第5話 詐欺師の姉御ォ
他人に見られて詐欺のネタをパクられるのも嫌だから、暗号にしておく。
これはいわゆるネタ帳だ。でも、日記でもある。
私はこれからむかつく連中を全員詐欺ってみようと思っている。腐った世の中を作っている連中が裁かれないのだから、私も好き放題にやらせてもらう。
多分、私が詐欺師を引退するか、死ぬかした後にこのネタ帳を解読しようとする者が現れるだろう。
どんな動機か知らないが、この暗号を解いた暇人へ、私が無事に詐欺師を引退した暁にはネタ帳の末尾に言葉を送ろうと思う。
初めに名乗っておこう。
私はペイリ。本名はエミリー・カーラー・フライネッタ。
貴族たちの不正を糾弾したことで政治闘争に敗れて没落、取り潰しとなったフライネッタ伯爵家の長女だ。
だから、最初の標的は決まっている。ティーマー家だ。
楽しくいこう。失うものは何もないから、持っている連中からかすめ取ってやろうじゃないか。
※
実に楽しい詐欺だった。
ティーマー家の令嬢と偽り、宝石商ミハインから首飾りを代理購入してきた。手付金のバーズ金貨四十枚はなかなかの出費だったけれど、ばらし売りしたら二十倍になって帰ってきたのでまぁ、良しとしよう。
「残りの代金はティーマー家の本邸にてお支払いたします」
といえた時はぞくぞくした。残りのバーズ金貨八百五十枚をティーマー家が支払うとは思えないけど、これでティーマー家は宝石購入が面倒になるだろう。十八番にしていた賄賂宝石の調達が大変でちゅねー?
ついでに、宝石商ミハインが働かせていた鉱夫に首飾りを売り払ったお金の半分をばらまいて故郷に返してみた。借金で縛り付けていたみたいだけど、金利が明らかにバーズ国法違反ですわよ?
次はティーマー家御用商人のゲバーラム。ティーマー家に賄賂を貢いで密輸を見逃してもらっている、ティーマー家の裏の資金源。
楽しんでいこうか。
※
軍船を用立てた。まぁ、張りぼてだけど。乗っているのは兵士ではなく鉱夫だし。
ゲバーラムの貿易船に近づけて臨検した。密輸品は珍しい東方の魔物の毛皮やはく製が主だった。ほかにも薬になるという植物の球根や顔料があった。あと、なんか石版があった。ギリソン教会が欲しがっているらしい。
裏面に一覧を書いておく。
密輸品を押収し、口止め料をせしめて仲良く握手した。
鍛えた鉱夫たちによる快速な偽軍船で先に港へ帰り、押収品を売却した。魔物の毛皮などは売り先に困ったので、持ち主ゲバーラムの名前を書き込んで港に陳列しておいた。
持ち物には名前を書いた方がいいよ?
口止めしたのにって言われても、私、詐欺師なのよね。
※
この間使った偽軍船、密輸取締船として運用するから買い取りたいとパラネタークの議会から持ちかけられた。変な縁起を担がれてもなぁ。まぁ、持っていてもしょうがないから売ったけど。
※
石版が女の子になった。
意味が分からない。
名前はセキ。神らしい。
意味が分からない。
でもめっちゃかわいいから許す!
※
石版はバーラタ語で書かれた『神の在処』というものらしい。
いまいちよく分からない。もうちょっと調べてみる。
セキとはかなり気が合う。一緒に酒造の神『トケ』教会とバーズ王国蒸留酒公社を相手に詐欺を働いてみる。
トケ教会の作る酒に遅行性毒が入っている。バーズ王国上層部に掛け合って作られた蒸留酒の専売公社から販売されているモノに使われる香料のハーブが原因だ。
ドレ教会の廃神の件でギリソン教会と徒党を組んでいたから、その関係だとは思うけれど、まだ証拠は足りない。
鉄分があると毒成分と反応して蒸留酒が白濁する。もちろん、売り物にはならない。
パラネタークの議員と手を結び、蒸留酒公社から問題の酒を大量購入する契約を取り付けたうえで、蒸留酒公社に納入する香料のハーブに砂鉄を少量混ぜておいた。茎にちまちまと砂鉄を入れていく作業は面倒くさかった。
契約不履行による賠償金を頂いて、シェリー酒で祝杯を挙げるのだ。
※
激烈にやばい。
この石版『神の在処』も少女セキも、存在が知れると戦争になる。それも、権能魔法を使える教会同士の争奪戦になる。
道理で、ギリソン教会が密輸入しようとするはずだ。
最近、私の周囲をギリソン教会が嗅ぎまわっている。トケ教会をはめたのだけが原因ではないだろう。
あ、蒸留酒専売公社は倒産した。国営でも潰れるのね。
私、ドレ教会のシェリー酒『ポッタリュード』が好きだったのよ。ドレ教会を潰しやがったトケ教会は絶対に許さないからな。
※
前回の記述から一年ほど経っている。
魔物の大氾濫により、かなりバタバタしていた。この状況で社会を混乱させるわけにもいかないので詐欺も自粛していた。
暇な時間で魔物の大氾濫に関して調べておいた。
セキと『神の在処』にも関係する話だ。
まず、大前提。
――神はシステムだ。
教会で祈ると儀式が発動、魔力が高次元に蓄えられると同時に権能魔法に使用できる性質へと変質させられる。
ゆえに、魔力の収支が合わなくなればシステムは崩壊する。
現在、崩壊しかけているシステムがある。
――快癒の神、ギリソンだ。
これに焦ったギリソン教会は信者獲得に躍起になると同時に、廃神の教会に蓄えられている余った魔力を引き出せないかと考えた。
その方法が、セキと『神の在処』だ。
『神の在処』は魔力を高次元上に蓄え、セキを具現化させ、セキを通して魔力の入出力を可能とする。
セキがどこかの教会で祈れば、神の在処で蓄えられた魔力を引き出せる。また、セキがどこかの教会の権能魔法を取得すれば、その教会に祭られる神の魔力を自在に引き出せる。
つまり、教会の間で魔力のやり取りが可能となる。
廃神を生まないようにするバーラタ人の知恵の結晶がセキと『神の在処』の正体だ。
気付くのが遅すぎた。
今回の魔物の大氾濫の起点はすべて、ドレ教会となっている。
ドレ教会から権能魔法用の魔力が流出して魔力だまりとなり、魔物の大発生を引き起こした。
つまり、魔物の大氾濫はギリソン教会とトケ教会の行動で引き起こされたことになる。
だが、連中もこの事態は望んでいなかったようだ。結果的にギリソン教会の信者は増えたが、目的であったドレ教会の魔力は得られずじまいだったのだから。
※
やられた。
異端者狩りとの戦闘で『神の在処』が割れ、半分が紛失した。
持ち去られたわけではないようだけど、どこに行ったのか完全にわからなくなった。
セキも現れない。『神の在処』が完全ではないからか。
現在、パラネタークに匿ってもらっている。このまま永住することになりそうだ。
※
セキ、または『神の在処』断篇の所持者へ。
もしもこのネタ帳を見つけたら、カマニ教会地下へ行け。
アルミロ・テュベッティにこのネタ帳の原本を託し、写本を定期的に市場へ流すよう伝えた。
カマニ教会地下に張った結界の合言葉は奴が知っている。
私の好きな本のタイトルだ。
※
アルミロへ。
お前は大成する器だ。下らないことで死んであの世に来てもあたしが蹴りだすから、つまらないことで死ぬなよ。
巻き込んだことは詫びるが、詐欺や商売の手口をいろいろ教えてやった授業料だと思え。
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