第4話  広がれ、類友の輪

 市内で有効な販売許可証を受け取り、カナエたちは早速広場に出向いた。

 広場では昨日と同様、芸を披露している人々がいる。

 見慣れた芸ばかりのためか、通行人は足を止めない。


「実力を見せるためにオリジナルをやらずに周りと同じ演目を見せているという可能性があるのじゃ」

「売ってみればわかるだろ」


 カナエは手ごろな相手に声をかけようと広場を見回す。

 すると意外にもカナエに声をかけてくるものがあった。


「昨日ぶりですね」


 声をかけてきたのはパラネタークまでの馬車に乗り合わせた旅芸人、マヨウだった。

 マヨウは休憩中なのか、芸の道具などは持っていない。

 カナエの視線に気付くと、マヨウはウインクした。


「敵情視察の真っ最中でして。お二人は?」

「あぁ、ちょっと芸のネタを売ろうと思いましてね」

「おや、面白そうな話だ」


 興味を惹かれた様子のマヨウに、カナエは収納魔法から取り出したセヌリの恋歌の写本を差し出す。

 ぺらぺらとめくっていたマヨウは「うーん」と感心したように唸り、カナエたちをベンチに誘った。

 三人で腰かけて、マヨウはセヌリの恋歌の写本を読み進めながら質問してくる。


「誰でも一度はセヌリの恋歌を聞いた事があるはずですが、元はこれですか?」

「えぇ。セヌリ地方の出身者は告白上手という典型がありますが、この本に由来しているとも言われています」


 古文書『セヌリの恋歌』はセヌリ地方に伝わっていた民間伝承と、そこから派生したいくつかの曲と歌詞が載っている。

 吟遊詩人向けに書かれた本であり、場の雰囲気を盛り上げるために詠唱や手の動きを必要としない演出用の魔法がいくつか記載されている。

 成立年代は三百年前と言われているが、表題のセヌリの恋歌を始めとしていくつかの歌が今でも吟遊詩人に歌われる名著だ。


「元ネタを知ると見えてくるものがありますね。いくらです?」

「一冊につき金貨二枚」

「うーん。もう少し安くなりません?」

「――そんなあなたにこの一枚、セヌリの恋歌断篇なのじゃ!」


 営業トークと共にセキが会話に割って入り、セヌリの恋歌の断篇を差し出す。

 マヨウは断篇を読み、カナエを見た。


「おいくら?」

「一枚で銅貨七枚」

「お求めやすいですが、やはり情報量が……しかし、うーん」

「こんなのもありますよ」


 悩むマヨウにカナエは詩集や各地の民族音楽の楽譜などを収納魔法から取り出していく。

 マヨウは山と積まれた書物に絶句し、頭を抱えた。


「破産する……」

「気に入った本との出会いは一期一会です。まして、ここにあるのは原典を私が所持している古文書やもう発行されていない物ばかり。この機を逃せばもう、手に入らないと思った方がいい」

「悪魔のささやきなのじゃ」

「まぁ、お金がない以上は仕方がない。マヨウさんにお勧めの本を見繕いましょう」

「大きな要求の後で小さな要求を出す。ペイリが話していた気がするのじゃ」

「本好きとしては、こうしてお勧めするのも至福のひとときなんですよ」

「親身になってみせ、互いの利益の一致を強調し、品物に信用と言う価値を上乗せする。ペイリもよくやっていたのじゃ――むぐぐ」


 うるさいセキに『笑顔が素敵』の魔法をかけて営業スマイルのまま話せなくする。


 マヨウは弾き語りや人形芝居を主に行う旅芸人兼吟遊詩人とのことで、カナエはオークション期間中にすぐに弾ける簡単な曲が乗った詩篇や『マッタイ二世の宮廷道化師、披露術』から人形芝居の項目を抜き出した断篇を金貨一枚と銀貨三枚で売った。


 マヨウが人形芝居の脚本を朗読し始める。

 傍らでカナエとセキが本の販売を始めるとすぐにそれが自分たちにネタを提供してくれると気付いたか、休憩に入った旅芸人や吟遊詩人が続々と覗きに来る。

 商売敵が力をつけて困るのは芸事の世界でも同じらしく、当初は興味がなさそうにしていた者たちも次第に集まってきた。


 それなりにいい値段がするため数人での共同購入も受け付けていると、どこから話を聞きつけたのか、オークション参加の本好きたちもちらほらと顔を出すようになった。

 そんな本好きの中に混じっているビブリオマニアがカナエとセキを見て目を丸くする。


「ぞ、蔵書卿? 生きて……?」

「はて、そのような人物は知らぬのじゃ」


 セキがすっとぼけると、おおよその事情を察したのか口を閉ざし、深く頷く。


「同好の士を思い出した記念にいくつか買って行こうと思うのだが」

「お客さんにはこっちの方が趣味に合うと思いますよ」


 カナエが収納魔法から芸事に関係のない禁書『マンベラ呪難口伝』の写本を見せる。

 ゴクリ、と喉を鳴らしたビブリオマニアが無言で財布から金貨十枚を取り出した。

 カナエはちらりと見て、写本を収納魔法に戻そうとする。

 ビブリオマニアが慌てる。


「ち、ちょっと、待ってくれ」

「これの価値が金貨十枚だと予想したのも無理はないです。断篇をかき集めただけのモノなら金貨十枚でも多いくらいでしょう。だが、これは五十ページあります。もちろん、原文で写本してありますよ」

「五十ページ……完品だと? いや、原典は喪失したはずでは……?」

「断篇を集めて復元しました。この文章はまさに芸術品。これ以上はネタバレになるから語れませんね」

「……金貨七十二枚。今の手持ち全てだ」

「いいでしょう。ですが、四十枚で手を打ちます。理由は、分かりますね?」

「知り合いが多数滞在している。声をかけよう」

「商談成立」


 固い握手を交わし、金貨四十枚と引き換えに禁書『マンベラ呪難口伝』の写本を渡す。

 ビブリオマニアはデレデレの緩みきった顔で周囲の旅芸人をドン引きさせながら、写本を両手で抱えてスキップして去った。

 セキがやれやれと空を見上げる。


「類が友を呼んで忙しくなりそうなのじゃ」

「稼ぎ時だ」


 カナエは収納魔法に入れてある在庫を紙に書きだしながら笑みを浮かべた。

 冒険者の時よりよっぽど生き生きしている。


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