議会は対立
第1話 詐欺師の知り合いで静かな海賊
港町パラネタークは稀代の詐欺師ペイリが晩年を過ごした町だ。
となれば、『リンペンインシャンツェン』の原本、ないしは写本の持ち主がいてもおかしくはない。
「あの酒場で会ったご老人がペイリの知り合いだったのじゃろ? 連絡先は知らぬのか?」
「知らないな」
思い返せば、あの老人はオークションに出品されるのが『リンペンインシャンツェン』の贋作であることを見抜いているような口ぶりでもあった。
「あの酒場に行けばまた会えるのじゃ。なんか、ペイリとの思い出の店のようなことも言っておったのじゃし、食べてない魚がまだまだたくさんあるのじゃ」
「魚を食べたいだけだろ、お前」
『リンペンインシャンツェン』はセキの記憶を取り戻す手がかりにもなりうるというのに、魚の方が優先らしい。
酒場の開店は日が落ちてからであり、まだしばらくは時間がある。
夜には酒場に行き、老人を探すか店主から話を聞くとして、今は別の方向から探してみるべきだ。
カナエは二冊の聖典を収納魔法に入れると、飲みかけの紅茶を空にした。
「ギルドに行く。ミゲムから話を聞いてみたい」
「町の出身者ならペイリの交友関係を知っているかもしれぬしの」
セキと連れだって部屋を出たカナエは、宿の店主に挨拶して外に出た。
店の前は綺麗に片付いている。異端者狩りたちの死体は衛兵が搬送し、呪いの解明を行うのだそうだ。
血が出ていなかったこともあり、惨劇の後は見つからない。すこし、周囲に人気がない程度だろう。
「のぅ、ンルーヌ神官と対峙した時に切り抜ける手段があると言っておったよな。結局、なにをするつもりだったのじゃ?」
「虜鳥だ。影伝心と影戯団の組み合わせで詠唱済みだった」
「……なるほど、我らを虜鳥で囲めば魔法的に鳥になる。人を対象としたンルーヌの権能魔法をやり過ごせるのじゃな」
「そう思ったんだがな。生き物全般に効果のある呪いの記述を『両刺の釘』の中に見つけた。反則だぞ、あの権能魔法」
問答無用で視認もできない遠距離から見たこともない相手すら呪い殺す事が出来る。
いまのカナエは『両刺の釘』を読んだことで呪いの術式を知り、対抗処置を取っているが、読む前には対策の取りようがない。
「原則として布教しないのも納得だ。危なすぎて神官を増やせないんだろう」
「簡単に大量虐殺が出来てしまうのじゃな」
「しかも、『両刺の釘』を持つ敵対者があれば殺し合いだな」
セキがカナエを見上げる。
「我に読ませてよかったのか?」
「軍用魔法を一人で扱うような奴が読んでも今更な気がするからな」
「その軍用魔法を一瞬で破りやがったのじゃ」
「まだ根に持ってんのか」
冒険者ギルドは静かだった。
すでに冒険者は依頼を受けて出払っているのだろう。オークションが終わり帰路の護衛を雇う参加者も多く、パラネタークの冒険者人口は一時的にガクンと落ちている。
カナエとセキは依頼掲示板を素通りしてまっすぐ資料室に向かい、ミゲムを見つけた。
「――ペイリの交友関係ですか?」
ミゲムは眼鏡の位置ずれを直しながら思い出す時間を稼ぎ、口を開いた。
「存命でかつ有名な方だと、アルミロ・テュベッティですかね」
「静かな海賊か」
「よく御存じで」
「有名人なのじゃな。聞いた事がないのじゃが」
無理もない、とカナエは説明する。
「港をもつ都市や町で作る港湾議会というものがある。漁業権や航路について、後は海産資源の管理のために漁獲高を話し合ったりする議会だ。そこに息のかかった議員を多数送り込んでいるやり手の商人がアルミロ・テュベッティだ」
「海賊が議会に議員を送るのか?」
ルールを作る側ではなく破る側じゃろ、というセキの疑問に、ミゲムが苦笑した。
「静かな海賊、は異名ですよ。議会に議員を送り込んでおきながら、自分の商売に影響が出ない限りは一切口を出さない。そのあり方から付いたんです」
アルミロ・テュベッティは海上貿易で伸し上がった豪商だ。
儲けた金で議員を後押して自らの商売を邪魔されないようにコントロールしている。かといって、自身への利益誘導はせず、政策立案にも非常に消極的だ。邪魔な議題が上がれば潰すというスタンスである。
影響力を維持しながらも口出ししないことでアルミロ・テュベッティは一般的には好かれもせず嫌われもしない絶妙な世評を維持している。
「いまだに現役で船に乗っているそうで、パラネターク出身の僕も顔も見たことがないですよ」
「船の上ってことは面会するのは難しいか」
有力者でもあるのでコネを作っておけば、ほかのペイリの関係者と接触する際に後ろ盾になってくれるかもしれない。そんな期待が露と消えた、かに見えた――
「パラネタークに来ているって噂はありますよ」
「そうなのか」
「はい。船守りの神『カマニ』の教会が取り壊されるかもしれないってことで、アルミロ・テュベッティが反対するために子飼いの議員を総動員するという話です」
教会の取り壊し、あまりにも自分たちが追う謎に符合するその言葉に、カナエは目を細めた。
「詳しい話を聞きたい」
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