第3話 人格切り替えは希少本で
小さな貝やすり身にした魚が乗った小さめのピザをを食べながら、カナエはアルミロの話を聞き終える。
「資料に関してはアルミロさんが提供し、本の査読とパンフレットの原案、デザインの作成の依頼。こちらの資料も適宜利用しつつ、資料代として別途計算、支払われる、と。私が持っているのはほぼ希少本です。資料代は相当な金額になりますよ?」
「構わん。金貨三百枚までは出せる。それ以上となると即金では無理だが」
「……なぜ、そこまで?」
カマニ神は船乗りにとって非常に優秀な権能魔法を持つが、パラネターク以外にも教会が建っている。
権能魔法が目当てならパラネターク教会にこだわる必要はない。
アルミロはシェリー酒を傾け、店の入り口にちらりと目を向ける。まだ開店時間になっていないこともあり、入ってくる客はいない。
「ペイリさんから言われているのだ。教会を潰させるな。魔物の大氾濫の引き金になると」
「それは本当ですか?」
「分からん。根拠を尋ねたがはぐらかされた」
「話の真贋ではなく、ペイリ氏がそれを言ったのかを聞きたいんです」
「……君、何かを掴んでいるのか?」
アルミロが探るようにカナエを見て、すぐに目頭を揉んだ。
「あぁ、いかん。陸で政争に関わりすぎた。つい疑ってしまう。すまなかった」
港湾議会で派閥を束ねているだけあって、腹の探り合いばかりしていたのだろう、無礼を詫びるアルミロに、カナエは気にしていないと軽く手を振った。
カナエはセキから渡された燻製鮭の薄切りが乗ったクラッカーを口に入れつつ、どこまで目の前の老人に話すべきかと思案する。
「確認したいことがいくつかあります。ペイリ氏が発言したので間違いはないですか?」
「あぁ、間違いないな」
「港湾議会でカマニ教会取り壊しを主張する一派の背景にギリソン教会はいますか?」
「いるとも。おかげで我々は苦戦している」
確認が取れたカナエは「内密にお願いします」と断りを入れる。
気を利かせたセキがマヨウに一曲ねだり、マヨウをカナエたちから遠ざけた。
カナエは目くばせでセキに礼を言い、アルミロに話す。
「申し遅れました。私はバーズ王国男爵、カナエ・シュレイデンです」
「――バーズ禁書庫の主か?」
驚いたようにアルミロはカナエをじろじろと見る。
「異端として殺されたと聞いたが」
「御存知でしたか。禁書庫に火を放たれまして、頭に来たのでギリソン教会と枢機卿会議に火をつけてやろうとネタを探しています」
「う、うむ。ほどほどにな。しかし、ともにギリソン教会を仮想敵にしているのは分かった」
共通の敵がいるのなら、利害関係も構築しやすい。政争に疲れているアルミロは楽ができると肩の力を抜いた。
カナエは続けて、除虫の神『ガラガナガラ』の教会と周辺の森の状況を説明した。
アルミロの顔が険しくなる。
「同様の事が、カマニ神の教会でも起こり得る、そう言いたいのだな?」
「おそらくは、狙っている者がいます。それも、ギリソン教会内部に」
「昔から、ギリソン教会には他の教会を潰そうとする動きがある。だが、少し腑に落ちんのだ。ガラガナガラの件で、ギリソン教会の司者はカナエ殿に魔物の討伐のきっかけを作った礼を言ったのだろう?」
アルミロの疑問に、カナエは深く頷いた。
「えぇ、そこなんですよ。ギリソン教会の内部で二派があり、意見が割れているのではないかとも思ったのですが」
「それならば、魔物との関係を暴露すればよい。そうすれば、教会を取り壊すだのと言った話は出なくなる」
「つまり、二派は教会の取り壊しについて意見が一致していて、片方は魔物の大氾濫を阻止したい、もう片方は大氾濫を誘発したい。この形ですかね?」
「妥当だな。とすれば、カマニ教会の取り壊しに関してギリソン教会の内部争いは利用できないか」
残念そうな顔をするアルミロに、カナエはストレートに尋ねる。
「アルミロさんは、カマニ教会の本を編纂したとして、取り壊し反対派に勢いがつくと思いますか?」
「さざ波が浜に寄せる程度には、な」
「『浜の貝娘』ですか。意外な本を読みますね」
「ペイリさんが好きだった本でな」
前に進もうと勇気を出すも、怖気づいて後退し、また前に進む勇気を出すも、また――そんな少女の恋物語『浜の貝娘』にある一文だ。
カマニ神の本が完成して勢いがつくとしても一過性のモノ。すぐに後退することになるとアルミロも考えているらしい。
「だが、打てる手は打ち尽くさねばならない。カナエ殿の話を聞いた今はなおさらだ」
「私としても、妙案があるわけではないです。ご依頼はお受けしましょう。しかし、報酬について相談させていただきたい」
「聞こう」
交易で財を成した大商人だけあって、大概の要求をかなえられる自信があるのだろう。アルミロは悩みもせずに要求を聞く姿勢を取った。
カナエの要求はシンプルだ。
「ペイリ氏の手による暗号文書『リンペンインシャツェン』の原本、ないしは写本を持っていたら、複製させていただきたい」
「途端に目が輝きだしたな」
苦笑するアルミロの後ろ、マヨウの曲を聞いていたセキが呆れたようにカナエを見ていた。
アルミロは鞄に手を入れる。
「写本売りだと聞いていたから交渉材料になるかもしれんと持ってきておいてよかった」
そう言ってアルミロが取り出したのは大きめの手帳が二冊。
紙を追加していくことでページ数を調整できるバインダー式の手帳だが、一冊は非常に古びている。もう一冊は比較的新しく作られたもののようだ。
アルミロはテーブルに並べた二冊を同時にめくる。
「ペイリさんから譲り受けた手帳、巷では暗号文書『リンペンインシャツェン』と呼ばれるものの原本と、忠実に模写した写本だ」
「おぉ!」
思わず腰を浮かせたカナエに、アルミロは二冊の手帳を差し出す。
「両方持って行くといい。写本の内容に偽りがないか確認材料が必要だろう」
「ありがとうございまひゃっほー」
「……先ほどまでの理知的な君は作り物か?」
狂喜乱舞するカナエに、アルミロはやや懐疑的な視線を送る。
カナエの喜びようを見たセキが首を横に振った。
「恐ろしいことに、どっちも素なのじゃ」
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