第10話 事件の裏事情
宿の主に伝言を伝え、外の騒ぎを聞きつけた衛兵からの事情聴取を済ませたカナエとセキは明け方ようやく宿に戻った。
即ベッドにダイブして寝息を立てるセキを横目に、カナエは『両刺の釘』を読み始めた。
セキが目を覚ましたのは昼すぎだった。
「……一睡もしておらぬのか?」
「あぁ」
いまだに本を読み続けていたカナエに呆れ顔のセキだったが、すぐに気付く。
本を読んでいるときはいつでも機嫌がいいはずのカナエが険しい顔をしている。
「何かあったのじゃな?」
「もう少し待ってくれ。読み終えてから判断したい」
セキが昼食にと持ってきたサンドイッチをつまみつつ読み進めたカナエは、『両刺の釘』を閉じると収納魔法から『永久繭』を取り出した。
いくつかのページを見比べながら、カナエは考えをまとめていく。
紅茶を飲みながら待っていたセキが飽きてベッドの上をごろごろと転がり出した頃、カナエはようやく顔を上げた。
「セキ、ペイリに会った記憶があると言っていたが、それは何歳ごろのペイリだ?」
「カナエよりは年が上だったように思うのじゃ」
「全盛期か。齟齬はないが、セキの記憶がどこまでに当てになるか分からないしな」
「ようやく話し出したかと思えば、人の記憶を疑いおるとは失礼な奴なのじゃ」
「ペイリの全盛期は百から八十年前だ。セキは何歳だ?」
「分からんのじゃ」
「ボケてやがる」
「失礼なのじゃ!」
セキが枕を投げてくる。
カナエは枕を受け止め、机の上に置くとそこに肘をついた。
「二つの聖典を突き合わせて分かったことがある」
「ほほぉ。何が分かったのじゃ?」
「神はいない」
ベッドから降りたセキがカナエの向かいの席に腰掛ける。机の上の二つの聖典を見て、少し悩んだ後『両刺の釘』を手に取った。
「普通に呪いの魔法が書いてあるが、神がどうとは書かれていないのじゃ」
「重要なのは魔法そのものじゃない。どうやって、魔力を引き出すかだ」
「……うん?」
首をかしげたセキに、カナエは説明する。
「高次元上から魔力を引き出す魔法なんだよ。権能魔法はどれも規模や性質の問題で人の魔力では再現ができない」
「忘却魔法を使う奴が良く言うのじゃ」
「あれは厳密には封印魔法だ。完全に消去するわけではないし、取り戻すこともできる」
セキは『両刺の釘』をめくりながらカナエの話に納得して、聖典を閉じた。
「それで、高次元上とやらから魔力を引き出すのがどうして神がいないという話につながるのじゃ? そこに神がいるだけではないのか?」
「そうだな。言い方を変えよう。権能魔法に神は関係ない」
「では高次元上の魔力とやらの正体はなんなのじゃ?」
「信者が捧げた魔力が教会という儀式場で変換、高次元上に蓄えられている。聖典とは、その高次元上にアクセスして変換後の魔力を引き出し、無変換の人の魔力ではなしえない魔法を行使するための方法が記載されている本なんだ。だから、部外者には見せられない」
「う、うん?」
ちんぷんかんぷんなのじゃ、とセキはカナエにわかりやすい説明を求めた。
「簡単に言えば、教会は銀行窓口、高次元が金庫、聖典は金庫の鍵だ」
「おぉ、分かったのじゃ。教会で祈ると魔力を引き出されるのはそういうことなのじゃな。……強制徴収とは酷い銀行なのじゃ」
「祈りに来てるんだから合意の上だろ」
セキは除虫の神ガラガナガラの聖典『永久繭』を持ち上げた。
「のぅ、あの森のガラガナガラ教会は壊されておったよな。もしや、あの森で権能魔法は使われていなかったのか?」
「教会が魔力だまりになっていただろう。高次元から変換後の、つまりは除虫用の魔力があふれ出ていたんだ。だから周辺で虫がいなくなっていた」
「なるほどのぅ。理屈は分かったのじゃ」
「理屈がわかったところで、次の話だ」
「なんじゃ。まだあるのか」
気を抜きかけたセキがカナエを見る。
カナエは収納魔法から一冊の禁書を取り出した。
「『酔いを楽しむ嗜み』という酔いの神『ドレ』の教会が百五十年前に出版した本だ。この『ドレ』教会は百年ほど前に酒造の神『トケ』と快癒の神『ギリソン』に追い込まれ、廃神となった」
「またギリソン教会なのじゃな」
「酒の販売を行っていたドレとトケの対立に、ギリソン教会が介入したんだ。目的は、二日酔いを治す権能魔法であるドレの信者を奪うことだと考えられている。つまり、ギリソン教会は魔力源を欲していた」
信者が増えれば奉納される魔力が増える。
セキが「あ」と小さく声を上げた。
「最近、ギリソン教会が権能魔法を使うのを渋っているという話があったのじゃ」
「あぁ、ギリソン教会は外傷や毒などに対応する権能魔法で手広くやって信者を獲得し、国政にまで影響力を持っている。だが、手広くやりすぎて慢性的な魔力不足なんだ」
魔力の収支が合わず、信者の獲得に必死になっている。
「さて、てっとり早く信者を増やす方法はなんだと思う?」
「布教、だと地道じゃよな。うーん、怪我をすれば頼ってくるのじゃから、怪我をさせるのか? ……うわぁ、なのじゃ」
「気付いたか」
「ガラガナガラ教会の件でもカナエは言っておったのじゃ。ギリソン教会が魔物の氾濫を引き起こそうとしている可能性じゃな」
「酔いの神ドレは広範囲に勢力を持つ、つまりは魔力を多く蓄えた教会だった。それが各地で風化、または人為的に破損した場合、八十年前の魔物の大氾濫が起こる」
仮説でしかないが、筋が通った話にセキは唸った。
だが、証拠に乏しいため世間に公表しても受け入れられないだろう。
カナエ自身、物的証拠がない自らの仮説に半信半疑だった。まして、八十年前の魔物大氾濫時には生まれてもいないのだ。当時の情勢を知識として知っていても、酔いの神ドレの教会を起点に魔物の大氾濫が起きたかどうかさえ、調べなければわからない。
だが、当時の情勢を知り、かつギリソン教会と魔物の大氾濫の関係を知る手がかりならばある。
ギリソン教会が枢機卿を派遣してまで欲した暗号文書。
「――『リンペンインシャンツェン』の本物を手に入れるぞ」
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