新たな神
第1話 燃料、ヨシ!
セキが欠伸をしながら『永久繭』をカナエに突き出した。
「読み終わったのじゃ」
「魔力は引き出せるか?」
「うーむ、こんな感じかの?」
他人には理解できない処理をしているらしく、セキは空中をかき回すように右手を回す。
「お、できたのじゃ」
「それを自分の魔力に変換できるか?」
「できたのじゃ。教会でないと大量に引き出すのは難しいようじゃが」
「上出来だな」
「褒めるがよい!」
胸を張るセキの頭を撫でて、カナエは収納魔法から次の聖典を取り出した。
カマニの聖典『人魚の歌』である。
「次はこれだ」
「ちょっと休憩なのじゃ!」
小難しい本をぶっ続けで読めるものかと、セキはベッドに身を投げた。
カナエは仕方なく『人魚の歌』を収納魔法にしまう。
「のぅ、カナエ」
「なんだ?」
「新しい教会というのは簡単に設立できるものなのか?」
「いや、俺が知る限り三千年は設立されたことがないな」
現存する教会のほとんどはどの王朝よりも古くから存在している。記録に残る最も新しく設立された教会は恋愛の神『キスナ』だが、これはすでに廃神となっている。
セキがベッドの上で体を起こす。
「三千年も新設されておらぬのなら、セキ教会を作るのも難しいのではないのか?」
「枢機卿会議が因縁つけてくるのは間違いがないだろうな。だから、カマニ教会も協力してくれるんだろう」
枢機卿会議を二分することになる。魔力収支が赤字の零細教会とその他の教会で意見が分かれる。
ギリソン教会は赤字だと思われるが、セキや『神の在処』を狙って行動を起こすと考えられた。
「最終決戦なのじゃな」
「あぁ。今までの異端者狩りとは違って枢機卿が出てくるかもな」
「精鋭という奴じゃな」
自分が狙われているという話を聞いても余裕の態度を崩さないセキは、カナエの手元を見る。
「さっきから何をやっておるのじゃ?」
「廃神の一覧と、その教会の位置を地図に書き込んでいる。アルミロさんに協力してもらって教会が壊されていないかを調査するんだ」
「大氾濫の防止じゃな」
「過去の大氾濫との関係もだ。防止の意味合いの方が強いけどな。なにせ、セキがすべての聖典を読むまで何年かかるか分からない。そもそも、聖典が手に入らない」
カマニ教会教主ドレイルが他の教会へと秘密裏に接触しているが、セキや『神の在処』の実在を疑う声があり難航しているという。廃神の聖典ともなればまずはいるかもわからない所有者探しからだ。
ギリソン教会の動きを警戒しているため、根回しをしておかなくてはセキ協会の設立前に潰されかねなかった。
「とことん、ギリソン教会は邪魔じゃな」
「同感だが、今は準備期間だ」
仕掛けるにしても世論を味方につける時間が必要になる。
資料作成にいそしむカナエの手を止めたのは、焦ったようなノックの音だった。
「カナエさん、いらっしゃいますか!? アルミロ・テュベッティの使いのモノです。例の調査に関して至急、ご確認いただきたいことがありまして」
カナエは席を立ち、扉を開ける。
宿の廊下に立っていたのは十五歳ほどの青年だった。アルミロの商船で働いている船員見習いで、連絡係だ。
「どうした?」
「魔物の反乱の前兆を掴みました。かなり規模が大きく、早急な対処が必要とのことです」
青年が地図と数枚の紙を取り出した。
「カナエさんから事前に調査を依頼された廃神、加熱の神『マルフア』の教会を起点としているようですが、魔物が多すぎて教会に近づけず……」
「マルフアか」
険しい顔で地図を受け取ったカナエは場所を確認する。
廃鉱山の近くだ。元々、物の温度を上げる権能魔法による金属の精錬で利用されていた神だが、金属需要の伸びに魔力量が追いつかず、木炭などに取って代わられていった。
廃神になって久しいマルフアだが、今でも調理場や鍛冶場の新設に伴う願掛けに拝礼される。魔力だけが溜まった結果、魔物の氾濫の起点になったのだろう。
「それから、これは未確認情報ですが、傭兵が近くをうろついていた時期があったようです」
「その傭兵がマルフアの教会を壊した、と?」
「断言はできません。しかし、その傭兵集団は聖人トックが若いころに世話をしたことがあるそうで」
「それは興味深い情報だな」
ギリソン教会枢機卿、聖人トック。
オークションにおける『リンペンインシャツェン』の競り、カマニ教会取り壊し、両方に関与しているギリソン教会の重鎮。
「世評は当てにならぬものじゃな」
「聖人トックが大氾濫に絡んでいるって予想も状況証拠しかないがな。それよりも、今はマルフア教会の件だ。まだ聖典を手に入れていないし、冒険者ギルドに協力を仰いで動かすしかないだろう」
「カナエは出ないのか?」
「ちょっとやることがある」
にやり、と悪い笑みを浮かべたカナエに、セキは怪しむような目を向ける。
「どんな悪事を働くつもりなのじゃ?」
「人聞き悪いな」
肩を竦めたカナエは先ほどまで作っていた資料を手に取る。
「火をつけてくるだけだ」
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