第7話 妃の決定
翌日。
将拓は、段取りを教えられた忠仁の家来によって、宴が催される屋敷へと、死体の振りをして、運び込まれた。
「兄上!」
その死体の傷は、本当に死傷を負ったかのように、激しい有り様で、黄杏も生きているのか、疑う程であった。
「兄上!兄上!!」
だがいくら叫んでも、確かめようもない。
呼ばれても、返事をしないように、将拓は言われているのだから。
時間差で呼ばれた、黄杏と将拓の両親も、同じだった。
その傷の激しさに、もしかして本当に殺されたのかと、動揺を隠せなかった。
そして一点だけ、予期せぬ出来事が起こった。
将拓を慕う、美麗だ。
「将拓?」
死んだ振りをした将拓を見て、皆の前で取り乱したのだ。
「いやああああ!将拓!死なないでえええ!」
将拓の体にしがみつき、泣き叫ぶ美麗。
これには、美麗の両親も、彼女の本心を、知る事になった。
そして、最後の宴の日。
小太りの女は、美麗の傷心ぶりに、頭を振った。
「あれじゃあ、王の妃候補も、あったもんじゃない。」
「しかも、将拓の死体にすがる美麗の姿を、王もご覧になってましたからね。」
想い人が死んだばかりで、傷心になっている女を妃にする程、王も人でなしではない。
王のお妃選びは、振り出しに戻ったと、噂になった。
「そうだ、黄杏。」
「はい?」
小太りの女が、配膳の用意をしている黄杏に、声をかけた。
「あんた、今日から宴に参加しろだってさ。」
これには、周りの女も驚いた。
「黄杏には、心に決めた人がいるんだよ?」
「仕方ないだろ。将拓が死んでしまって、黄杏も条件に当てはまってしまったんだから。」
事情を知らない周りの女は、黄杏でさえも、哀れみの対象だった。
そして、悲しみにくれる美麗の代わりに、黄杏が王の膳を運ぶ事になった。
手筈通りに、王の膳を運んだ黄杏に、王は興味を抱く。
「そなたの名は?」
「黄杏と申します。」
「美しい人だ。今日は、私の隣で宴を楽しまないか?」
「……はい。」
周りの役人は、新しい女に興味を示した事に、どこか安心をしたようだった。
元より慕い合う、信志と黄杏。
しかも宴の席で、初めて一緒に参加していると言うことで、周りの目も気にせず、二人の世界へと入っていった。
「ああ、忠仁殿。」
家来の一人が、忠仁を引き留めた。
「今回は、滞在の延期はなさそうですね。」
「そうですか?」
「ええ。ご覧あれ。王は新しい娘御に、早速夢中のようですぞ。」
忠仁は宴の席で、仲良く楽しむ信寧王と黄杏の姿に、見入った。
「これはこれは。お目出度い事。」
そしてその日の夜。
お妃にと名前をあげられたのは、当然の如く黄杏の名前であった。
改めて、忠仁から黄杏の両親へ、妃に命じられた事、もう明日には、都に発つ事を告げられた。
それを聞いて発狂したのは、美麗だった。
「そんな事、あり得ないわ!」
両親の前で、泣き叫ぶ美麗。
「あの女!裏で王と繋がっていたのよ!」
だが、そんな証拠は、一つも見つかっていない。
「そうじゃなかったら、将拓が殺される訳ないわ!お妃になりたかった黄杏が、人を雇って将拓を殺したのよ!」
好きな人を殺された悲しみと、妃になれず親孝行できなかった悔しさが、今の美麗を支配していた。
「美麗。滅多なことを言うもんじゃないよ。お妃は、黄杏に決まったんだ。それだけの事だよ。」
美麗の気持ちを痛いほど分かっていた両親は、泣き叫ぶ美麗を、なだめるしかなかった。
そして、その日の夜。
美麗は寝所から、黄杏と将拓の家をふと見た。
窓の外から丁度、黄杏の家の勝手口が見えるのだ。
その勝手口から、知らない男が出てきた。
「誰?」
昨日の夜、想い人の将拓が殺されたばかり。
美麗は、息をゴクンと飲み、外へと出た。
短く切られた髪、汚れた服。
そしてその男が、美麗の寝所を覗こうと、顔を上げた時だ。
「……将拓?」
美麗の目に飛び込んで来たのは、死んだはずの将拓だった。
思わず後ずさりをすると、躓いて、立て掛けてあった木を倒してしまった。
その音に驚いた将拓は、急いで壁にへばりつき、見つからないようにしゃがみこむ。
そして、誰なのか確かめると、ゆっくりと立ち上がった。
「……美麗。」
お互いが、相手を確認した時、近寄って抱き締め合うのは、自然の成り行きだった。
「将拓。私は、夢を見ているのかしら。」
「そうなのかもしれない。今、美麗に会えるなんて。」
だが将拓は美麗の、美麗は将拓の温もりを感じいて、それが夢ではない事を知っていた。
「美麗。最後に、君を顔を見れてよかった。」
「最後?」
「私は、もう行かねばならぬ。幸せにな。」
将拓は、美麗を振りきって、走り去ろうとした。
「将拓!私も、連れて行って!」
走り去ろうとした将拓は、立ち止まった。
それを見た美麗は、歩みより、後ろから将拓を抱き締めた。
「お願い。あなたがいないと、私……幸せにはなれない……」
「美麗……」
振り返った将拓は、美麗を見つめた。
「辛い旅になると思う。それでも、私に付いてきてくれるか?」
「うん……どんなに辛くたって、将拓がいるもの。」
二人は唇を重ねた。
「そうだと決まれば美麗、早く着替えておいで。寝巻きのままでは、旅もできない。」
「ええ。身支度をして、早めに戻ってくるわ。」
そう言った美麗は、足音を立てずに部屋に戻ると、素早く着替え、手短にある物を布にくるんだ。
「このくらいあれば……」
後は、気づかれないように、外へ出るだけだった。
だが部屋を出た時、戸の外には、父が立っていた。
「っ!!」
見つかったと、一歩後ろに下がった。
「行きなさい、美麗。」
「父上……」
「お前たちの事、窓から見ていた。死んだと分かって、泣き叫ぶくらい惚れているんだろう?将拓に。」
美麗は、涙を溢しながら、うんと頷いた。
「将拓も、お前に惚れている事は、前々から気づいていた。気づいていながら、知らない振りをしていたんだ。ごめんよ、美麗。」
「いいえ。父上のせいでは、ありません。」
すると奥から、母親の声がした。
「さあ、早く行きなさい。お母さんには、私から話しておくから。」
「はい。」
そして美麗と、父は外に出た。
「美麗。」
「遅くなってごめんなさい。」
駆け寄って来た美麗の後ろに、美麗の父がいる事を、将拓が気づいた。
だが父は、将拓を見るなり、頭を下げた。
「どうか、美麗を宜しく頼む。」
「お父上……」
「さあ、行きなさい。細かい事は、後でそなたの父親に聞くとしよう。」
将拓と美麗は、父に一礼をすると、裏口から村を出て行った。
翌朝。
信寧王の一行が、村を出る日がやってきた。
そして、将拓がいなくなった家では、妃に迎えられる黄杏を、綺麗に着飾っていた。
「綺麗だよ、姉上。」
まだ幼い弟が、寂しそうに笑う。
「信寧王の言う事をよく聞いて、最後までお支えするんだよ。」
母は、涙目になりながら、強く強く、黄杏の手を握った。
「……末永く、幸せに。」
父は、それだけを言うと、後は黙っていた。
そこへ、信寧王の一行が、やってきた。
家臣達は、屋敷の近くと聞いていたので、さぞかし大きな家だと思っていたが、意外と小さく、庭もない事に驚いた。
しかし、それよりも驚いたのは、そんな小さな家から出てきた、美しい黄杏の姿だった。
これには、普段の黄杏を見慣れた信志も、ため息を飲むほどだった。
「信寧王?」
「ああ……すまない。とても綺麗で、見間違えたよ。」
こうして国の外れにある、小さな村の娘は、一国の王と恋に落ち、妃となる為都へと旅だって行ったのだった。
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