第4話  読めるんだなぁ、これが

 資料を見つつカマニ神についてまとめられた本を読んでいく。


 セキは今頃、宿の一階で家族連れ客の子供とボードゲームに熱中している。

 おかげで一人静かに宿の一室で読書中のカナエは優雅な気持ちで文字を追っていた。


 アルミロから査読を頼まれた本は参考にした資料も確かなものであり、これと言って修正が必要な個所は見当たらない。

 アルミロでもカマニ神の聖典までは用意できなかったらしく、いくつかぼかされている箇所はあるものの、一般向けであることから修正対象にはならないだろう。


「読み物としては退屈だな」


 少し硬すぎる印象がある。かといって、学術書ほど正確なわけでもなく、どっちつかずといった印象だ。

 いくつもの資料を良くまとめているとは思うのだが、カマニ教会の存続に弾みがつく内容とはやはり思えなかった。


 ギリソン教会の思惑通りに展開するのは癪に障るため、カナエは本を読み進めつつ打開策を考える。

 有効な手段が思いつかないまま本を読み終えたカナエは窓の外を見て日が落ちかけているのを知り、部屋を見回した。


「セキのやつ、いつまで遊んでるんだ?」


 一応は追われる身であるため、少し心配になる。

 軍用の魔法を一人で扱う少女だ。周りにどんな被害が出るか知れたものではない。

 セキを呼びに一階へ降りてみると、人でごった返していた。さほど広くはないスペースに二十人ほど。老若男女が揃っているが人々の視線は中央のテーブルに集まっていた。

 階段の高さを利用して人垣の頭越しにテーブルを見る。


「なにしてんだ、あいつ」


 テーブルにはセキと見たことのない女性が座っていた。両者ともにカードを手にして、テーブルにはチップが積まれている。

 固唾を飲んで見守る周囲の反応やテーブル上のチップの枚数などから察するに、賭けカード大会をして、現在は決勝戦らしい。


「なかなかやるわね」


 セキの対戦相手がポーカーフェイスで褒める。

 セキは無言で掛け金を倍にした。

 対戦相手のポーカーフェイスは崩れないが、セキは対戦相手のしぐさから何かを察したらしくニコリと笑う。


「もとより運は良い方なのじゃ。読み合いを鍛えれば大成すると言われたこともあるのじゃが、おぬし、微妙な手札を引いたものじゃな」

「あら、鎌掛けかしら?」

「いや、確信なのじゃ。スリーカードじゃろ?」

「どうかしらね?」

「おぬし、気付いておらぬか。スリーカードより弱い手札の時はカードを持つ手を気持ち体に引き寄せる癖があるのじゃ」


 本人も意識していないことだったのか、対戦相手の動きが止まる。

 セキはもう勝負はついたとばかりに手札をテーブルにおいた。


「ほれ、財布を逆さにするのじゃ。なーに、ドリンク代くらいは返してやる。現物じゃがな」


 フォーカードを見せられた対戦相手が降参と呟いて手札を見せる。五のスリーカード。

 セキが店主に声をかけた。


「付き合ってくれたギャラリーと参加者にドリンクをプレゼントなのじゃ。良い暇つぶしになった。残金はカマニ教会に寄付しておくのじゃ。美味しい魚を取ってくる漁師に幸いあれ!」


 拍手の中、セキがカナエの元に歩いてくる。


「読み終わったのじゃな?」

「ついさっきな。凄い盛り上がりだが、良いのか?」

「これ以上長居すると宿の客が入れぬのじゃ」


 一階の人口密度を再確認したカナエは納得して、セキと共に二階の客室へ戻る。

 一階や店の外でドリンクを飲みながら話しているギャラリーたちが少し騒がしい。

 カナエは窓を閉めて音を遮ると、収納魔法に入れてあった暗号書物『リンペンインシャンツェン』を取り出した。

 セキはベッドの上に寝転がり、カナエを横目で見る。


「まだ読むのじゃな……」

「セキの記憶にも関わりがあるかもしれない本だぞ」

「それはそうじゃが、丸一日もの間、我を放っておいて……まぁよい、解読方法は分かるのか?」


 のそのそとベッドから降りて歩いてきたセキはカナエが拡げた暗号書物を覗き込む。


「あ、見たことがあるのじゃ」

「解読法は?」

「知らん。ペイリは教えてくれなかった。でも、聞き込みをしたり噂話を聞いた後には必ず書いていたはずなのじゃ」


 セキは椅子に座り、『リンペンインシャンツェン』の写本をぺらぺらとめくる。


「よく出来ておる。完璧な模写なのじゃ」

「多分、今までもいくつかの模写を市場に流していたんだろうな」


 知り合いに見せてもらった写本も同じような材質だったのを思い出しながら、カナエは新たに用意した紙に文字をいくつか書き写していく。


「セキの証言が事実だとして、聞き込みや噂話を書き込んでいたのなら――ネタ帳か?」


 仮にネタ帳であるのなら、ペイリが働いたいくつもの詐欺をヒントにキーワードを抽出し、被っている文字などから暗号が解けるかもしれない。

 カナエはペイリが関与した詐欺事件を思い起こしながらページをめくっていく。


「わからないな」

「そう簡単に読み解けるのならば、他の者が解読しておるのじゃ」

「ネタ帳じゃないか、なんてすぐに思いつくしな。それに、明るみになっていない事件や未遂も含めるとキーワード抽出も難航しそうだ」


 手ごわいな、と気合を入れ直していると、写本を眺めていたセキが顔を上げた。


「読めたのじゃ」

「……いま、なんて?」

「だから、読めたのじゃ。ペイリと一緒にいたときに噂を聞いて、かつ、その夜にペイリがこれを書いていたページを特定したから、読めたのじゃ」


 ペイリと過ごした記憶のあるセキにしかできない解読方法に、カナエは疑いの目を向ける。

 稀代の詐欺師と謳われるペイリが活躍したのは八十年前であり、セキは年齢不詳とはいえ外見は十二、三歳に過ぎない。ペイリと過ごした記憶があると言われても妄想か夢想のどちらかとしか言えないのだ。

 だが、その記憶をもとにペイリの暗号文書を解読したとなると、話は変わってくる。

 セキも自分の異常性に気付き、困り顔をしている。


「どうなっておるのじゃ。我は何者じゃ?」

「俺の方が知りたいくらいだ。とりあえず、解読したところを音読してみろ」


 カナエはセキが記憶を頼りに読んだという文章を紙に書き写し、他の文章との類似を探しはじめた。


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