第7話 逆転の一手
カマニ教会を後にした三人はアルミロの提案でアルミロの持ち船である商船リューペイの客室で話し合いの場を持った。
「それで、セキさんは結局何ができるのかね?」
「異なる教会の魔力を引き出したり逆に捧げたりできるのじゃ」
「『両刺の釘』を読むか?」
「そんなもの読みたくないのじゃ。引き出し切る前に呪い殺されそうなのじゃ」
「その時は石板に魔力を注いで復活させよう」
「我を消費物扱いするな!」
セキがカナエの腕を掴んで揺する。
収納魔法を発動したカナエは、中から聖典『永久繭』を取り出した。
「冗談はさておいて、ひとまずこれを読み終えてほしい。ガラガナガラ教会はいまだに魔力だまりになっているが、セキが引き出しておけばこれ以上は悪用されないだろう」
「まぁ、その聖典ならいいのじゃが。これだけ読んでも他の教会はどうしようもないのじゃ」
セキが『永久繭』を読みはじめる。
カナエはアルミロに向き直った。
「さて、状況はあまりよくありませんね」
「同感だ」
アルミロが深く頷いた。
セキが記憶を取り戻し、廃教会が魔物の大氾濫の起点になる前に魔力を引き出せるようになったのは進歩ではある。
しかし、ガラガナガラ教会が魔力だまりで無くなった時点で、ギリソン教会はセキと『神の在処』の存在に気付くだろう。
元々、カナエが持っていると疑って禁書庫に火を放ったくらいなのだから、今後はさらに苛烈な行動に出てくるとも予想できる。
「しかし、ギリソン教会がカマニ教会を取り壊したがっている動機が今ひとつわからない。神の在処とセキさんを手に入れていない以上、ギリソン教会に大きなメリットはないはずだ」
「よほど魔力が足りないのでしょう。信者獲得に躍起になっている。ですが、魔物の大氾濫を引き起こすとギリソン教会も理解している節があります」
「ガラガナガラ教会の件で口止めがあった件かね?」
「はい。やはりギリソン教会内部に二つの勢力があるのでしょう」
「では、現状で真っ先に確認すべきは、カマニ教会取り壊しを推進しているギリソン教会の勢力がどちらか、だな」
アルミロはため息を吐く。
「推進しているのはギリソン教会枢機卿トックだ」
「聖人トックですか」
「あぁ。世間の評価から推測する人物像としては、魔物の大氾濫を引き起こしたがるとは思えないのだが」
「そうでしょうか?」
カナエが疑義をはさむと、アルミロは意外そうな顔をした。
カナエの脳裏をよぎるのはオークション会場で見たトックの姿だ。
「敬虔なギリソンの信徒であるように見えました。異端者狩りを即刻派遣できるほどに」
「……オークションの邪神聖典の話は聞いている。そうか、異端者狩りをためらいなく動かすのなら、人を傷つけることを厭うわけではないとも考えられるな」
「そもそも、『神の在処』を所持していない限り、魔物の大氾濫を防ぐ手段がありません。世間の人物評通りならカマニ教会取り壊しの推進はしないでしょう。信者が欲しいのなら、魔物が発生しても対応がしやすく周辺に被害が出ない内陸の教会を狙うはずです」
「――のぅ、ちょっとよいか?」
割って入ったセキが『永久繭』から顔を上げてカナエとアルミロを見た。
「ギリソン教会の思惑なんて関係がないのじゃ。カマニ教会の取り壊しは絶対阻止。その方法を議論するべきであり、ギリソン教会と和解の道を探るのは現段階では非建設的なのじゃ。取り壊しだけに」
最後に下らない冗談を挟んで上手いこと言ったと満足そうなセキに、アルミロが静かに笑う。
「確かに、セキさんの言うとおりだ。しかし、取り壊しの阻止に関しても手を打ち尽くした感がある。そもそも、カマニ教会の信者が減っているのは事実なのだ」
「では、信者を増やす、利用者を増やすしかないのじゃ」
「何か、考えがあるのかね?」
冗談がスルーされて少しむくれながらも、セキは頷いた。
「客船ツアーを組むのじゃ」
「客船ツアー?」
アルミロはセキの言葉を繰り返し、一瞬の沈黙の後、続けた。
「もう少し、詳しく話を聞こう」
「カマニの権能魔法は船に乗る者や船そのものに発揮されるのじゃろ? ならば、カマニの利用者を増やすのではなく、船の利用者を増やした方が良い。パラネタークの住人がカマニ教会の取り壊しに反対せぬのはギリソン教会が建った方が利益はあると踏んでいるからなのじゃ。ならば、カマニ教会を残した方が利益は大きいと判断させる材料を提供すればよい。さらに言えば、ギリソン教会は必ずカマニ教会の跡地に建てなければいけないという道理もないのじゃ。両方建てれば住人は納得するじゃろ。ギリソン教会が多少不便な位置に建ったとしても、じゃ」
理路整然と話すセキにアルミロは感嘆の声を上げ、腕を組んだ。セキの提案を吟味し始めたらしい。
やがて、アルミロは手帳を取り出して何かを書き込みはじめ、セキに質問する。
「面白い提案だが、客船ツアーを組むとしても航路や観光場所などが必要だ。船上で客を楽しませるなにかも必要になる。客船そのものは私が手配できるが……」
「その辺りの知識が必要ならば、無駄にため込んでいる者がすぐそこにおるのじゃ」
セキに話を振られたカナエは収納魔法を発動し、次々と本を取り出して机の上に並べ始めた。
「ツアー用の観光名所説明、歴史的な説明などを台本として書き起こし、添乗員の育成。ついでに、船で芸を披露する吟遊詩人や旅芸人を集めましょう」
「集めましょうとは言うが、候補は?」
「オークションの前に写本を売っていた関係で伝手があります。声をかけて、面接でもしましょう」
「分かった。面接はこちらでやろう。特急で計画を組む人手も用意しよう」
交易商として大成しただけあって、アルミロは即決した。
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