第2話 めぐり合わせが悪い
「大騒ぎになっておるのじゃが?」
「……ん」
「しれっと本を読んでおるが、これ、お主の仕業じゃろ?」
セキがカナエに突き付けたのは号外新聞。
大見出しにはマルフア大氾濫と書いてある。マルフア教会を起点とした魔物の大氾濫が起きたことを資料付きで詳細に報道しているばかりか、過去の氾濫の洗い出しも冒険者ギルドを中心にさまざまな機関、組織が調査を開始したと報じていた。
カナエはアルミロから買った舶来物の植物図鑑をめくる。
「これでセキ教会設立の大義名分が出来上がるだろ」
「火をつけるというからてっきりギリソン教会に嫌がらせをするのかと思えば、世論に火をつけおって」
「種火がないと本丸が燃え上がらないからな」
ギリソン教会がセキ協会設立を阻む大義名分が無くなる。むしろ、妨害すれば世論の反発は免れない。
「マルフア大氾濫はどうなっている?」
「冒険者ギルドが総力を挙げて対応しているそうなのじゃ。発見が遅れたとはいえ、まだ周囲に被害が出る前なのじゃから、包囲殲滅はできると書いてあるのじゃ」
「そうかそうか。いやぁ、他人の策略を潰して回るのは気持ちいいな!」
「性格悪いのじゃ」
といいつつ、セキも笑っている。
セキはカナエの膝に座り、号外新聞をめくって広告欄を指さした。
「それで、この広告なのじゃが」
「どうかしたか?」
「これもお主じゃろ?」
広告には『毒キノコの知識を身につけよう! 大丈夫、ギリソン教会枢機卿の手記だよぉ』と書かれている。
セキもカナエから聞いた事がある。キノコを愛し、毒キノコを調べ上げ、最後には食あたりで死亡したギリソン教会枢機卿リスキ・シャンピの『こんな綺麗なキノコが毒のはずない』と題された手記の話。
「禁書じゃろ、これ」
「ギリソン教会は禁書扱いしていたな。だが、毒キノコの知識を得れば食あたりでギリソン教会を頼る人々が減り、結果として、ギリソン教会は無駄な魔力を使わなくて済む。これは、人助けだ」
「本当に性格の悪い奴なのじゃ」
呆れながら新聞広告を眺めていたセキは突然前のめりになると、食い入るように別の広告を見つめ始めた。
妙な反応を示すセキに、カナエは興味を引かれて広告を覗き込む。
「老舗菓子店の復刻ケーキ?」
「食べ損ねたケーキなのじゃ」
「ギリソン教会の襲撃でお預けを食らったって奴か?」
「そうなのじゃ。この上に散らされている赤い香草が幻覚作用を持つなどと因縁をつけられて、食べられる最後の機会だったのじゃ。それを、ギリソン教会のヤツラメ……」
セキの恨み節を聞き流し、カナエは広告に載っているイラストを見る。白黒のそれでは赤い香草の正体は分からない。
しかし、カナエは知識を動員して正体を探り当てにかかる。
セキの証言から、問題の香草は使用を禁止された期間がある。その始まりはセキが襲撃を受けた八十年前だろう。
製菓材として使用される香りを持ち、幻覚作用が疑われた香草。
「あぁ、マララヌか」
「それじゃ!」
「十年位前に幻覚作用が否定されたんだ。正確には、灰を溶かした水に根を漬けて煮ないと幻覚作用が発現しない」
広告にある復刻版は、代替素材を使っていない正真正銘の復刻版なのだろう。良くレシピを残していたものだと感心する。
「解毒の神『まららぬいふれ』の神官が祈りの際に利用していたのが香草、マララヌだ」
「まららぬいふれ? 聞かぬ響の名じゃの」
「異民族の神だからな。廃神になっている」
「解毒の神……ギリソンめ、性懲りもなくしでかしおったのじゃな」
快癒の神の権能と被る所があれば、信者獲得競争を仕掛けられて潰される。解毒の神もそうして廃神になったのだろうというセキの予想は正しい。
「ギリソン教会は潰してしまった方が良いのではないか?」
「まぁ、落ち着け。社会の役に立っているのは事実なんだし」
快癒の神の権能魔法の利用者が多いからこそ、魔力不足を改善するために他の教会を潰しにかかっている。
必要とされる教会ではある。
しかし、セキは納得いかない様子で不機嫌に新聞を畳んだ。
「我はあやつらがケーキを持って詫びに来ぬ限り、絶対に許さないのじゃ!」
ケーキでいいのか。ホールか、ホールケーキか。
カナエは来たるべきセキ教会所属禁書庫のためにも好感度を稼ぐことに決め、セキに声をかける。
「ひとまず、その復刻版のケーキを食べに行くか?」
「お、気が利くではないか」
畳んだ新聞を放り投げたセキがカナエのひざを降りて、腕を掴む。
「そうと決まれば早よう行くのじゃ!」
ここしばらくは聖典を読んでばかりいたためストレスも溜まっていたのだろう。せがむセキにカナエは内心苦笑して立ち上がった。
宿を出て、大通りを歩く。
復刻版のケーキを出す店は本店がバーズ王国にあるものの、弟子が開いた支店がパラネタークにもあるという。
「経営危機の時にペイリがちょっかいを出して、結果として助かったと聞いたのじゃ。その縁でペイリが晩年を過ごしたこの港町に支店を出したのかもしれぬ」
「ありえるな」
単純に、海上交易で栄えるパラネタークは砂糖やハーブなどの製菓材が安く手に入るからではないか、とカナエは思ったが、空気を読んだ。
この蔵書狂が読むのは本だけではないのだ。
件の店は白い漆喰塗りの壁の間際に置かれた、可憐な赤い花が目を引く可愛らしい店だった。
「カップル割りがあるのじゃ」
「年齢差がえぐいことになってないか?」
「シニア割りはないのじゃ」
「あっても店員の視線は俺に向くんだろうなぁ」
店の中に入ったカナエは嫌な予感がして周囲を見回した。
客が少ない。広告を出した日の客入りには見えなかった。
セキがカウンターに近づき、店員の女性に声をかける。
「復刻版、世間の毒に負けぬケーキを一つ。ホールで!」
「なぜ旧品名を……」
驚愕している女性店員はセキに目線の高さを合わせる。
「すみませんが、ご予約はおありですか?」
「予約はない。……まさか、売り切れ?」
「はい、申し訳ありませんが――って泣っ!?」
ぽろぽろと涙をこぼした見た目美少女シニアに女性店員が狼狽えた直後、店に新たな客がやってきた。
助かった、と女性店員が来客を見て、一瞬の硬直の後、申し訳なさそうにセキをちらりと見てから口を開いた。
「トック様、ご予約のケーキですか?」
「あぁ、今朝予約したケーキを」
トック、と呼ばれた人物を見て、カナエはさりげなくセキの傍に寄る。
来店してきたのは聖人トック、ギリソン教会枢機卿だった。
トックは予約のケーキが運ばれるまでの手持無沙汰を埋めようと店内を見回し、半泣きのセキを見て面食らった顔をする。
「お、お嬢ちゃん、どうしたのかね?」
「……ぐす」
涙を拭ったセキがカナエのお腹に抱き着いて顔をうずめた。
「縁がなかったのじゃ。そういう運命なのじゃ」
「まぁ、いろいろと間が悪いのは確かだな」
予約して帰ろうと思いつつ、カナエは予約表を探す。
「トック様、お待たせしました。ご予約のケーキです。ご確認ください」
「あ、あぁ、ありがとう」
じろりと恨みがましい視線を向けられていることに気付いているのか、トックは少し上ずった声で礼を言う。
カナエはセキの頭を押さえ、トックに会釈する。敵対関係ではあるが、私生活でこんな視線を向けられるのはさすがに気の毒だと思うほど、セキの視線は重い憎悪に満ちていた。
トックが困ったように笑い、セキに声をかける。
「お嬢ちゃん、よかったら、すこし分けようか?」
「ぬぐっ!?」
ぴくり、とセキが反応し、カナエを抱きしめる力が強くなる。
わずかな沈黙の後、セキが苦渋の決断を下すように声を絞り出した。
「い、いらないのじゃ」
「いや、しかし――」
「我は謝罪でなければ受け取れないのじゃぁあああ」
叫んで店を飛び出したセキを呆然と見送るトック。
カナエは予約表を記入して前金を払い、迷惑をかけたお詫びも兼ねてクッキーの詰め合わせを買う。
我に返ったトックがカナエを見た。
「何か失礼なことをしただろうか?」
「返答に窮する質問ですね」
「いや、そうか。そうだな」
トックはもっともだ、と頷いた。
「――蔵書卿にする質問ではなかった」
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