第8話  なんで刺激しちゃうかなぁ

「呼ばれてきたよ、マヨウです! 話は聞いた。お声掛けありがとう!」


 ハイテンションで名乗ったマヨウは広間を見回して、すぐそばにいたセキを見る。


「この人たちは全員がライバルかな?」


 広間には十数人の老若男女がいた。中央にいるカナエが何やら指揮を執っており、時折、数人が笑顔で口論か討論かわからない言葉をぶつけあっている。

 セキはカナエたちを監視するようにじっと見つめていた。


「ほとんどがカナエの知り合いの本の虫なのじゃ。いま、ツアー用の観光名所の説明やらを書きあげておる。奴らの会話は聞かぬ方が良いのじゃ。なにせ、禁書のタイトルや内容をひっきりなしに口にしておる」


 例えば歴史書。元王家には都合の悪い事が書かれていたり、ギリソン教会などの宗教の不祥事が書かれていることがある。

 カナエたち本の虫は持てる知識と蔵書をフル活用して、一国家でもなかなか作れないような、精密な歴史年表をたった二日で作り上げていた。

 現在やっているのは、作り上げた歴史年表が禁書指定されないように危ない記述を消す作業である。


「今日中に終わりそうかな?」

「いいや、何年かかるか分からぬ」

「ん? 二日で作ったのに、年単位でかかるのかい?」

「奴らは本の虫なのじゃ。仲間を増やすために文章という名の卵を仕込む。奴らは卵を守るために必死に他の本の虫と戦うのじゃ。生むは易しとはよくいったものなのじゃ」

「あぁ、なるほど。先ほどから聞こえる口論はそういうことかな」

「――ですから、海底教会にまつわる話、神を有しなくとも教会を建てた民族カリミーヌの話は外せません! 神を祀らぬ民族であるからと禁書に指定されるという主張はあくまでも予想に過ぎず、現在でもカリミーヌ族関連本は禁書の指定を受けてはいません!」


 冒険者ギルドの職員ミゲムが楽しそうに主張を展開している。元気溌剌としている彼の姿は陰気な普段とはまるで違っていた。

 ミゲムに賛同するカリミーヌ族歴史ロマン派が拍手喝采する。

 一文どころか単語ひとつで大騒ぎの大盛り上がり。

 蚊帳の外のセキは足をプラプラ前後に揺らしながら、マヨウを見た。


「ちなみに、面接は隣の部屋なのじゃ。早く行った方が良い」

「先に挨拶をしたかったのだけどね。まぁ、カナエさんがあの調子では後にした方が良さそうだ」


 苦笑したマヨウはセキに恭しくも演技かかった調子で一礼し、面接会場へと向かった。

 しばらくして、カナエが休憩を宣言して本の虫を一時解散させる。


「どんな調子なのじゃ?」

「後半日で終わらせる。添乗員用の台本を作る時間が欲しいしな」

「終わるのか?」

「終わらせる」


 断言するカナエにはすでに完成図が見えているらしい。

 カナエが言い切るからには大丈夫だろうとセキは納得した。


「この件が終わったらどうするのじゃ?」

「ギリソン教会の出方次第だが、枢機卿会議に喧嘩を売ろうと思う。まだ計画段階だから詳しくは話せないがな」


 カナエは広間に集う本の虫の顔ぶれを見る。

 基本的に好事家しかいないが、いまだに本は高級品だ。そんなものを買い集められる財力の持ち主だけあって、ほとんどが経済界の重鎮だったり、貴族だったりする。同好の士には非常に寛容な人々だが、ひとたび怒らせれば半端な組織は半年と経たずに消滅させる力を持つ。

 中には出版関係の人間、印刷所の経営者もいる。今回まとめた年表や観光名所説明、添乗員の台本などを製本してもらう手筈も整っていた。

 アルミロも大型客船の手配を済ませ、内装の一新に取り掛かっているとの報告が入っている。

 計画は順調だ。

 本好きが集まっているだけあって休憩時間の今も本の話題が途切れない。資料として持ち寄った希少本や古書を見せ合い、語り合い、時には交換の約束や写本の申し出など、みな楽しそうに歓談している。

 そんな和やかな空気に水を差したのは外の喧騒だった。


「なんだ?」


 本好きの一人がうるさそうに窓の外に目をやる。

 ミゲムが広間の窓の一つを開けた。

 次の瞬間、広間に飛び込んできた声に和やかな空気は霧散し、冷たい沈黙が落ちた。


「――禁書が多数持ち込まれているとの情報が入った。ただちに投降せよ。持ち込まれた本は我々が押収し、審査のうえで無害な本は持ち主に返却することを我が神ギリソンに誓おう」


 窓の外にずらりと並ぶのは異端者狩りと思しき黒ずくめの集団。数は四十人以上はいるだろうか。

 アルミロ派がカマニ教会の存続に向けて動き出したことを察知し、妨害に来たのだろう。

 これほどまっすぐに、正面から妨害に来るとはカナエも予想外だった。


 しかし、この広間には実際に禁書が多数存在している。

 だが、禁書以上に――本好きが多数存在していた。


 冷たい沈黙の中で、本好きたちの連帯感が高まっていく。

 目くばせ一つ、持ち上げた本一冊で、無言のまま意志疎通を果たしていく本好きたち。

 内部の様子など分からない外の異端者狩りたちは投降せよと呼びかけ続ける。

 本好きの一人が窓辺に立ち、外の異端者狩りたちへ呼びかけた。


「君たち、パラネターク市議会からの許可は取りつけたのか?」

「我らは枢機卿会議直轄の組織である。パラネターク市議会は関係ない」


 異端者狩りの活動は基本的に黙認される。権能魔法を持つ教会にそっぽを向かれては組織運営が難しくなる場合が多々あるからだ。

 今回の異端者狩りたちはあくまでも投降を呼びかけており、身体的な危害を加える旨の発言をしていない。

 しかしながら、財産権を侵そうとしているのは明白であり、異端者狩りに対して呼びかけた本好きは見逃さなかった。


「パラネターク市議会の許可を得ていないのならば、君たちの要求は単なる恐喝に過ぎない。枢機卿会議の決定は国法に優越することはなく、パラネタークは一つのれっきとした都市国家であり、君たちの活動は完全な越権行為だ。私たちが従う義務はない」

「禁書は社会秩序を乱す。諸君は反社会的な活動をするためにその場に集まったのか?」


 アルミロ派へのレッテル張りを兼ねた異端者狩りの質問に、本好きは呆れたような視線を向けた。


「君は大きな勘違いをしている。社会秩序を乱す反社会的な活動とは、今まさに君たちがやっている恐喝行為を言うのだ。君たちは禁書が持ち込まれたと言うが、禁書の定義は何かな?」


 ここはパラネタークである。

 古書オークションが行われ、堂々と邪神の聖典が売りに出される都市国家である。

 禁書の指定を受けた本など、パラネタークの議会禄を紐解いても一冊とて見つからない。

 カナエたちは確かに禁書を多数持っている。だが、パラネタークの法に照らした場合、禁書を一冊も持っていないのだ。

 セキが窓辺の本好きを指さすと、カナエは小声で答えた。


「本職は弁護士だ」

「この集団、無敵じゃないかの?」


 セキの疑問はすぐに氷解することになる。


「我々は議論を望んでいるわけではない。禁書を処分するためにここにいるのだ! あくまで隠し立てするのならば、こちらも相応の手段を取らざるを得なくなる!」

「――なんと恐ろしい!」


 弁護士がわざとらしく大声を張り上げて怯えて見せた。

 弁護士は広間を振り返り、カナエに笑みを向けた。


「彼らは法的な権限もないままに私たちの財産にレッテルを張り、勝手に処分すると言い出した。パラネターク法における恐喝の要件は満たしていた。周囲を囲まれて私たちには逃げ場がなく、持ち出せる財産にも限りがあるため、自衛権の行使が認められる要件も満たしていた。彼らは異端者狩りを名乗った。すなわち、魔法が使える。そんな彼らが相応の手段を取るという。恐喝要件を満たした容疑者たる彼らが、逃げ道を塞いで、相応の手段を取るというのだ。みな、恐ろしくはないかい?」


 広間にこだまするのはわざとらしい悲鳴。

 にやにやと笑う本好きたちに、弁護士は告げた。


「もはや彼らは恐喝犯ではない。私たちを恐怖させ、無理やりに財産を奪うべく、私たちの移動の自由を奪って軟禁状態とし、さらなる手段を取ると脅してきた。そう、彼らはパラネターク法における強盗犯、その容疑者だ。つまり、われわれにも逮捕権が認められる。さぁ、私たちは財産を守るためにどうすればよいだろうか?」


 弁護士の問いかけに、本好きたちは唱和する。


「抵抗せよ! 反抗せよ!」


 満足そうに頷いた弁護士は続ける。


「彼らは文化財を不当に奪い、歴史から抹消せんとする不逞の輩だ。私たち本好きはどうすればよいだろうか?」

「応戦せよ! 抗戦せよ!」

「私も同じ気持ちだ。恐怖はある。だが、われわれは幸いだ。そうだろう? われわれは今まさに、文化を守る勇者として戦う資格を与えられたのだから」

「そう、われわれは英雄である!」


 ノリノリで演説をする弁護士、まるで事前に打ち合わせでもしていたように答える本好きたち。

 異様な空気が窓から漏れ出したか、外の異端者狩りが若干怯える始末。

 弁護士が一礼する。


「以上、『カッツァ砦の銘もなき英雄譚』より抜粋。お付き合いくださり、ありがとうございました」


 拍手が木霊する。

 セキが頭痛を覚えたように頭を押さえた。


「物語のワンシーンを演じておったのか」


 そう、演じていただけである。

 だから、これからが本好きたちの本気。

 カナエが広間の扉へと足を向け、本好きたちに声をかけた。


「処す?」


 本好きたちは表面上にこやかに、殺意溢れる声で返した。


「処す!」


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