第4話 決戦前夜
カナエは新聞の一面記事を見て舌打ちした。
「先手を打たれたか」
一面記事には枢機卿会議の決定が報道されていた。
ギリソン教会枢機卿トックに提出された議題『神の在処奪還軍の結成』が可決されたことが書かれている。
カナエの膝に座って同じ記事を読んでいたセキが腕を組んで大きく頷いた。
「ふむ、『邪神の聖典『両刺の釘』を競り落とそうとした危険人物カナエ・シュレイデンの手から、神の在処を奪還する』か。主張としては至極真っ当な気がするのじゃ」
「おまえはどっちの味方だ」
「ギリソン教会の敵なのじゃ」
カナエの味方とは明言しないらしい。
記事には『神の在処』が各神から魔力を引き出し、弱った別の神に魔力を譲渡することができる禁書であると書かれている。
セキの存在や、教会というシステムについては触れられていなかった。神の実在を信じる一般人にとっては記事中の主張でも筋は通っているため、余計な情報を与えないようにトックが削ったのだろう。
カマニ教会を中心に反対意見が出されているが、結局は賛成多数によりトックの主張が通った形だ。
カナエたちが現在、パラネターク郊外の貸家に住んでいることは記事にも書かれている。
「どうするのじゃ? 逃げるのか?」
「逃げても無意味なんだよな。セキ教会の樹立を目指すなら、ギリソン教会が動かせる異端者狩りは潰す以外に道がないし」
「そうは言っても、この奪還軍とやらを率いるのは枢機卿のトックなのじゃろ? 異端者狩りの中でも最上位に当たる精鋭だと、カナエも前に言っていたのじゃ」
枢機卿が率いる異端者狩り。それも新聞報道がなされているため教会の威信をかけて組織された軍だ。精鋭中の精鋭だろう。
しかし、ギリソン教会が威信をかけている以上、逃げても無駄だ。どこまでもしつこく追ってくると予想できる。
「チャンスでもある」
「チャンス?」
「ギリソン教会の威信を叩き潰すチャンスだ。精鋭の異端者狩りを失えば発言力も大きく低下する。加えて、いろいろと胡散臭いトックを捕えるチャンスでもある」
「ふむ。枢機卿に口を割らせるわけじゃな」
これ以上無いほど信憑性のある自白であり、内部告発が聞ける。
勝てれば、の話ではあるが。
カナエは新聞をめくり、撒いた種の続報を見つけて笑う。
「廃教会が魔物の大氾濫の起点となっている疑惑深まる。ギリソン教会の関与濃厚。疑心の芽は順調に育ってるな」
冒険者ギルドを中心にさまざまな組織が調査に乗り出したため、展開が非常に早い。すでに廃教会は基幹部分が破壊されると魔力が漏出することまで突き止められている。
さらには過去の大氾濫の起点となった廃教会についても調査が進められており、ギリソン教会が枢機卿会議で廃神にすべきと主張していたことも議事録から明らかになっている。
枢機卿トックがカナエ討伐を急いでいるのも、世論の風向きがギリソン教会にとって逆風になりつつあると知っているからだろう。
「これなら逃げてもいい気がするのじゃ。『神の在処』が魔力の受け渡しを可能にすると枢機卿会議が発表しているのじゃし、廃教会と魔物の大氾濫の解決策と結びつけるものも出てくるはずなのじゃ」
「出てくるだろうが、状況は変わらない。邪神の聖典を競り落とそうとする危険人物に委ねていいものではない、というのが枢機卿会議の決定だからな」
「うーむ。カナエ以外が教主になるのは嫌じゃな。やはり、戦うしかないのじゃな」
セキはカナエに背中を預け、顔を見上げる。
「それで、どう戦うのじゃ? ギリソン教会の枢機卿ともなれば、重傷を負っても回復魔法で蘇生してすぐに戦線復帰してくるのじゃろ?」
怪我は何の意味もなさない。毒物も効果がない。不死の軍勢である。
国軍ですら、消耗戦を強いられて敗北必死なのが、ギリソンの枢機卿率いる異端者狩りだ。
しかも、今回はカナエが無害であることを示す意味合いもあり、異端者狩りをむやみに殺すわけにはいかない。
加えて、勝利条件には指揮官である枢機卿トックの身柄確保が含まれる。
「普通は逃げるところなのじゃ。無策ではないのじゃろ?」
「これなーんだ?」
おどけてカナエが収納魔法から取り出したのは呪いの神の聖典『両刺の釘』だった。
セキが慌てて『両刺の釘』を収納魔法の黒い靄の中に叩きこむ。
「ダメなのじゃ! これは禁じ手なのじゃ!」
「わかってるよ。使う気はないしな」
肩を竦めたカナエは収納魔法の黒い靄の中に手を突っ込んで、鼻歌交じりに禁書を抜き出していく。
「さぁ、実戦で使う機会がなかったあれこれを撃ち放題だ。楽しくなってくるな」
「禁術でごり押す気じゃな?」
「あいつらは人類の英知を舐めすぎたんだ」
にやりと笑ったカナエは禁書を開く。
「禁書庫の主が授業してやる」
「授業料は何で払わせるのじゃ?」
「快癒の神ギリソンの聖典『全治の神血』だ」
やっぱり本か、とセキは呆れ交じりの目を向けた。
「ケーキも忘れてはならぬのじゃ」
「そうだな。よろしく頼むぞ、助手」
「はいはい、なのじゃ」
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