第9話 王宮入り

それから一週間後。

黄杏を連れた信寧王の一行が、宮殿に辿り着いた。

「ここが……宮殿……」

赤を基調に、青、黄、緑に塗られた壁。

そして、豪華に施された黄金の装飾。


「凄いだろう?」

隣に、信志がやってきた。

「私の先祖が、建国の際建てたのだ。それから、代々の王が改築を重ね、今でも建立当初の姿を保っているんだ。」

「へえ……」

黄杏は、そっと信志を見た。


村での信志は、確かに精悍で、誠実で、洗練された雰囲気がしていて、だがそれは、都の中でも上流階級の家で育ったからなのだと、思っていた。

そして今は、それが少し違って感じる。

都の上流階級なんて、とんでもない。

信志は紛れもなく、この国を作った一族であり、この国で唯一無二の人なのだ。


「どうした?」

その人が、自分に優しく微笑んでくれる。

「……いいえ。」

それだけで黄杏の胸は、嬉しさにうち震えた。

そんな二人の後ろへ、忠仁が膝を着いた。

「黄杏様。あなた様のお部屋を、案内させます。」

「私の部屋?」

「王の妃になられる方には、お一人ずつお部屋が、与えられるのです。」

「はぁ……」

実家では、女一人だったから、まだ一人部屋だったが、男兄弟は、兄の将拓が学校に通う為に、家を出るまでは、二人とも同じ部屋で過ごした。

まさか、何人もお妃がいる中で、一人部屋を与えられるなんて、田舎の村から出てきた黄杏には、その意味すら分からなかった。


案内されたのは、宮殿の奥にある、北側の屋敷だった。

綺麗な白壁の建物が、いくつもいくつも並んでいた。

その中で、一際大きくて、真っ白い建物が、一番奥にあった。

「あれは?」

黄杏は、忠仁に尋ねた。

「ああ。あれは、正后・白蓮様のお屋敷でございます。」

宮殿に着いた途端、あれだけ指図してきた忠仁は、すっかり家来みたいな、お言葉使いになっていた。

「そして、こちらの右手が、第2妃の青蘭様。こちらの左手が、紅梅様の屋敷でございます。」

自分の娘である、紅梅にでさえ、丁寧な物の言い方だ。


「さあ、着きました。こちらが黄杏様の、お屋敷でございます。」

それは、紅梅の屋敷の南隣だった。

扉が開かれ中には、贅沢な調度品がたくさん置かれていた。

「これは……」

「新しいお妃様へと、皆で集めた一級品でございます。」

奥の部屋には、これまた豪華絢爛な寝台が、置かれている。

「二つも、部屋があるのね。」

「はい。」

黄杏は、寝台に敷かれた、柔らかい布団に触った。

「凄い豪華……これから、ここで過ごしていくのね。」

黄杏は、ため息混じりに、部屋を見渡す。


「勘違いなさらないように。ただで、ここに住まわせる訳ではありません。」

黄杏は、正面にいる忠仁を見た。

「一日でも早く、跡継ぎを産んで頂く為の、お部屋でございます。」

「跡継ぎ……」

息を飲んだ黄杏に、忠仁は続ける。

「この寝台は、あなた様の寝る場所でもありますが、信寧王様と、夫婦の営みをして頂く場所でもあります。決して、情愛だけに溺れませぬよう、お願い申し上げます。」

「あっ……」

黄杏の肩に、急に重い荷物がのし掛かる。


「それと黄杏様。早速ですが、今夜お妃様になる為の、式が執り行われます。」

「今夜!?今日、着いたばかりなのに?」

忠仁は、ジロッと黄杏を睨む。

その目に、背中がヒヤッとする。

「……黄杏様。あなたはここに、何をしにいらしたのですか?」

「何って……妃になって、王を支える為……」

「その通りです。お遊びになっているお暇は、ございません。」

「は、はい……」

そして忠仁が立ち上がると、後ろから数名の女人が、布や飾りを持って、部屋に入ってきた。

「あなた様の、専属の女人です。今から湯を浴びて頂き、式の準備を整えてください。では。」

忠仁は頭を下げると、何食わぬ顔で、部屋を出て行ってしまった。


「はぁああああ……」

一気に、体の力が抜けた黄杏。

しばらくぼうっとしていると、自分の前に膝をついている女人が、5人もいる事に気づいた。

「あっ、ごめんなさい。みんな、顔を上げて。」

黄杏に言われ、顔を上げた女人。

その中に、旅の途中会話を交わした、黒音がいた。

「まあ。あなたは黒音じゃないの。」

「はい。覚えていて下さるなんて、光栄でございます。今日から、黄杏様のお付きの女人となりました。」

黄杏は寝台から立ち上がると、黒音の右手を握った。

「嬉しい。ここには、知っている人がいないから、一人でも顔見知りの人がいると、助かるわ。」


そして黄杏と一緒に微笑んだ黒音は、すっと立ち上がった。

「では黄杏様。まずは湯殿に参りましょう。」

「ああ……そうね。」

女人を従え、黄杏がやってきた湯殿は、白蓮が住むと言う、一番奥の立派な屋敷にあった。

「ここにしか、湯殿はないの?」

「はい。お妃様用の湯殿は、ここにしかございません。」

「そう……」

自分の屋敷から歩いて、5分もしない場所だが、湯殿に入った後、外を歩いて戻る事を考えると、少しだけ憂鬱になる。


「こちらでございます。」

黒音に案内され、脱衣所に入る黄杏。

湯を浴びる為、服を脱ぎ始めると、黒音ともう一人の女人が、そのまま隣にいる。

「あの……」

「はい。何でございましょう。」

「……湯に入るのに、誰かに見られていては、服が脱げないわ。」

すると黒音は、下を向いたまま、こう言った。

「湯殿には、お妃様お一人で入る事は、できません。いつも女人が、従う決まりでございます。」

「えっ!」

黄杏は思わず、持っていた服を落としてしまった。


「無論。お妃様の体を見る事など、致しません。お体を洗わせて頂く際は、少しだけ見るかもしれませんが。」

黄杏は唖然として、言葉も出なかった。

「今は我慢なさって下さい。直に慣れます。」


郷に入っては郷に従え。

そんな言葉は、黄杏の頭を駆け巡った。


「ええ。そうね。」

黄杏が少しずつ服を脱ぎ、裸になると、女人が大きな布でその肌を隠した。

その大きな布の、薄い事。

しかもいつ着替えたのか、女人が着ている服も、薄い布一枚で作られているのか、肌が透けて見える。

みんな一緒だと思うと、黄杏の心は、少しだけ軽くなった。


女人と一緒に湯殿を進むと、真ん中に大きな釜があった。

「まずは、お湯で体を流しましょう。」

「ええ……」

黄杏が釜の近くに座ると、女人がたらいを持ち、黄杏の体にかけてくれる。

すると薄い布が濡れ、肌が露になる。

「さあ、どうぞ。」

「ありがとう。」

女人にお礼を言い、黄杏が湯船に浸かる。

「あなた達は、一緒に入らないの?」

「私達は、使用人専用の湯殿がございます。」

「そう。でも、少しくらい……」

黄杏が後ろを振り返ると、女人達が騒いでいる。


裸の信寧王が、湯殿に入って来たのだ。

「王……」

「どうだ?ここのお湯は、いい湯加減だろう。」

信志は、女人の手を借りず、自分でたらいにお湯をすくい、豪快に体にかけると、そのまま豪快に黄杏が入っている湯船に入ってきた。

「はぁああ。旅の疲れも取れる。」

湯船の縁に腕をかけ、すっかり気を許している様子の信志。

「聞いたか?今日、式を挙げる事。」

「はい。」

「やっと、そなたを妃に迎えられる。」

隣で微笑む信志に、黄杏は女人がいる事を忘れて、その肩に寄り添った。

「いつまでも、仲睦まじい夫婦でいよう。」

「はい。」

信志と黄杏が唇を交わすと、後ろにいた女人から、ひゃっと言う声が聞こえる。


「ではまた、後で。」

「はい。」

信志は黄杏を残すと、湯船からあがった。

背中に程よい筋肉が付いていて、その体つきの良い事。

黄杏は月明かりでしか、紳士の体を見た事がなかったから、その体つきを明るい場所で見て、あの肉質のいい体で抱かれているのかと思うと、改めて恥ずかしく思うのだった。

「黄杏様。少し逆上せているのでは?」

黒音が、湯船の中の黄杏に、話しかける。

「お顔が、赤くなっていらっしゃいます。」

「ああ……」

本当は信志の体を見て、ちょっと恥ずかしくなったのだが、皆に心配をかける事もできず、湯船からあがった。


その後も脱衣所で、黄杏の体を拭くのは女人と、至れり尽くせりだった。

自分の服に着替え、部屋に戻ると、式に出席する為の、絢爛豪華な衣装に着替える。

鏡を見ながら、妃になると言うのは、こう言う事なのだと、黄杏は見に染みて思った。


夜になり、松明が灯る中、黄杏は女人を連れて、宮殿の一番真ん中にある建物に入った。

そこには、家臣達がずらりと並び、信寧王である信志が、一段高い場所にいる。

そこへ向かって、黄杏が一歩一歩、向かって行く。

皆が新しい妃である、黄杏を見ている。

緊張の中、信志の元へ辿り着いた黄杏は、右手を信志に預けた。


その中で、祭司が妻に迎える為の詔を読み上げ、酒を酌み交わし、無事黄杏は、信志の妃と認められた。

そのまま二人は、黄杏の部屋へと、女人達を連れてやってきた。

黄杏と信志は、白い衣装のまま、寝所に入った。

女人達は隣の部屋に控えている。


「はぁ。やっと終わった。」

信志は、寝床にバタっと倒れた。

「お疲れですか?」

「ああ。帰って来て、すぐだったからな。」

そう言った信志は、優しく黄杏を見つめる。

「本当は、黄杏も一日くらい、休みたかっただろう。」

「いえ……」

「嘘を申すな。だが、許せ。一刻も早く式を挙げたかったのは、私の方なのだ。」

黄杏は、寝床に横たわる信志の横に、寝そべった。

「一日も早く、黄杏を妃に迎えたかった……」

「信寧王……」

信志は黄杏の唇に、絡み付くような口づけをした。

「私と二人きりの時には、信志と呼んでくれ。」

「はい、信志様……」


信志は明かりを消すと、黄杏の服を一枚一枚、脱がして行く。

「ああ、久しぶりだな。そなたの肌を愛でるのは……」

何せ村を発ってから、2週間も過ぎていた。

その間二人は、逢瀬を交わす事など、叶わなかった。

「いつ見ても、白くて柔らかい……」

信志の熱い唇が、黄杏の肌をなぞった。

「ああ……信志様……」

お互いに火照った体を合わせ、一つに繋がった時には、隣で控えている女人も、顔を赤くする程の、甘い声が響き渡る。

「信志様の……火傷しそうなくらいに……熱い……」

「夫婦になってから、初めて抱くんだ……そのくらい激しくなくて、どうするんだ……」

「あぁぁ……」

信志は果てては、また黄杏と繋がり、二人の甘い時間は、一晩中続いた。


翌朝。

一人の家臣が、正后・白蓮の元を訪れた。

「どうなの?新しい妃は。」

「はい。王を、受け入れて下さったようです。」

「そう……跡継ぎは、産んでくれそう?」

「そうですね……女人から聞いた話では、王はかなり新しいお妃様を、お気に召したようですから、これが続けば、可能性はあると思います。」

「それは、よかった。お下がり。」

「はい。」


家臣が影に下がった後、白蓮は庭に出た。

信寧王に嫁いだのは、まだ8歳の時。

何も分からない二人は、式を挙げても、何も夫婦らしい事はなかった。

初めて夫婦の営みを持ったのは、10年も経った18歳の時だった。


「信志。なんだか、お互い裸になるなんて、恥ずかしいね。」

「うん……でも、どうやら私達は、夫婦になる為に、その……裸同士で、睦合わなくてはならないらしい。」

「夫婦?私達は、もう10年も前から、夫婦なのに?」

裸になった白蓮は、白い肌の上、胸も大きかった。


「白蓮!」

寝台に押し倒した白蓮は、見た事もない真剣な顔をした信志に、クスクス笑い始めた。

「……何が、可笑しい?」

「だって急に、真面目な顔をするんですもの。」

信志は、小さくため息をつきながら、白蓮の上に倒れこんだ。

「……信志の体、温かい。」

「白蓮の体も、温かいよ。」

二人は照れながら見つめ合うと、少しずつ少しずつ、本当の夫婦になる為に、肌を合わせだ。


あの夜と同じ事を、信志は新たな妃と、重ねて行く。

白蓮はその度に、何とも言えぬ黒い感情を、一人で持て余すのだった。

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