのだった…

『契りきな かたみに袖を しぼりつつ

末の松山 波越さじとは』





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