第3話  記憶のかけら

 パラネタークは白い壁と赤い屋根で統一された、明るい街だ。区画整理が行き届いており、東西と南北を結ぶ二本の大通とそれに並行して走る数本の通りで構成され、あちこちに広場が存在する。

 オークション開催中は大広場に古書市の他、海産物を扱う特設の土産物市場などが立つという。

 案内図を見たセキが腕を組む。


「分かりやすい街なのじゃ。これ、魔法的な防衛はどうなっておるのじゃ? 王都なんかは都の道路でいくつかの防衛魔法陣が描かれておるのじゃろ?」

「パラネタークは防壁に魔法陣を仕込んである。都市国家だから常備兵力を維持しにくく、戦力は傭兵が主流だ。それで、傭兵を市内に入れずに防衛できるように、かつ、資材運搬をしやすくするためこの分かりやすい街並みになった」

「ほほぉ、これが都市国家の最適解なのじゃな。でも、防壁を突破されたら弱そうなのじゃ」

「防壁を突破されるより早く降伏するんだよ。国王とかいないからな」

「そうか。守るのは王ではなく都市そのものなのじゃな。防壁であり、城なのか」

「正解だ。ほら、行くぞ。とりあえずギルドに顔見せだ」

「了解なのじゃ」


 並んで歩きだした二人は、すぐに冒険者ギルドに到着した。

 傭兵に近い職種である冒険者はその信用のなさも相まってギルドは防壁沿いにある。

 中に入ると、冒険者ギルドにしては綺麗なエントランスが出迎えた。大窓から明かりがふんだんに取り入れられ、掃き清められた白い床も相まって清潔感がある。

 冒険者たちも余所では見られないほど身綺麗にしていた。


「返り血を浴びている冒険者もおらぬのじゃ」

「裏手に回るんだろう。ここに査定カウンターがない」

「本当なのじゃ。外聞に注意せぬと、追い出されそうなギルドじゃな」


 きょろきょろと見回すセキの動きで初めての利用者だと分かったのだろう、職員の女性が近づいてくる。


「如何なさいましたか?」

「パッタヤナから来ました。しばらく滞在しますので、顔見せに」

「そうでしたか。こちらにどうぞ。冒険者証の提示もお願いします」


 テーブル席に案内され、手続きを済ませる。


「オークション開催に備えて付近の調査や討伐を済ませてありますので、緊急招集がかかることはまずないと思います。ですが、一応は宿泊先が決まりましたらお知らせください」


 丁寧に対応しているが、職員はそれとなくカナエとセキの様子をうかがっている。

 値踏みされているのに気付いていたカナエだったが、新参の人となりを見るのは当然だろうと気にもせず書類を書き終えた。

 同様にセキもさっさと書類を提出し、依頼掲示板に歩いて行こうとする。


「待て」

「なんじゃ?」

「先に宿を決めに行く」


 セキを捕まえたカナエはそのまま冒険者ギルドを出た。

 職員に宿泊場所はギルドの近くを勧められたが、カナエは静かな環境を求めて都市の中央部へ向かって歩き出す。


「依頼を見ておいてもよかったと思うのじゃが?」

「碌なものはない。討伐が終わっているようだし、オークション中に開かれる市場に出す品物もすでに出そろっているだろうから採集依頼もない。あるとすれば、護衛依頼か遠出しないといけないモノばかりだろう」

「金を稼ぐのじゃろ?」

「もっと効率のいい稼ぎ方があるかもしれない」


 宿を捜し歩いて広場に入ったカナエは周囲を見回す。

 芸を披露している旅芸人、吟遊詩人があちこちにいる。


「聞いたような曲なのじゃ」

「セヌリの恋歌だ」

「……それ、影伝心の元ネタじゃろ?」

「元ネタが知られてないんだ。なにしろ古い書物だからな。言っておくが、セヌリの恋歌は禁書ではない」


 カナエは広場のベンチにセキを誘い、広場で芸を披露する人々を見て手帳に書き込みはじめる。

 セキは吟遊詩人の曲に合わせて足を前後に揺らしながら拍子をとっていたが、すぐに飽きて欠伸する。


「多少改変しておるが、やっぱりどこかで聞いたのじゃ」

「有名な歌だからな。もっとも、セヌリの恋歌だけが有名になっていて、同じ本にある他の曲は知られていないんだが」

「ふむ。カナエが歌って広めるついでにおひねりで稼ぐのか?」

「惜しいな。セヌリの恋歌の写本を売るんだ」

「そっちか。しかし、写本と言っても時間がかかるじゃろ?」


 我は字が汚いのじゃ、と先手を打ってくるセキに、カナエは無言で収納魔法から魔物の骨で作られた活字を取り出した。


「おぬしの収納魔法はこんなものまで入っておるのか。物置みたいなのじゃ」

「うるさいぞ。それは俺が十歳の頃に作ったお手製だ」

「そんなころから活字中毒だったのじゃな」

「それで買った古書を写本して売りさばいた金で新しい本を買っていたんだ」

「経済活動すら本で回っておるのか、おぬし」


 呆れを通り越して畏怖の籠った目を向けるセキに、カナエは胸を張る。


「当たり前だ。村にはまともな本がなかったからな」

「親御さんの苦労が目に浮かぶのじゃ。しかし、これで写本するのなら多少の時間短縮はできそうなのじゃ」

「そして、印刷済みのセヌリの恋歌がこれだ」

「用意の良い奴なのじゃ。しれっと現代語訳されておるし……」


 かつて小遣い稼ぎに売っていた写本の残りだが、十分に売り物になる。


「後は、人気がありそうなページごとにばらし売りもする。そんなわけで、セキはどれがいい?」

「こういう手伝いなら歓迎なのじゃ」


 セヌリの恋歌の写本を読みながら口ずさむセキを横目に、カナエは手帳に広場で披露されている芸を書き込んでいく。

 市場調査を終えて、カナエたちは広場を後にした。


 途中でオークション会場に立ち寄り、カタログを購入して近くの宿をとる。

 多額の金が動くオークション会場のすぐそばだけあって、立派な宿だ。

 カナエは適当な部屋を取り、セキと共に部屋に入った。

 さっそくベッドにダイブして軟らかさを堪能するセキを無視して、カナエは椅子に座る。


「これと言って、ギリソン教会の興味を引きそうな本が見当たらないな」

「オークションカタログじゃな?」


 ベッドから降りて近寄ってきたセキがカナエの膝に座ってカタログを覗き込む。


「いろいろあるのじゃ。あ、これは禁書庫で見たのじゃ」

「『クラリナ女伯爵回顧録』か。原本は俺の収納魔法の中だな。ビブリオマニアに限らず、様々な人が尊敬する大人物だ」

「なんじゃ、この『幸せの絶頂に死するべき』というのは。哲学書なのか?」

「いや、殺人鬼が独房で書いた手記と供述書を編纂した本だ。生涯で百七十人を殺して回ったと語る殺人鬼ピューズーが自らの美学について綴ったものでな。彼は、人は笑顔の瞬間が最も美しいと考え、殺害した被害者のデスマスクを多数保管していた。そのほとんどが笑顔なのは――笑顔が素敵」


 カナエがセキの耳元でささやく。

 びっくりして真っ赤な顔で振り返ったセキだったが、意思に反して笑顔になった。

 カナエはセキを見てニヤニヤ笑う。


「なんだ、うれしかったのか?」

「……森で異端者狩りと戦った時の魔法なのじゃ」


 笑顔が戻せずに手で隠すセキの恨めし気な目に笑ったカナエは頷いた。


「そう。ピューズーが被害者を笑顔にするために開発した魔法だ。どんな感情を抱いていようと勝手に笑顔にさせられる。そして、笑顔の状態の被害者を殺し、デスマスクを取ったわけだ」

「猟奇殺人鬼ではないか」

「ちなみに禁書だ」

「魔法を使えるのなら、この本も持っておるのじゃな。オークションの出品物のほとんどを持っておるのじゃないか? このりん……りんぺんいん?」


 意味が分からず首をかしげながら、セキはカタログの半ばを指さす。


「リンペンインシャンツェンだな」

「何語なのじゃ?」

「さぁな。暗号文だと言われている。稀代の詐欺師、ペイリの手記だ」


 貴族、豪商、国家すらも手玉に取った凄腕の詐欺師である。

 その名を聞くと、セキはやっと知っているモノを見つけたと目を輝かせた。


「ペイリ! あやつは実に楽しい女じゃったな。確か、快癒の神ギリソンの教会の幹部とやらを強請って引き出した金で薬を買い締めて貧民に配ったことがあったのじゃ。枢機卿とやらが狙っているのはこれじゃないかの?」


 どうじゃ、と振り返ったセキを、カナエは何とも言えない顔で見返した。


「ペイリは八十年前に活躍した人物だ。性別も不詳だった。なぜ、会ったことがあるかのように話してる?」

「……あれ? いや、でも確かに会ったことがあるのじゃ。あれ?」


 自分でも混乱しているのか、セキは首をかしげる。

 カナエを背もたれに体重を預けたセキが仕切り首をかしげて記憶を呼び覚まそうとする。

 そんなセキを見て、カナエはカタログの『リンペンイシャンツェン』に丸印をつけた。


「とりあえず、セキの記憶の手がかりなのは確かだ。競り落とそう」

「持っておらぬのか?」

「贋作も多いからな。ペイリの隠し財宝が記された暗号文、とも言われているから、贋作で馬鹿をだますやつがいる」

「詐欺師の手記の贋作で詐欺をするのか。循環しておるのじゃ」

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