第6話  ○○○の恨みは恐ろしい

「いきなりカマニ教会の地下に案内してほしいと言うから何かと思えば、そんなことが書かれていたのか」


 アルミロは感慨深そうにカナエから返された『リンペンインシャンツェン』の原本を撫でる。


 カマニ教会は海岸の岩礁地帯に建っていた。地下部分の存在はカナエが校正を頼まれたカマニ教会の歴史に関する本にも書かれておらず、関係者以外の立ち入りが禁じられている。

 カマニ教会存続に向けて動くアルミロの要請がなければこうして入ることはできなかっただろう。

 セキが地下通路の壁面を指でなぞる。


「あまり湿気を感じないのじゃ。すぐそばに海があるというのに」

「カマニ教会の権能魔法だろうな。材質にも気を使っているようだが」


 通路の奥には木製の扉があった。先頭のアルミロがドアノブを引く。

 冷気が潮の香りと共に奥から漂ってきた。


「これはすごいな」


 アルミロの後から続いたカナエは扉の先に広がる地下空洞に思わず呟いた。

 アーチ状の天井に支えられた地下空洞は床面積だけならば地上のカマニ教会の礼拝堂の二倍はあるだろう。床は貝殻を封じた漆喰で覆われ、法則の見いだせない不思議な模様が描かれている。

 左右の壁面には石像が並ぶ。頭部が魚や貝に酷似した人物像だ。


「さて、神の在処の断篇はどこにあるんだ?」


 見回してみてもそれらしいものが見つからず、アルミロと手分けして探そうとした時、セキが左側の石像の一つに駆け寄った。


「見つけたのじゃ」

「自分自身だけあって、どこにあるかは丸わかりか」


 ペイリが残した『リンペンインシャンツェン』によれば石版『神の在処』の化身であるセキは、首をかしげた。


「いや、ちらっと見えていただけじゃ」

「なんだよ。感心して損した」


 手で印を結んで収納魔法を発動したカナエは、中から石版を取り出す。

 火に包まれた禁書庫で最後に手にした石版である。

 セキが石像の裏から石版を取り出して持ってくる。


「ほれ、カナエ」

「俺に持たせていいのか?」

「どうせ読みたがるじゃろ」

「分かってるじゃないか」


 割れた石版を合わせてみると、ぴったりくっついた。他に欠けたパーツはないようだ。

 感動的なシーンのはずだが黙々と読み始めたカナエに、アルミロは気の毒そうにセキを見る。

 しかし、セキは慣れた様子で肩をすくめた。

 石版に目を通し終えたカナエは、顔を上げる。


「バーラタ語じゃないな。古神語だ」

「古神語とは、なにかね?」


 アルミロが聞きなれない言葉に問い返す。


「古神語はバーラタ語の元になった言語です。文法も文字もほぼ一緒ですが、発音が少し違っていて、いくつかの装飾文字を含めることで文章そのものを魔法陣にしています」


 カナエは収納魔法から取り出した石版の補修用グッズで『神の在処』を補修し始める。


「バーラタ人が歴史上に登場する以前に使われていた儀式用の言語なんですよ」


 セキは自分の半身ともいえる石版が直されていくのを何とも言えない顔で眺めている。


「我が弄りまわされているのじゃ……」

「ん? 間違ったかな?」

「あぁああ」


 おろおろし始めるセキに笑いながら、カナエは滞りなく『神の在処』を修繕し、セキを見上げた。


「記憶は戻ったか?」

「……戻らぬのじゃ」


 石版が完全になっても記憶が戻らないことに落胆するセキだったが、カナエは飄々と石版を持ち上げていった。


「まぁ、戻るわけないな」

「――どういうことじゃ?」

「魔法陣としての機能もあると言っただろ。記憶を繋ぐ部分の魔法陣が一度壊れているんだから、再起動するまでは記憶が戻らないのは道理だ」

「……意地悪なのじゃ」

「いやいや、完全ではないとはいえ発動したままの可能性もあったから聞いたんだよ。単なる確認だ。それじゃ、発動するからアルミロさんは少し離れていてください」

「あぁ、分かった」


 アルミロが離れるのを待って、カナエは石版に魔力を流し込みながら彫り込まれた文章を読み上げる。

 独特の音律を紡ぐ音読は地下空洞内に反響し、幻想をまとった。


 セキがまぶたを閉じる。

 魔力をまとい始めたセキがカナエの音読に呼応するように言葉を繋ぐ。

 子供特有の軽やかな声は白雲のように濁りなくカナエの朗読詠唱を彩り、神秘をまとった。


 息をするのも忘れて聞き惚れるアルミロを余所に、カナエの朗読詠唱が終わりを告げる。

 同時に、セキが口を閉ざした。

 石版が一瞬だけ文字を白く輝かせ、こめられた魔力をどこかへと消失させる。


 ゆっくりと瞼を上げたセキが「ふぅ」と息を吐いた。


「思い出したのじゃ」

「そうか」


 感慨もなく返したカナエは石版『神の在処』を収納魔法に入れる。

 セキは腕を組み、いらいらとつま先で床を叩く。


「思い出しのじゃ。思い出したのじゃ! あやつら、許せぬのじゃ。ギリソン教会め。絶対に天誅をくれてやるのじゃ!」

「なんだ、セキもギリソン教会に恨みがあったのか?」


 復讐仲間の誕生を喜ぶカナエが復讐の動機を尋ねると、セキは気炎を揚げる。


「あやつらの襲撃で『神の在処』が割れたせいで、直前に食べようとしていたケーキを食べそこなったのじゃ!」

「それはひどい! 人の楽しみを奪うって意味では禁書庫を燃やすのと変わらない」

「そうじゃろ!? そう思うじゃろ!」


 意気投合し、ギリソン教会を罵り始めたカナエとセキに、アルミロが何とも言えない顔をする。


「素直に賛同しずらいのだが……」


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