第10話  痛恨の人選ミスでは?

 港湾議会は予定通りに開かれた。

 静かな海賊アルミロ・テュベッティによる客船ツアーの寄港先としてパラネタークを検討していることを発表していたため、投票結果の予測は立たず、関係者はみな固唾を飲んで開票を見守った。


「カマニ教会取り壊しは反対多数により否決。カマニ教会への助成金打ち切りは賛成多数により可決されました」


 痛み分け、ではない。

 カマニ教会の存続という作戦目標を達成し、旅客船での収益化も見込める以上は勝利といえた。


 議会を眺めていたアルミロは満足そうに一つ頷くと立ち上がり、港湾議会を後にする。

 目くばせを受けたカナエとセキも遅れて席を立った。


 港湾議場を離れて、カナエとセキは酒場に入る。

 すでにテーブル席を確保していたアルミロが片手を挙げた。

 アルミロの傍らには七十過ぎの老人が座っている。物静かな、それでいて存在感のある老人だ。


「カマニ教会、教主ドレイルと申します。この度は当教会の存続にお力添えを頂いたとのこと、心よりお礼申し上げます」


 ドレイルはアルミロと、カナエたちに頭を下げる。


「いえ、利害関係が一致しただけの事です」

「だとしても、救われたのは事実です。パラネタークの教会は古くからありまして、ここが失われれば政治的にも窮地に立たされていました」


 座るように促され、カナエとセキはテーブルに着く。

 静かな海賊と呼ばれる豪商アルミロと、カマニ教会のトップである教主ドレイル、二人の大人物が小さな酒場のテーブルを囲む光景はなかなか異様な空気を作り出していた。

 ただ座るだけでもその姿勢や、酒を飲む動作ひとつで圧倒的な存在感を出す。


「店の迷惑になっておらんかの?」

「むしろ、縁起がいいから船乗りがやってくるだろ」


 軽い調子で言って、カナエは店主にアクアパッツァと白ワインのボトルを頼む。


「グラスは二つなのじゃ。我も飲むぞ」


 店主が確認するようにカナエを見る。見た目通りの少女ではないため、カナエはグラスを二つお願いした。

 店主がワインを取りに行くのを見て、ドレイルがカナエに声をかける。


「さて、今のうちにこれを渡しておきましょうか。喜ぶと聞きましたのでね」

「なんです?」


 麻の袋に包まれた何かを渡されたカナエは中身を覗き込んで満面の笑みを浮かべた。


「これは、まさか、カマニの聖典?」

「はい。お譲りしましょう。セキさんに」

「え?」

「我か? ……カナエ、そんなもの欲しそうな顔をするな!」

「だって、だって――」

「読んでよい! 読んでよいから!」

「よっしゃああ。セキ、愛してる」

「もっと別の場面で言うものじゃろ、それ! そもそも、薄っぺらいのじゃ! 紙か!?」

「何度も言えばエピソード集に出来るな」

「そんな薄愛のエピソード集なんか誰も読まないのじゃ! どうせ、おぬしが愛しておるのは我ではなくて本なのじゃろうが!」

「……ん」

「もう読み始めておるし……」


 セキは抗議の意思を込めて拳を固めてカナエの肩にジャブを放つ。


「夫婦漫才はその辺りにしてくれ、ご両人」

「アルミロ、今のは聞き捨てならんのじゃ!」

「あ、あぁ、悪かったね。君たちはどうにも扱いに困る」


 苦笑したアルミロはドレイルを見る。


「二人に、ドレイルを紹介したのは伝えておきたい話があるのと、今後のことについて相談したいからだ」

「ほぉ、伝えておきたい話と言うのは? あぁ、カナエはこの状態でも話だけは聞いておる」

「そうか。では、ドレイル」

「まずは、善神の教会間であなた方二人の事が噂になっています」

「善神というと、ギリソン教会を含めた側じゃな。あまり良い噂ではなさそうなのじゃ」


 セキの予想を肯定するように頷いて、ドレイルは続ける。


「逃走中の異端者、禁書庫の番人カナエ・シュレィデンが古書オークションにて邪神の聖典を競り落とそうとした、と」

「……ん」


 カナエは肯定も否定もしなかった。

 変装していたとはいえ、オークション会場では衆目を集めてしまったし、背格好はもちろん競りへの姿勢が蔵書卿のそれだった。いくらでも噂は立つだろう。

 ドレイルも深くは突っ込まずに続ける。


「ギリソン教会は『神の在処』なる書物を探しています」


 カナエもセキも一切の反応を示さない。

 ドレイルは苦笑した。


「大したものだ。ですが、腹の探り合いは必要ありません。カナエさん、持っていますね?」

「持っていたとして、どうしますか?」

「えぇ、そこからが本題です」


 ドレイルがカナエの手にある聖典を手で指し示す。


「聖典を集め、新たな教会を設立してほしいのです」

「全ての教会の魔力の収支を管理、赤字を出しているところへ『神の在処』を使って魔力を届ける。そんなところですか?」


 いわば、教会を顧客とする魔力の銀行業務である。互助組織的な物でもあり、カマニ教会のような零細教会からありがたがられるだろう。


「聡い方ですね」

「すでに考えていた事でしたから」


 カナエはカマニの聖典を閉じ、セキを見た。


「そうでなくても、聖典を集めて廃教会からあふれ出す魔力の処理をしなくてはなりません。教会を設立すれば動きやすくなるとは考えていました。ですが、それもセキの意思次第ですよ」


 新たな教会を設立する場合、その頂点に立つのは『神の在処』の化身であるセキだ。

 意思を問われたセキは運ばれてきたアクアパッツァを食べるべく小皿とフォークを用意しながら、当然のように答えた。


「構わんのじゃ。セキ教会でいいかの?」

「そんな軽いノリで決めていい話じゃないぞ?」

「そうは言うが、お主は我が承諾しなかったらどうするつもりなのじゃ?」

「写本『神の在処』を作って、教会を設立、各教会の聖典を合法的に接収して読みつくすが、それは今は関係ないだろう?」


 カナエの発言にアルミロとドレイルがぎょっとした顔をする。

 この蔵書バカに権力を与えてはならない。


「ぜひ、セキさんにお願いしたい!」


 アルミロとドレイルが声を合わせて推す。

 セキはアクアパッツァの皿にデンと主張するカサゴの白身を取り分けながら「無論なのじゃ」と頷く。


「我以外の誰にカナエの専横を止められるのじゃ。そも、勝手に写本を作るでない。下手をしたら我の妹が生まれるのじゃ。妹にカナエのお目付け役という業を背負わせるなど、忍びないのじゃ」

「まぁ、セキがそれでいいならいい。ところで、各教会の聖典を保管するには大規模な書庫が必要だと思うんだが」

「禁書庫にするつもりじゃろ。教会ともなれば異端者狩りや国家も容易に手が出せぬから」

「別にいいだろ?」

「好きにするがよい。ただし、お主を教主にする。一生、我に仕えるのじゃ!」

「誰の介入も受けない禁書庫の代償か……いいだろう」


 蔵書狂にして蔵書卿にして蔵書教主がこうして誕生した。


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