第42話 新しい家族

王宮では、毎朝神殿にて、王である信志とそのお妃達が、国家の安寧を願って、皆で祈りを捧げる。

「今日も一日、何事もなく、務めを果たそう。」

「はい。」

そして、一人また一人と、妃達が自分の屋敷に戻って行く中、黄杏だけはまだ、神殿にとどまっていた。


それに気づいた白蓮が、黄杏に声を掛けた。

「黄杏?何かあったのですか?」

「白蓮奥様。何もありません。」

だが黄杏は、考え深そうに、祭壇を見つめている。

白蓮は、そんな黄杏の隣に、そっと腰を降ろした。

「そう言えば黄杏の前の御子は、この時期に、離れていってしまいましたね。」

それを聞いた黄杏は、驚いた顔で、白蓮を見た。

「……覚えていて下さったのですか?」

「ええ。あなたの事も、黒音の事も、紅梅の事も、王の御子の事は全て覚えています。」

そう言うと白蓮は、にっこりと笑った。

その微笑みに、黄杏の顔も緩んでいく。

「実は、神にお礼を申し上げていたのです。」

「お礼ですか?」

「はい。ここまで無事、お腹の御子が育った事に。そしてもう一度、私に御子を授けて下さった事に。」

黄杏が祭壇に向かって、手を合わせると、白蓮もそれに習うように、手を合わせた。


「もう少しで、産まれるのですね。」

白蓮は、手を合わせながら、呟いた。

「はい。皆さまのお陰で、ここまで順調にきています。」

前回は、黒音の計画で、残念ながらお腹の子は、流れてしまった。

だが、お妃が王の子を産むのを、阻止しようとする輩は、何も他の妃達だけとは、限らない。

いつ、誰に狙われていたとしても、おかしくはないのだ。


「その御子が無事産まれたら、また黄杏に御子を授けて下さい。」

白蓮が発した言葉に、黄杏は目を開けた。

「白蓮奥様……」

「ふふふ。少々、早かったかしら。」

白蓮はまるで、黄杏の子が産まれてくる事を、誰よりも楽しみにしているようだ。

「でもね。黄杏なら、また王の御子を授かると思うの。だって、王の寵愛が深いでしょう?」

その女神のような微笑みは、心からのものなのか、仮面のように装っているのか、黄杏には分からなかった。

「そんな事は、ありません。」

「あら、どうして?」

黄杏は、そっと白蓮を見つめた。


「奥様は、王に嫉妬したりしますか?」

突然の質問に、白蓮は目をパチクリさせる。

「……あまりと言うか、全くしないわね。」

「それに対して王は、何か申しあげますか?」

「そうね。たまに嫉妬して見せろと、叱られた事があるわ。」

「やはり。」

黄杏は、悲しげに床を見た。

「王は、私が嫉妬しても、相手にもしてくれません。」

「それは暗に、嫉妬する必要がないと、伝えたいからでしょう?」

黄杏は、鼻で笑った。

「いいえ。私の嫉妬など、目障りなのです。何人もいるお妃の一人だから。」

白蓮は、渋い顔をした。

まさか寵愛が深い黄杏の口から、そんな言葉が出てくるなんて。

「黄杏。王は決して、そのようには……」

「いいえ。私達妃は、所詮白蓮奥様の、代わりにしか過ぎないのです。」

そんな事を言われて、白蓮は戸惑った。

「王が認める奥様は、白蓮様しかおられないから。だから、誰よりも嫉妬してほしいと、願っておられるのです。それは、愛情の裏返しです。」

「黄杏……」

白蓮の伸ばした手を、黄杏は捕まえた。


「王が愛していらっしゃるのは、白蓮様だけです。本当のお気持ち、本当の信志様の姿を見せているのも、白蓮様だけです。」

それは白蓮に、大切な事を伝えようと必死であると同時に、どこか切なそうで、悲しげな眼をしていた。

「では、白蓮奥様。私は屋敷へ戻ります。」

黄杏は、大きなお腹を抱えて、立ち上がった。

「待って、黄杏。」

白蓮が、そんな黄杏を呼び止めた。

「こんな事、私が言うのもおかしいかもしれませんが……」

白蓮は黄杏の手を取ると、じっと見つめた。

「黄杏、皇子を産みなさない。」

「白蓮奥様……」

考えもしない発言に、黄杏は口をあんぐりと開けた。

「あの……」

「あなたが、国母になるのです。」


国母。

それは、時代の王の母親の事。

田舎出身の黄杏には、いささか重荷にも感じた。


「私には、その役目は重く感じます。」

「何も心配する事はありません。」

白蓮は、黄杏の手を強く握った。

「黄杏、私がいます。」

黄杏が顔を上げると、真っすぐで力強い、白蓮の姿があった。

「私だけではなく、青蘭も紅梅もいます。あなた、一人ではない。」

その強さに、黄杏は圧倒されてしまった。

「大丈夫です。あなた一人で、育てる訳ではありません。」

「奥様!」

黄杏も、白蓮の手を強く握った。

「皆、あなたのお腹の御子が、この世に誕生する事を、心待ちにしていますよ。」

黄杏は、白蓮の言葉に、大きく頷いた。

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