第14話 青蘭の気持ち

生まれ育った国が無くなり、ただ息をしているだけの存在だった時。

熱心に声を掛けてくれたのは、誰でもない信志だった。

「いつまでも、嘆かないで下さい。私も何もあなたを、奴隷にしようとか、人質のように粗末に扱ったりはしません。」

闇の中で見えた、光のような人だった。

「今はどんな手段を使ってでも、生き延びる事です。あなたが生き延びれば、お国の再興も叶うでしょう。」

「国の……再興?」

青蘭はふらっと、信志にしがみついた。

「本当ですか?」

「ええ。あなたのお子が、新しい国の王になればよい。」

「私の……子が……」


この国に来て、初めて希望が見えた瞬間だった。

「ですが……私のような落ちぶれた国の姫を、めとってくれる方など、いらっしゃるのでしょうか。」

しかも、卑しい身分の男との間に生まれた子供など、周りの近臣が、新しい王だと認めないだろう。

「信寧王。どなたか、伝はございませんか?新しい王の父に相応しい方の。」

すると信志は、優しく青蘭を抱き寄せた。

「いても、あなたには会わせない。」

「えっ?」

「私が、その相手になると、決めたから。」

青蘭は急いで、信志の元を離れようとした。

が、間に合わなかった。

青蘭の腕を強く握った信志は、青蘭が痛がっても、離そうとはしなかった。


「青蘭……」

握った腕の先にある細くて白い指に、信志は口づけをする。

「いやっ!」

逃げようとする青蘭を捕まえて、信志は草むらの上に、青蘭を押し倒した。

「止めてええ!お願いだから!止め……止めて……」

泣き叫ぶ青蘭の上に、覆い被さる信志。

だが、覆い被さったまま、相手は動かない。

青蘭はゆっくりと目を開け、信志を見た。

そこには、自分を愛しそうに見つめる、信志の姿があった。


「信寧王様?……」

「すまない。急に、こんな事をしてしまって……でも、もう我慢できない。君が欲しくて欲しくて、たまらないんだ……」

“君が欲しい”と言われ、顔が赤くなる青蘭。

自分を女として、見てくれている。

しかも、自分が嫌がるのを見て、それ以上襲うともしない。

一人の人間としても、敬ってくれているのだ。


「王……それならば、このような場所で、初めて結ばれるのは嫌でございます。」

ハッとした信志は、体を引き離すと、青蘭を立ち上がらせた。

「すまない……」

それだけを言うと、信志は背中を見せた。

「男としての配慮が、足りなかった。許してほしい。」

「はい……」

信志の口から、“男として”という言葉が出て、青蘭は益々照れてしまう。

男と女の関係に、この国の王が成りたがっている。

それは落ちぶれたとは言え、姫君に育った青蘭の自尊心を擽った。


「ここが嫌だと言うのなら、今夜……そなたの部屋に行っても……いいだろうか。」

青蘭の心臓の鼓動が、早くなる。

「あの……」

「いや、いいんだ。君は急にいなくなる訳じゃないんだから、今急がなくても……」

その時、信志の自分を襲おうとした感情が、一時の欲情ではなく、本当に関係を築きたいのだと、青蘭は知った。

「はい。お待ちしております。」

「えっ?」

驚いた信志の顔は、まるで一国の王には見えない。

まるで、女と関係を持った事がない、純粋な青年のようだった。

「今夜、部屋の鍵を開けておきます。」

「ああ……」

その気持ちに嘘はないのだと、若いなりに感じられた時だった。


その日の夜。

白蓮の屋敷の一角の部屋に、寝泊まりしている青蘭の元へ、信志がやってきた。

ドキドキしながら、お酒を酌み交わした後、言葉少な目に、前戯にも似た会話を楽しんだ。

お酒も、ほどほど無くなった頃、青蘭の方から信志を寝床に招いた。

着ていた服を、滑らせるように脱ぐと、そこにはふくよかな胸に、括れた腰、小振りだがたわわに実った果実のようなお尻が、姿を現した。

息を飲む信志。

そっと触れた肌は、絹のように滑らかだった。


信志は、青蘭が男を受け入れるのが、初めてだと言う事を忘れるくらい、夢中になって抱いた。

その翌日も、その翌日も。

熱心に通ってくれる信志の心が通じたのか、青蘭の冷たい心も、次第に溶けていった。

お妃になった後も、信志は熱心に、青蘭の元へ通い続けてくれた。

「青蘭……君の体は、芳しい花のようで、私の心を捉えて離さないよ。」

耳元で囁かれる、熱い言葉。

それを聞く度に、青蘭の心は満たされていった。


だが、その信頼が崩れたのは、紅梅を新しい妃に迎えた時だった。

「あの女は、面白い。一晩中話していても、全く飽きない。子供も好きだと言っていた。私を慕ってくれているようだから、早く子を作ってやらねばな。」

その一言に、青蘭の心が崩れた。

男の気持ちを繋ぎ止めるのは、肉体的に満足させる事だと信じていた青蘭にとって、抱かずとも心を繋ぎ止められる紅梅は、一種の敵にも似た存在だった。

そして、今度新しい妃に迎えた黄杏は、身も体も、王を捉えて離さない。

青蘭は、全てが幻で、全てが嘘のように感じた。


「どうした?青蘭。浮かない顔だな。」

「いいえ。初めて王に、抱かれた日の事を、思い出していたのです。」

すると信志は、青蘭を抱き寄せ、頬に口づけを落とした。

「あの時は、君を自分のものにできて、天にも昇るような心地だった。」

その甘い言葉も、今の青蘭には、虚しく聞こえるのだった。

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