第8話 信志の夫人達

国の外れにある多宝村を発って、1週間。

一日中、籠の中にいる黄杏は、この日。

久しぶりに、外へと羽を伸ばした。


「んー!いい気持ち!」

未来の妃の、自由な仕草に、周りの家臣達も、クスクス笑い出す。

それを見た黄杏は、恥ずかしそうに手を下げる。

すると、すぐ近くにいた若い娘が、黄杏に声を掛けた。

「無理もないですよね。一週間ぶりの外ですもの。」

見れば、自分より年下の、可愛らしい娘だった。

「ふふふ。いつも外を歩いているあなた達から見たら、何贅沢を言ってるのって、叱られるけどね。」

「いいえ。私でも、お妃様の立場になれば、同じ事を致します。」

屈託のない笑顔で、笑いかけてきた娘に、黄杏は親しみを覚えた。


「あなたは、何て名前なの?」

「黒音と申します。」

「そう。私は、黄杏。あなたは、王宮で働いているの?」

「はい。王宮で、お妃様方のお世話をしております。」

「そうなのね。王宮に着いたら、仲良くしてね。」

「はい、お妃様。」

黄杏と黒音で、クスクス笑っているところに、信志がやってきた。


「信寧王様。」

お付きの者が皆、頭を下げてた隙に、信志は黄杏の手をとった。

「なんだか、こんなに近くにいると言うのに、久しぶりに顔を合わせる。」

「仕方がありません。村を発ってから、昼間にお会いする機会など、ございませんでしたから。」

見つめ合いながら、微笑んでいる王と黄杏の姿に、周りに控えているお付きの者達の方が、照れてしまう程。

「あと1週間も、このような状態が続くのか。」

信志は、ため息をついた。

それを見た忠仁は、静かに王に近寄った。


「如何でしょう。晴れた日も続いている事ですし、黄杏殿に、共に馬に乗って頂きますか?」

「黄杏を馬に?」

断ろうとした信志を遮るかのように、黄杏が前に出た。

「はい!王と一緒に、馬に乗ります。」

これには、信志も呆れた顔だ。

「黄杏。落馬したら、どうするのだ。」

「落ちないように、王が掴まえていてください。」

「はははっ!」

信志は、笑いが止まらなかった。


「分かった。黄杏には、敵わない。」

そして信志は手を引いて、黄杏を自分の馬の元へ、連れてきた。

「これが、我が馬だ。」

「……綺麗。」

白くて毛並みが整っていて、家臣が乗る馬と比べても、その美しさは別格だった。

「素晴らしい馬だろう。前の国王であった父に、幼い頃に頂いた馬なのだ。」

そう言って信志が手を伸ばすと、馬も信志に顔を寄せた。

「仲がよろしいんですね。」

「そうだな。幼い頃より一緒だからな。」

「そのような馬に、私が乗っても大丈夫なのでしょうか。」


急に怖じ気づく黄杏に、信志は手綱を持った。

「触ってみるか?怖がる事はない。友と思えばよいのだ。」

「友……」

黄杏は、美麗を思い出し、美麗を抱き締めるように、馬に触った。

その気持ちが通じたのか、馬も黄杏に、顔を寄せてきた。

「ははは。馬もそなたを、気に入ったようだな。」

そして信志は、黄杏を馬の背に乗せた。

「うわぁ……とても良い景色……」

感動している黄杏の後ろに、今度は信志が乗る。

「気に入ったか?」

「はい。」

そして信志は、黄杏を囲むように、手綱を引いた。


「出発!」

忠仁の一声で、また一行は動き始めた。

「それにしても、君のような女は、初めて見たよ。」

信志は、顔を押さえながら、笑いを堪えている。

「いけませんでしたか?」

「いけなくはないが。馬は人を見るからな。」

黄杏は、チラッと馬を見た。

白馬は、何の抵抗もなく、自分を乗せている。


「この白馬に乗せた方は、他にいらっしゃるんですか?」

「乗せた女は、君しかいない。そうだな、白蓮の事は気に入ったようだが、あの者は馬に乗るのを、嫌がってね。」

黄杏は、“白蓮”と言う名前が、気になった。

「白蓮……様と言うのは?」

「ああ。白蓮は、私の正后だ。」

「正后!?」

黄杏は驚いて、反対側を見た。


「そなたには、まだ話していなかったな。許せ。」

「いえ……」

まさか、一人も妃がいないとは思っていなかったが、恋に落ちた相手に、正妻がいるとは。

黄杏は、胸が締め付けられた。


「白蓮は遠縁の者で、生まれた時から、私の妃になる事が決まっていた。随分小さい時に、私の元へ嫁いできてね。一緒に育ったものだから、幼馴染みと言うか、友人みたいなものだよ。」

「友人……」

生まれた時から、結婚する人が決まっている人生。

それだけでも複雑だと言うのに、あまりにも小さい頃から一緒にいる為に、友人と言われて。

黄杏は、嫉妬したくても嫉妬できない、複雑な想いを抱えた。

「他には?どのようなお妃様が?」

「ああ。第2妃は、青蘭と言うのだ。」

「青蘭……様……」

だが信志の表情からは、微笑みが消えた。


「青蘭は、敵国の姫だったんだ。宮殿を攻め落とした時にね。父である王は死に、皇太子であった兄を、火の海の中、探していたんだ。」

思わず黄杏は、口許を手で覆った。

「それが何とも、痛ましくてね。国へ連れて帰った。もちろん、略奪だとかそんな事ではない。どこか儚げだった青蘭を、私は……」

そこで信志は、言葉に詰まってしまった。

「愛しているのですね、青蘭様の事を。」

本心をつかれて、信志は項垂れた。

「すまない。」

「どうして、謝るのですか。今まで一度も愛した人はいないなんて、そんな王でしたら、私は惚れたりなどしませんでした。」

顔を上げた信志は、微笑みながら、黄杏の髪を撫でた。


「他には?」

「ははは、他にか。実はもう一人いる。」

「もう一人だけですか?」

「ああ、一人だ。紅梅と言ってな。あの忠仁の娘だ。」

「忠仁殿の?」

二人で後ろを振り返ると、忠仁は気むずかしい顔をしている。


「ふふふ……」

「はははっ!」

黄杏は、信志と笑い合っていると、嫌な思いなど消えていった。

「どのような方なのですか?」

「紅梅か。紅梅は、とにかく明るい。黄杏に負けないくらい、元気がある。」

「私に負けないくらいですか?」

「ああ。もしかしたら、紅梅と黄杏は、仲良くやっていけるかもな。」

元気があるからと言う理由で、仲良くなれると言われても、まだあった事がないのに、想像もできない。

「紅梅は、私の妃になる前は、女隊の隊長をやっていたのだ。」

「女隊?女隊って、何ですか?」

聞いた事もない名前に、黄杏は難しい顔をした。


「女隊と言うのはな。我らが戦いに出ている時、宮殿を守る女達の事だ。」

「女達が、宮殿を守るのですか?」

黄杏は、王を見上げた。

「ああ。男達は皆、宮殿の外に行くからね。」

黄杏が見た王は、まるでそれが当たり前のような、表情をしていた。

「……勇ましい、女達なのですね。」

「そうだな。」

生まれ育ったのは、争い事とか戦い事には、一切関係ない村だった。

黄杏は、胸に不安を抱いたが、まだ自分に襲ってくる事など、微塵も分からないでいた。

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