第28話 命の見返り

門の外に出たが、護衛以外誰もいない。

「護衛長、どうされましたか?」

息を切らして走ってきた護衛長に、門の外を守っていた護衛達が驚く。

「ここを……黄杏様の客人が、通らなかったか?」

「はい。お妃様の客人でしたら、つい先ほど行かれたばかりです。」

そう言って護衛は、宮中の外に出る一本道を指さした。

「有難う。」

勇俊は一本道の先を、目を凝らしながら見ると、ゆっくりと走りだした。


つい先ほどだと言うのなら、まだ間に合うはず。

勇俊は、祈るような気持ちで、将拓の姿を探した。

だが早いもので、既に宮中の出入り口まで、来てしまった。

そこにも、護衛の者が門を守っていた。

「護衛長!このような場所まで、お出ましになるとは。」

上司の突然の登場に、護衛達は揃って武器を降ろす。


「ここに黄杏様の客人は、来たか?」

「客人ですか?」

「背の高い商人だ。言葉に南方訛りがある。」

護衛達は、目を合わせた。

「そのような方は、まだいらっしゃってないですが……」

勇俊はクルッと振り返ると、元来た道をまた小走りで戻った。


見逃した?

一本道だと言うのに、どこか建物の裏側に、引きずり込まれてしまったのか。

護衛長は、道の両側にある建物と建物の間を、一つ一つ見て回った。

どこなんだ?

無事なのか?

「将拓殿!!」

勇俊が名前を叫んだ時だ。

後ろ側の建物の奥で、人が動く気配がした。

それを見逃さなかった勇俊は、ためらいなく動いた。


勘は当たった。

第8部隊が、将拓を囲んでいた。

「護衛長殿!」

建物の後ろで狭い中、将拓は何とか荷物で、攻撃を防いでいた。

「退け!退け!!」

勇俊が第8部隊の面々に言っても、誰一人命令に従わない。

勇俊は、攻撃をかわしながら、将拓の前まで来た。

「来て下さったんですね。」

「ええ!間に合ってよかった!」

だが二人共、再会を喜んでいる時間はなかった。

「護衛長殿、お下がりください。」

部隊をまとめる男が、部隊長に刀を向けた。

「お前こそ、下がれ!この方を、どなたと心得るのだ。お妃様の兄君なるぞ!」

「だからこそ、このまま宮中の外へ、逃がす訳には行きません。」


護衛の者達が、勇俊に切りかかる。

「護衛長!」

「大丈夫です!」

勇俊は一気に、5人もの護衛達を退けた。

「こんな事でやられていたら、護衛長など勤まるか!」

その後も刀と刀が、激しく合わさる音が、辺りに響き渡る。

「馬鹿め!例え護衛長と言えども、一人で勝てると思っているのか!」

部隊を率いる者が、数人と一緒に勇俊に襲い掛かった。

最初は、次々と倒していた勇俊も、さすがに最後の一人に、腕を切り裂かれた。

「護衛長!逃げて下さい!」

将拓が叫ぶ。

「何の!これしきの事で!」

勇俊は、切り裂かれた方の腕の袖を引きちぎると、傷の部分を覆った。


「あなたも、惨めな方だ。」

「なに?」

部隊長が冷たい視線を、勇俊に投げかけた。

「このような一商人。放っておけばよいものを。いや、さっさと正妃様が仰る通り、致命傷を負わせておけば、あなたがこのように傷つく事もなかった。」

「おまえ~!」

勇俊は腕を抑えながら、部隊長の前に立ちはだかった。

「この方はな!この方はな!!」

勇俊は、部隊長の胸倉を掴んだ。

「この国の為に!妹君の為に!自分の立身出世の道を、自ら捨てられた、尊いお方なのだ!!」

「ほう。ならば、今回もお国の為に、その身を捧げて頂ければ、よいものを。」

「何だと!!」

勇俊は、部隊長を殴り飛ばした。


「止めて下さい!」

そんな勇俊の足を、将拓は両腕で掴んだ。

「護衛長殿!どうか!私の片目を、あなたの手で潰して下さい!」

「何ですって!」

自分の足を掴む将拓に、勇俊は叫んだ。

「私が致命傷を負えば、この場は収まります!」

「ですが!」

「お願いです!私は、あなた様であれば、片目を潰されても本望です!」

将拓はじっと、勇俊を見つめた。

「将拓殿……」


将拓と勇俊のやり取りを聞いていた部隊長は、高笑いを始めた。

「友情ごっこを見ているのも、面白いものだ。それがどこまで通じるかな。」

「なに~!おまえと言う奴は!」

勇俊は、一歩前に出ようとした。

「護衛長殿!」

それを将拓が阻む。

「はははっ!」

その隙に、部隊長が刀を振り上げる。

「危ない!」

将拓は立ち上がって、勇俊の前に立った。

「うわあああ!」

部隊長の刀が、将拓の胸を切り裂いた。

「将拓殿!」

「うぅぅぅぅ……」

ガクッと膝を着いた将拓に、護衛長は後ろから近づいた。

将拓の胸からは、大量の血が流れ出ていた。

「大変だ。早く傷の手当てをしないと。」

勇俊は、将拓の肩に腕を入れ、起き上がらせた。

「逃がしはしません。」

「馬鹿を言うな!怪我をしているんだぞ!見れば分かるだろう!!」

だが部隊長は、刀を降ろさなかった。


その時だ。

立ち上がっていた将拓が、再び膝を着いた。

「護衛長殿……後生です。」

「将拓殿?」

「早く私の目を、潰して下さい。」

それを聞いて部隊長が、笑いだす。

「どうやら護衛長よりも、その商人の方が、助かる道を知っているらしい。」

勇俊は何度も何度も、息を吸ったり吐いたりした。


「お願いです……もう、私の意識が持ちません……」

そして、将拓の体がグラッと、前に倒れそうになった。

「将拓殿!」

それを勇俊が、左手で支えた。

見れば将拓の顔は、青白い。

早く手当てをしなければ、将拓は本当に死んでしまう!

勇俊は、腰に吊るしておいた短剣を、右手で取り出した。

「将拓殿……許してください……」

「許すも……何も……私が……あなたに……頼んだ事……です……」

将拓の意識は、半分無くなっていた。

「うわあああああ!」

勇俊は、右手を振り上げると目を瞑り、将拓の左目を目がけて、一気に短剣を振り落とした。


「ぎゃああああ!」

意識を半分失っていた将拓でさえ、左目に走る熱い痛みに、その場にのたうち回った。

「うぅぅぅぅ……」

そして両手で左目を押さえたが、溢れ出した血は、地面を赤く染め上げていく。

「よし、いいだろう。退け!」

それを見た部隊長率いる第8部隊は、サーっと風のように引いて行った。

「将拓殿!」

勇俊は急いで、懐にしまってあった布で、将拓の左目を覆った。

「敵はいなくなりました。早く忠仁様の元へ行きましょう!」

「……かたじけない。」

「何を言うのか!今すぐ治療すれば、左目は回復するかもしれません!」

将拓を肩に抱え、勇俊は一刻も早く、元来た道を戻った。


もうすぐで、屋敷への門に着くという頃。

忠仁が、現れた。

「護衛長!どうした?」

「忠仁殿!医者を呼んで下さい!将拓殿が!」

「将拓殿?」

忠仁は勇俊に抱えられている男を見て、愕然とした。

胸は切り裂かれ、左目に巻かれた布は、真っ赤に染まっている。

「将拓殿!なぜこのような事に!!」

忠仁も、将拓に一目置いていた人間の一人だった。


「医者を呼べ!早くだ!」

「はっ!」

門の護衛に命じた忠仁は、急いで将拓の元へ駆け寄った。

「護衛長。将拓殿を抱えてくれ!私は足元を持つ!二人で抱えた方が、早く運べる!」

「はい!」

勇俊は肩から将拓を降ろすと、直ぐに将拓の両脇に自分の腕を入れて、上半身を抱えた。

「黄杏様の屋敷が、一番早い!そこへ運ぼう!」

「はい!」

だが将拓は、忠仁の手を掴んだ。

「黄杏の……元へは……行かないでください。」

「しかし、一刻を争う事態なのに……」

「お願いです……黄杏にだけは……黄杏にだけは……」

将拓は魘されるように、何度も何度も呟いた。

「……仕方ない。紅梅の屋敷へ。」

「はい。」

二人は将拓を、黄杏の屋敷の隣にある、紅梅の屋敷へと運び入れた。


「きゃああああ!」

紅梅の女人が驚いて、水の入った徳利を落としてしまった。

「どうかしたのですか?」

寝所から紅梅が顔を出す。

「……お父上様が……」

「父上が?」

胸騒ぎを覚えた紅梅が、隣の部屋に行くと、床には血まみれの男が、倒れていた。

「こ、これは!」

「紅梅!すまぬが、場所を借りるぞ!」

忠仁は、将拓の服を剥がしていく。

「酒は?酒はあるか!」

「は、はい!」

女人が奥から酒を持ってくると、忠仁はそれを口に含み、将拓の腹の傷へと吹きかけた。

「うううううっ!」

傷口が染みる将拓は、唸り始める。

「次は、頭の方か。」

忠仁は、左目に巻いてある布を取ると、あまりの惨劇に、顔を反らした。

「……左目が……潰れている……」

あの有能な将拓が、片目だけになるなんて……

忠仁は、床を思いっきり拳で叩いた。


その時ようやく、医者が紅梅の屋敷へと辿り着いた。

「怪我人は?」

「ここです!」

勇俊が、床を指さす。

「ほう、腹に左目か。直ぐに縫い合わすか。熱湯を用意してくれ。それと、寝台を借りる事はできますかな。」

「どうぞ。」

紅梅は、自分の寝台へと招き入れた。

「すまぬ、紅梅。」

「何を。このような事は慣れております。」

紅梅は、忠仁に微笑んで見せた。


「ところで、どなたなのです?」

紅梅の質問に、忠仁と勇俊は、顔を合わせた。

「……紅梅。誰にも言わないでくれ。黄杏様の兄君だ。」

「兄君!?」

紅梅は、口を手で覆った。

「……まさか。妃は、兄を持たない娘に限るはず。」

「いろいろ訳があってな。だが、それが白蓮様のお耳に入ったのだ。」

「白蓮奥様に?では……襲った相手と言うのは……」

「恐らく、白蓮様の命令を受けた者だ。」

勇俊はその場に、崩れ落ちた。

「襲ったのは、護衛の者達です。」

「護衛?そうか……第8部隊に、白蓮様は頼んだのか。」

そして勇俊は、涙を止めどなく流した。

「私の責任です!」

忠仁は、勇俊の肩を掴んだ。

「そなたの責ではない。第8部隊は、護衛長のそなたでも、命令が及ばぬような輩達なのだ。」

「いえ!忠仁様。私が、私が……」

「護衛長?」

「私が!将拓殿の左目を潰したのです!」

忠仁は驚きのあまり、声が出なかった。

「最初に、正妃様から命令を受けたのは、この私です。ですが、無理だとお伝えしたのです!」

「それで白蓮様は、第8部隊に命じたのだな。」

「はい。私は、先回りをして将拓殿に、その事をお教えしました。将拓殿は……」


『そうですか……だとすれば、あなたに襲われた方が、私は……』


忠仁は、紅梅の寝所で横たわっている将拓を、見つめ続けた。

普通なら、死にたくないと、襲わないでくれと、醜い程に頼み込むだろうと言うのに。

その上、疑心暗鬼になった者は、その状況を教えたくれた人まで、隙を見て殺してしまうかもしれないと言うのに。

ただ冷静に……

目の前の、危険を教えてくれた者を信じて……

「将拓殿……あなたと言う人は……」

忠仁の目にも、涙が光った。

「父上……」

紅梅はなぜ、兄のいる黄杏を妃にさせたのか、自分の父親が許せなかった。

例え信寧王と深く愛し合っていると言えど、いや、愛し合っているからこそ、それを理由に撥ね付ければよかったのに。

そうすれば、こんなにも王からの愛情を薄い事に、嘆き悲しむことはなかったのに。


その時、寝所の方から医者が出てきた。

「先生。将拓殿は?」

医者は俯いたままだ。

「命に別状はありません。しかし……左目は、一生見えないままでしょう。」

それを聞いた勇俊は、ここがお妃の屋敷だと言う事を忘れ、泣き叫んだ。

「泣かないでください、護衛長。」

今治療が終わったばかりとは思えない程、しっかりとした口調で、将拓の声が聞こえてきた。

「あなたのお陰で、私の命は助かりました。どうか、自分を責めないでください。」

勇俊は、床に着いた手を、震えるくらいに強く握りしめた。

そこに、涙がボタボタ落ちた。

だが今度は、将拓に気づかれないように、声を押し殺してだ。


「護衛長。いつまでもここにいる訳にはいかない。私の屋敷へ、将拓殿を運ぼう。」

忠仁に背中を叩かれ、勇俊は涙を拭いた。

驚いたのは、紅梅だ。

「父上。この者を父上の屋敷に、連れて行くのですか?」

「そうだ。」

「気はお確かか?我が家の禍に、なるやもしれぬと言うのに。」

紅梅の言葉にも耳を貸さず、忠仁は部下に、将拓を乗せた担架を運ばせた。

「お妃様。」

将拓は、紅梅に手を伸ばした。

「ご心配なさいますな。怪我が治り次第、私は直ぐに立ち去ります。」

「兄君殿……」

今日会ったばかりだと言うのに、なんという気の使い方。

その上、自分は瀕死の状態であると言うのに。


「紅梅。」

「は、はい。」

忠仁はじっと、紅梅を見つめた。

「私は決めた。あの者を、私の側に置く。」

「えっ!?」

紅梅の胸がざわつく。

「……白蓮奥様に知られたら、如何されるのですか?いえ、もし黄杏さんの兄君様と世間に知られたら?お咎めを受けるのは、黄杏さんだけではなくなりますよ?」

「だとすれば、私の養子にするまでだ。」

「養子!」

紅梅はあまりの事に、体がふらつき始めた。

「……なぜそこまで、あの者を……」

忠仁は、にこっと微笑んだ。

「無論、あの者に惚れたからよ。一介の商人にしておくには、勿体無い。」

「父上?」

紅梅は、高らかに笑う父親が、返って気の毒に思えてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る