四月の桜木町で
烏田
四月の桜木町で
私の名前は「あみん」
変わってる名前だ。
親が昔はやった歌手から名づけたのだ。
一番ヒットしたのは『待つわ』という曲。
サビの歌詞はこう。
私待つわ いつまでも待つわ
たとえあなたが 振り向いてくれなくても
待つわ いつまでも待つわ
せめてあなたを 見つめていられるのなら
両親的には、
忍耐力のある子に育つようにとの思いをこめたらしい。
そのせいもあってか、
私は待つのが得意だ。
今日も私は待っている。
何を?
私の“運命”の人を。
私の運命の人は、
この桜木町のどこかにいるかもしれないのだ。
範囲広すぎ?
そうかもしれない。
それでも私は待ち続ける。
奇跡が起こるのを。
*
あれは今から三年前。
四月のある雨上がりの朝だった。
桜木町の裏通りを歩いていた私は、
一人の男性とすれ違った。
あれ、何だろうこの感じ。
胸の中の赤い実がはじけたって感じ。
一瞬でバズって、いい波に乗った感じ。
わかる?
それな! ってこと。
ビビビと感じた私はすぐに振り返った。
でも、
彼は人込みの中にまぎれて消えてしまう。
人々のざわめきが満ちる、雨上がりのビル街。
見上げると、ビル間の太陽の中へ溶け込む鳥。
そのとき私は十六歳で、
苦しいことはもうじゅうぶん経験していたし、
生きるのはつらかったし、
いつ死んでもいいと思っていた。
だから私は、
思い切ってその人を追いかけて行くことができたんだと思う。
追って追って追いかけた。
そして赤信号の横断歩道で止まる彼。
私は並んで立ち、
そっとその横顔を見る。
繊細そうな鼻筋。
孤独をたたえた目
「ああ、やっぱり。
私の思い描いていた理想の人だ」
言え、言うんだ。
声をかけるんだ。
でも、できない。
私にはできない。
私にはそんな勇気はない。
そして信号は青になり、
彼は桜木町のどこかへ消えていく。
*
月日は流れ、
私は十九歳になった。
その間私は、
高校にも何とか行き続け、
一つ、二つの恋愛も経験し、
パッとしない大学にやっとの思いで入った。
どこにでもあるありふれた人生ストーリー。
それでも私の心の中には、
あの日すれ違った彼の姿が生きている。
そして、いまでもどこかで彼とめぐり合えることを夢見ている。
もし、
何かの奇跡が起き、
再び彼と出会えたなら。
私は何と言って彼に話しかければいいのだろう?
「こんにちは。あなたは私の運命の人です」
これはまずい。変質者か、宗教の勧誘だ。
「すいません。実は私は君に会うために生まれてきたのかもしれない」
これはエヴァンゲリオンに出てくるカヲル君のセリフだ。でも彼はアニメなんて見てないかもしれない。意味が通じないかもしれない。通じても意味ないかもしれない。
「お忙しいところ、恐れ入ります。私、三年前に桜木町の裏通りであなたに会ったことがあるんですよ。そのときに運命を感じて、三年間ずっとあなたに会えることを夢見てたんです。だからこれからお茶でもしませんか?」
駄目だ。ストレートすぎる。こんなこと言っても彼はきっと信じてくれないだろう。信じてくれても気味悪がられるかもしれない。というか今少し、自分でも気持ち悪いと思ってしまった。
可能性という名の空想たちが、
かわいた私の心を温めてくれる。
しかし、私にはわかっている。
たとえもう一度会えたとしても、
話しかけることはないだろう。
勇気がないから?
もちろんそれもある。
でも、それだけじゃない。
「なんで話しかけないの?」と誰かが私にきく。
「綺麗な思い出を壊したくないのよ」と私は誰かに言う。
「三年の間にその人が変わってるかもしれないから?」
ううん、そうじゃない、と私は首を振る。
「子どもの頃に住んでいた町に大人になってから戻ると、違和感を感じたりしない? あれ、こんな感じだったっけみたいな」
「わかる。自分の中のイメージの方が違ってたんだよね」
「自分のイメージが壊されちゃって、ああ、やっぱり戻るんじゃなかったって思ってしまうの」
「思い出は美化されるから」
私はうなずく。
「だから私は出会えても話しかけないの」
私はうなずく。私はうなずく。私はうなずく。
今日も私は桜木町を歩く。
通勤のサラリーマン。
通学の高校生。
どこからか来て、どこかへと向かうたくさんの車。
あわただしい都会の朝。
喧噪というBGMに乗り、
大学へと向かう私の視線は、
自然に探し求めてしまう。
これは、
ありえたかもしれない可能性をキープし続ける悲しいラブストーリー。
でも、終りはある日、
とうとつにやって来るかもしれない。
駅の階段。
駐輪場の入り口。
街なかのカフェ。
コンビニの曲がり角。
私は、
再び彼の姿を見つけてしまうのだ。
ふと考える。
そのとき私はどうするのだろうか、と
再び彼とめぐり合ったとき、
私は本当に話しかけなくていいのだろうか、と。
拒絶される恐怖と、心地よい空想を天秤にかけながら。
再び出会ったとき、私は……
四月の桜木町で 烏田 @hakuyomu
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