第5話 本が繋ぐ友情って素敵
ビブリオマニアや吟遊詩人、旅芸人が続々と訪れ、写本が飛ぶように売れていく。
「こんなに儲かるのなら、冒険者になどならずとも良かったのじゃ」
ようやく客足が途絶え、在庫整理をしていたセキが言う。
カナエは首を横に振った。
「今回は環境の勝利だ」
古書市が立ち、オークションが行われるというビブリオマニアが集う状況下。加えて、祭りに誘われて旅芸人や吟遊詩人が集まっていた。
顧客になりうる人々がこうも一堂に会していなければ、口コミ効果も期待できずに売れなかっただろう。未だ、本は高級品なのだ。
「どれくらい儲かったのじゃ?」
「オークション資金としては充分なんだが、相手がギリソン教会だといくらあっても足りないな――枢機卿を闇討ちするか」
「やめんか!」
禁書庫を燃やされた恨みもあるため本当にやりかねないと、セキはカナエにくぎを刺す。
そんな二人の元に歩いてくる人影があった。
「話題の写本売りはあなた方ですかね?」
冒険者ギルドの職員の格好をした二十代後半の男性だ。港町だけあって日焼けした船乗りも多いこの町では彼の白い肌はよく目立つ。
眼鏡をかけたちょっと陰気な職員はミゲムと名乗った。
「多種多様な古書を売っている写本売りがいると噂になっていまして、それも、冒険者らしいとのことでちょっと依頼を受けてもらいに来ました」
「依頼、ですか?」
ちょうど在庫もなくなってきたため新たな資金稼ぎを考えようと思っていたカナエはミゲムの話の続きを促す。
「自分は資料室の整理を命じられたんです。それで、古くなった資料や少し真偽の怪しい情報が記載された資料が大量に出てきてしまいまして。これらの整理や校正を手伝っていただけないかと」
「やりましょう。セキ、行くぞ」
「待て、まだ報酬を聞いておらぬのじゃ」
今すぐにでも資料室へ向かおうとするカナエに抱き着いて無理やり座らせ、セキはミゲムを見る。
「いくらじゃ?」
「整理に関しては銀貨三枚。校正は一冊につき銀貨四枚でどうでしょうか?」
「妥当なところじゃな」
納得したセキが手を離すと、カナエはミゲムの腕を取り、放たれた矢のように冒険者ギルドへと向かった。
のんびり後を追ったセキが資料室に到着したころには書架の本の分類が半ば以上完了していた。あまりの手際に、ミゲムが部屋の隅で邪魔にならないよう膝を抱えている始末。
資料室に入ったセキに気付いて、ミゲムが乾いた笑みを浮かべる。
「何者なんですか、あの人。表紙を見ただけで信憑性が薄い資料を全部はじき出しましたよ」
「雑食の本の虫じゃ。カナエ、我は何を手伝えばよい?」
セキに声を掛けられたカナエは信憑性が薄い資料が並べられた簡易机を指さした。
「『タマニア海洋紀行』と『港湾都市国家群艦船によると思われる生物攪乱の記録』を基に、資料を読み、食い違う記述全てに付箋を張れ」
「了解なのじゃ」
セキは指示通り、資料価値が非常に高い二つの本を並べて、他の資料と照らし合わせはじめる。
ミゲムも指示を仰ぐべくカナエを見た。
カナエは資料棚から『亜竜分類絵図』を抜き出し、さらに収納魔法から『痕跡に見る生息域』を出してミゲムに渡した。
「その二つと食い違う記述を探してください」
「『痕跡に見る生息域』じゃないですか!? 希少本ですよ、これ!」
「汚損したら弁償してもらいます」
「十年分の給料が飛びかねないんですけど」
カナエから渡された希少本を慎重に扱うミゲムは、その記述にいちいち感動しながら読み進めていく。しばらくするとはっと気づいて、記述の食い違いを探す作業に戻るが、またしばらくすると希少本に集中するのを繰り返していた。
ミゲムの様子に気付いたセキが「あちゃーなのじゃ」と天井を仰いだ。
「感染したのじゃ」
「布教と言うんだ。間違えるな」
布教用の本が希少本かつもう発行していないんですけども。
ミゲムは希少本を読みながら、口を開く。
「ガイラス・バロットーマ氏の著作だけあって偏執的なまでに調べ上げてありますね。弟子のキィマン・ケットロー氏の『海洋魔物の系統図』はご存知ですか?」
「聞いた事はあるんですけどね。キィマン氏と共に嵐で船ごと沈んだとか。惜しいですよねぇ」
読みたかった、とカナエが書架の整理を続けながら残念そうにつぶやくと、ミゲムが顔を上げた。
「実は、持っているんですよ」
「……どういうことです?」
「キィマン・ケットロー氏の『海洋魔物の系統図』の草稿です。手記やまとめた資料そのものは海没しましたが、キィマン氏の自宅に置かれていた草稿は無事だったんです。これをキィマン氏の妻が売ってしまい、流れ流れて、私の元に」
カナエが書架を離れ、ふらふらとミゲムに近づき、膝を床に着けて首を垂れる。
「読ませてください!!」
神に唾吐く禁書庫の主カナエが崇め奉るようにミゲムに祈りをささげる。
ミゲムも椅子から立ち上がり、カナエの前に膝をついた。
「『痕跡に見る生息域』の写本をください!」
「承った!」
「同じく!」
がっしと両手を握り合い、互いの希少本の写本を交換する取引を成立させて感動する二人を、セキは白い目で見た。
「気持ち悪いのじゃ」
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