第2話  静かな海賊、物申す

 船守りの神『カマニ』は港町などに古くから存在する神である。

 権能魔法は船酔いの防止や治癒であり、船乗りに信奉されてきた。また、乗り物酔いにも効果があるため旅ブームの際には馬車酔いなどを防止する目的で旅人が立ち寄ることも多かった。他に、壊血病の治癒が可能な唯一の神でもあり、船底にフジツボや藻が憑かなくなる権能魔法など、船乗りにとって優秀な権能魔法が揃っている。

 しかし、昨今は海上貿易の拡大により人手が足りなくなっており、さらに『カマニに頼るのは未熟な証』という風潮が流布し始めていた。

 信者の減少に伴い、既存の教会が減り始めており、悪循環に陥っている。


「後釜にギリソン教会が入っているというのが怪しさ満点なのじゃ」


 ミゲムから話を聞き、更にギルドや通行人、商店主などから噂を集めたカナエたちは通りを歩いていた。

 まだ、目的のご老人は来ていないようだ。


「風潮を作るためにギリソン教会が噂を流しているなんて話もあったな」

「もう真っ黒なのじゃ。炭なのじゃ」

「それはいい。よく燃えそうだ」


 冗談を返しつつ、カナエは広場で足を止める。

 オークションは終わったが、まだ旅芸人たちが多数残っていた。オークション参加者が帰路の護衛を依頼したことで冒険者や馬車が出払っており、帰れないのだろう。

 市場はまだ立っているため、あえて残ってもう一稼ぎしようともくろむ者も多いようだ。


「歩きづくめで疲れたのじゃ。ベンチは……埋まっておるのぅ」

「酒場がやっているかは微妙な時間だが、行ってみるか?」

「そうじゃな」


 酒場へと向かいつつ、話を続ける。


「港湾議会でも、カマニ教会取り潰しを狙うギリソン教会派と阻止したいアルミロ派で別れてるらしいな」

「ギリソン教会派が優勢、といった話ぶりだったのじゃ」

「一般的には教会と魔物の氾濫の関係なんて知られてないからな。日常的に利用するだろう快癒の神と船乗り専門と言っていい船守りの神なら、一般的には前者を選ぶ」


 だが、海上貿易や遠洋漁業に携わる船乗りにとっては不可欠な神でもあり、教会が減るのは利便性の問題で困る。場合によっては、寄港せずにカマニ教会がある町へ向かうようにもなるだろう。


「パラネタークは貿易都市なのじゃろ? カマニ教会の取り壊しに賛成するのは妙な気がするのじゃ」

「船乗りが多いからこそ〝未熟な証″のカマニ教会を利用できないんだろう。利用者の減少が先にあり、カマニ教会の取り壊しが持ち上がったんだからな」


 港湾議会と言っても、議員の大半は港のある町や都市の代表として利益を考えている。船乗りの利益だけを保護するわけではない。

 現状、パラネタークのカマニ教会取り壊しは秒読みだ。

 カマニ教会を取り壊せば魔力だまりとなり、パラネターク周辺で魔物が大量発生しかねない。

 ガラガナガラ教会周辺の森とは違い、パラネタークは港町。海に面しているため海で魔物が大量発生する可能性があり、対応できる冒険者は少ない。大災害になりえる。

 セキがカナエを見た。


「どうするのじゃ?」

「俺は議会に影響力なんかない。せいぜい、アルミロ氏にギリソン教会の企みを話すくらいだが、証拠に乏しく信じてもらえるかはわからない。信じてもらえたとして、民衆を納得させるには陰謀論の臭いが強すぎる」

「打つ手なし、なのじゃな」


 虫がいなくなった森の惨状を知っているため、セキはもどかしそうな顔をする。

 途中、街頭演説をする議員が「船乗りに長年貢献してくれたカマニ神の教会を取り壊すなどとんでもない。文化遺産としても残して置くべきである」と主張していた。

 目の付け所は良いが、訴求力は足りない。人々もあまり足を止めていなかった。

 酒場は扉が開いていたが、看板はまだ出ていなかった。

 やっているかどうか判断が付かず店の中を覗いてみると、見知った顔が弦をつま弾いていた。


「マヨウ?」


 セキが思わず名前を呼ぶと、マヨウはにこやかな顔で立ち上がった。


「これは奇遇。セキさんに、カナエさんも。お食事かい?」

「人探しの途中で立ち寄ったんです。食事もしますけどね」

「看板はまだ出てないけども、店の中に入っていて構わない。私の曲を聞いて行ってほしいしね」


 マヨウは二人を店の中に案内すると、厨房の店主に声をかけてから弦楽器を構えた。


「カナエさんから買った写本のおかげで一気にレパートリーが増えてね。店主さんから、店で演奏してほしいと依頼を受けて、この通り」

「店付きになったんですか。出世したようで何よりです」


 マヨウそっちのけでメニュー表とにらめっこしているセキの代わりに、カナエは話し相手になる。

 マヨウはすでにカナエから買った写本のネタに自分なりのアレンジを加えているらしい。

 調弦しながら、マヨウはカナエに感謝する。


「カナエさんたちのおかげだ。他にも、吟遊詩人や旅芸人があちこちで雇われて、感謝していたよ。遠方の劇場に出演が決まったとか、楽団から呼ばれたとか。まぁ、元々の実力もあってこそ、新ネタを披露してスベらなかったともいえる」

「その実力者の一人、大スターマヨウ様は何を聞かせてくれますかね? こう言ってはなんだけれど、最近のネタは大概知っていますよ?」


 ネタの発信源であるカナエが面白がって煽ると、マヨウは不敵に笑った。


「では披露いたしま――」

「こちらに写本売りがいると聞いたのだが」


 マヨウが弦を指で押さえた形で固まる。時間が止まったようなその硬直振りにセキが感心して拍手した。


「こういった道化もできるのじゃな」

「パントマイムなんかもやっていてね」


 ウインクしておどけるマヨウと楽しそうに拍手するセキの横で、カナエは声をかけてきた人物を見る。

 向こうは、カナエを見て意外そうな顔をした。


「一昨日ぶりだね」


 そう言って人のよさそうな笑みを浮かべる色黒の老人は名乗る。


「アルミロ・テュベッティという。噂の写本売りが冒険者ギルドの資料の校正作業までやったと聞いて、依頼に来た」


 まさか向こうから来るとは思わなかったと、カナエは内心驚きつつ、差し出されたアルミロの手を握った。


「私もアルミロさんを探していました。食事前ならどうです、ご一緒に」

「ありがとう。では、お招きにあずかろう」


 アルミロはテーブルに着くと、カナエに本題を切り出した。


「君に、カマニ神とその歴史について本を査読してほしい」


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