第2話 You are my destiny

 学校をサボった翌日、昼休みに委員長に呼ばれた。

 委員長というのは学級委員長をやっている片割れの女子で、本名は毒島花子というが本名とはいえ女の子に「ブスジマ」とは言いづらいし「花子」も「花子」で何となく言いづらい気がするので僕は委員長と呼んでいる。


「君昨日学校サボったでしょ?」


 あー、これお叱りモードかなぁと思っていたら昨日もらったプリントなどを渡されただけだった。

 僕は拍子抜けして「あ、ありがとう」とお礼を言う。


「ねぇ……君、今恋してるでしょ?」


 僕はその言葉にドキッとした。


「そそそ」


「当たった……」


 委員長は呆れながら顔を近づける、いたずらそうに笑う委員長の瞳に僕が映る、近い。委員長は役職やあだ名から真面目と思われがちだが真面目というよりかおしゃれで活発な感じの人で名前がアレだが顔立ちはかなり美人な部類だ、そもそも委員長に立候補したのも他に女子の候補者がいなかったという理由もあった。

 委員長は笑って「ま、応援してるし君ならいけると思うよ」と笑いながら去っていった。

 応援されてもいけないのが問題なのだと僕は望月さんの方を見る。相変わらず独りで弁当を食べている。

 昨日飲んだたんぽぽコーヒーが何となくまた飲みたくなってきた。

 そうしたら昨日の喫茶店での「相手のためではなく自己保身」一言が思い浮かんだ。そうしたら今までの自分が急に情けなくなってきた。

 結局その日は望月さんと会話する事も無く、家へ帰ってきて制服のままふて寝しようと思ったが、やはりたんぽぽコーヒーの味が忘れられない。

 起き上がってから時計を見る行って帰ってくるだけなら夕飯までにはまだ間に合うかもしれない。



――――――――――――――――――――――――



「そろそろ、そのレコードばかり聞いている理由を聞きたいね」


「アレ、昨日言いませんでしたっけ?」


 とりあえず取り繕う。


「癖になったとは聞いたが根本的な理由は聞いてないよ」


「わたしの勝手でいいじゃないですか」


「僕が気になる」


 わたしは返答に困る。

 誰とも知らない人と一緒に口ずさんだだけの曲なのだから。

 本当に理由がわからないが、この曲を歌っているとなぜか心が落ち着くのだ。

 最近困ってる事と言えばこの曲の事と、やはり自分が欲深いという事だ。屋根があり食事に困らなくてしかも自分の事を思ってくれる人がいる、それだけで十分なのにどうしても空虚感を拭えない。

 店のベルが鳴る。


「いらっしゃいませ」



――――――――――――――――――――――――



 僕は突然の出会いに驚き、困惑をした。

 目の前の望月さんを見て全ての思考がぐちゃぐちゃになる。彼女の笑顔、相手のためではなく自己保身という店主、応援しているという委員長、カルフォルニアに降り立つUFO、文化祭で歌う二人、冬の寒い空、たんぽぽコーヒー、ペペロンチーノ。


「好きです、つきあってください」


 それを教室の演壇で言った途端僕の抑圧された何かが開放された気がした。


「ええ、よろこんで」


 そう聞こえた気がした。

 ただ残念なのはそれは全て僕の妄想でありすぐに薄暗い半地下の喫茶店に戻る。理性と自己保身に負けたのだ。

 僕は慌てて取り繕って「たんぽぽコーヒー一つ」と店主さんに頼んだ。


「かしこまりました」


 店主さんはキッチンに向かう。

 僕は頭がぐるぐるとしてきた、一昨日の昨日の今日のでストーカーと思われてないか、いやこれは逆にチャンスじゃないのかだろうかとか。


「あの……おすわりになられたら?」


 望月さんは怪訝そうに僕に聞く。


「あ、そうですね!」


 僕は一番手近の席に座る。

 望月さんは手際よくレコードを外して次のレコードをかける。

 

「あの……何か?」


「いえ……その、望月さんいつもと違ってカッコいいなぁって」


「……ありがとうございます」


 対応が冷たい。まるで僕と初対面のような口ぶりだ。

 店主さんはたんぽぽコーヒーの入ったマグカップを置いてくれた。

 僕は味わいもせずそれを飲み干してから、すぐに店を出た。

 勘違いしている自分が恥ずかしくてすごく泣きたくなってきた。

 家へ帰った方法も覚えておらずそのまま夕飯も食べずにふて寝をした。



――――――――――――――――――――――――



 わたしはリビングで深夜番組を見ている彼の隣りに座った。

 テレビにはアメリカの刑事ドラマが映されていて、独特な喋りの金髪の刑事が容疑者に尋問をしている。


「あの……」


「何か?」


「夕方のたんぽぽコーヒーのお客さんって、あなたの知り合いですか?」


「知り合いと言えば知り合いだけど、昨日知り合ったばかりだよ」


「そうですか……」


 わたしはクッションを抱いてドラマを見る。

 わたしは他人の顔の区別がつかないらしい。だから今日のたんぽぽコーヒーの人が何者なのかわからないのだ。彼ぐらいは区別がつくがそれも実は自信がない。


「……夕方の続きしていいですか?」


 こういう時は彼に対しては正直であったほうがいい。


「いいよ」


「わたしがあのレコードをかけている理由は、顔を知らない誰かと口ずさんで歌ったからなんですよ。そうしたら安心感が溢れてきて……」


 わたしは涙が溢れてくる。これだけで十分なのにもっと欲しくなる。


「その誰かさんの事は好きかい?」


「好きかどうかはわかりません。ただ、もう一度会ってみたいと思います」


 彼はわたしの頭を片手でクシャクシャと撫でる、外観はおろか年齢にも見合わないカサついた冷たい掌は心地よさを感じる。


「もう寝よう、おやすみ」


 一瞬、「同じお布団で寝たい」と言いたかったが「おやすみ」と言って外履きを履いて自分の部屋に向かう。階段を登ってキーケースから鍵を出して部屋に入り、自分のベッドに潜り込み眠る。いい夢を見よう、でなければゆっくりと休もう。

 わたしは欲深い、彼の庇護があるだけで十分なはずなのに何も満たされていない。

 お腹がキュッとなって熱くなる、足の先端がしびれてくる、のどが渇いてくる。

 寝よう。



――――――――――――――――――――――――



 翌日、死に体ながらも辛うじて登校した。


「おっす、君、今にも死にそうな顔してんぞ」


 委員長が馴れ馴れしく小突いてくる。


「死んでなくなりたいよ」


「振られたか?」


「多分」


「じゃあ、女の子紹介してやんよ」


「いらない、今は何も考えたくない」


 僕は委員長を振りほどいて教室へ向かう。


「じゃあさ、じゃあさ。わたしと付き合うか? とっても楽しいぞ」


 委員長は前に先回りしいたずらそうな瞳で僕をみる。

 委員長を改めて見直す、器量はいいし性格も誰もやりたがらない委員長職をやっている辺りは悪くない筈だ。

 これは同情か? とほんの一瞬思ったが昨日の事が頭をよぎる。何故委員長は恋をしていることを知っていたのか。

 多分委員長は本気なのだ、少なくとも「自分と付き合うか」と堂々と言ってのける位には。

 一瞬、ほんの一瞬だけ気持ちが揺らいだ。


「ごめん、一日だけ待ってくれる?」


 僕は委員長に断りを入れた。

 委員長のおかげでようやく目が覚めた、今まで僕は彼女を好きになったつもりでいただけなのだ。嫌われる事もないが好かれる可能性もないただの思い出として好き・・を浪費するか、それとも恥を忍んで好きを未来につなげるか。

 もう迷わない。

 僕はそう決めて教室のドアを開ける。

 彼女は廊下側の席で本を読んでいた。

 迷わないとは決めたが正攻法では多分昨日の二の舞になる。


「何か御用ですか?」


「文化祭の事、覚えてる?」


「文化祭……ですか?」


「文化祭の準備の時、僕と一緒に鼻歌歌ってくれたよね。その時から好きになりました」


 彼女は「あ、そうですか……」と言って本に目を落とす。脈はないのかと思ったら次の瞬間目を上げて僕をまじまじと見る。


「えっと、えっと……犬飼くん? でしたっけ。わたしも好きです、わたしもあの頃から気になっていました」


 次の瞬間自分の血液が熱くなり心臓から頭、手、足、股と巡ってまた心臓に戻ってきて血液に幸せが乗っている感覚に襲われた。



――――――――――――――――――――――――



 わたしは教室のバカ騒ぎを後ろに屋上に向かった、普段は施錠されているが委員長特権・・・・・で鍵をこっそりと複製した。

 アイツの事が好きな理由はわたしの事を名前で呼ばなかったからだ。

 毒島花子という名前の事は置いておいてアイツは顔立ちは可愛いがイケメンではない、勉強も運動も平均の上下位なのだが他人を思いやる気持ちだけは誰にも劣らなかった。誰かが困っていれば助け、それに代価を求めないヤツなのだ。

 見苦しい告白だったし不器用な返事だ、ただわたしの心には響くそれがわたしに向けられないのは残念だし涙は流れたがアイツへの執着は不思議と感じなかった。

 あの笑顔を見られただけでも良かったのだ。

 これでいいのだ。

 屋上に上がって街を見下ろす、冬の空は綺麗でその下にある街も綺麗に思えてくる。


「に……しても、望月が好きだったのか。わたしも眼鏡かけようかな?」


 金網の向こうの明るい街を見ながらわたしはそうつぶやいた。

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ONLY YOU 三代目暝帝丸十屋 @BT1919

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