オークション、荒れる

第1話  一つ稼いで本のため、二つ稼いで――

「これはまた、大量にとってきましたね……」


 カナエがカウンターに置いた依頼品をみて、受付嬢が呆気にとられたように言う。

 依頼内容は希少薬草とキノコの採取。カナエが持ち込んだ成果は同じ依頼を別の冒険者に頼んだ場合の実に三倍以上だった。


「どうやってこんなに」

「山村の育ちでね。探し方を心得ているんだ。それより、査定をよろしく」


 カナエに促されて、受付嬢は鑑定士を呼び、仕分けてもらいつつ書類を書く。

 明細と共に渡された金貨の枚数を数え、カナエは収納魔法に放り込んだ。


「最近、凄く稼ぎますね」


 受付嬢が感心するのも無理はない。もともとCランク以上の実力を持つカナエだが、ここ数日の稼ぎはBランクに匹敵していた。Dランクとして護衛依頼などが受けられないにもかかわらずギルドの稼ぎ頭となっている。


「朝から晩まで働いておるのじゃ。付き合わされる我も眠たくて仕方がないのじゃ」

「宿で休んでいてもいいと言ってるだろ」

「働かざるモノ食うべからずなのじゃ」

「セキはついてきているだけで働いてないだろ」


 軍用魔法を使う機会などそうあるはずもなく、採取の際も群生地でもない限りカナエの方が目標の発見が早い。

 むしろ、足が遅い分邪魔ですらあった。


「本当に仲がよろしいですね」


 受付嬢がニコニコしながらそんなことを言ってくるので、カナエはため息をついてカウンターを離れた。

 セキが服の裾を掴んでくる。


「我も気になっていたのじゃ。なぜ、そんなに急いで金を稼ぐのじゃ? 生活費は十分に足りておるのじゃろ?」

「もうすぐオークションがあるんだ」

「なんじゃ、本か」

「そう、本だ。そんなわけだから、明日から遠出する。今日の所はギリソン教会の司者に挨拶して、宿の主にも話をしないとな」


 教会に向かって歩き出すカナエに、セキが訝しそうな顔をする。


「わざわざ挨拶に行くのじゃな?」

「喧嘩を売りに行くわけじゃないぞ。俺たちの姿が唐突に消えたら、司者が勘ぐるだろう。行先を告げておけば、変に探りを入れられずに済む」

「戦争も辞さぬと言っておきながら、こんな時には配慮するのじゃな」

「オークションに支障が出ると困るからな」


 一事が万事、本を中心に回っているカナエにとって、今回のオークションは邪魔されたくない重要なイベントだった。

 呆れ顔のセキがカナエを見上げる。


「大きなオークションなのか?」

「不定期に開催される書物オンリーのオークションだ。近くに古書市場も立つ。ビブリオマニアの祭典と言っていい」

「よだれが出とるぞ」

「おっと、いかん。あの匂いを思い出してつい。良いよな、古書の匂いは」

「ギリソン教会は快癒の神なのじゃ。ついでに頭の具合を診てもらってはどうじゃ?」


 残念ながら、手遅れですね。

 ギリソン教会に到着した末期活字中毒患者とセキは堂々と正面から礼拝堂に入った。

 傷病者の治療に関しては併設の治療院で行うため、礼拝堂は純粋に礼拝をおこなうためだけの施設だ。いまも信者や患者の親族らしき者が礼拝堂の奥に安置されたギリソンのエンブレムに祈りをささげている。


「ここがあの神の根城じゃな」

「石作りだから燃えにくそうだよな」

「やめい」


 本を燃やされた恨みの炎も通じない耐火性の礼拝堂を見回すと、奥から司者が歩いてきた。険しい顔をしているのは、カナエたちが殴り込みに来たとでも考えているからか。

 カナエはにっこりと腹黒さがうかがえる笑顔を浮かべ、十年来の旧友にでも接するように声をかけた。


「こんにちは。ちょっと港街パラネタークまで遠出するので、道中に怪我がないよう祈りに来ました」


 オークションの開催地を出しつつ自然に切り出すと、司者は一瞬考えるようなそぶりをした。

 しかし、カナエたちが殴り込みに来たわけではないと察したのか、警戒の色を滲ませつつも真摯に対応する。


「そうですか。奥へどうぞ。作法についてはご存知ですか?」

「えぇ存じてますよ。セキはどうだ?」

「知っておるのじゃ。冒険者が話しておったからな」


 ギリソンのエンブレムの前で祈っている信者たちが場所を開けるの待ちつつ、司者がカナエを探るように見る。


「パラネタークにはギリソン教会の枢機卿が滞在予定ですよ」

「へぇ、そうなんですか」


 すっと、カナエの瞳に憎悪の火がともったのをいち早く察したセキが服を引っ張って気を引いた。

 書物のオークションが開催される場所に禁書庫を燃やしたギリソン教会の枢機卿が滞在予定。キナ臭いどころの話ではない情報だ。

 司者がカナエからさりげなく距離を取った。


「パラネタークには何をしに?」

「港町に魚を食べる以外に行くはずがないでしょう?」


 カナエはさらりと嘘を吐いた。

 あまつさえ、司者に質問を返す。


「枢機卿はなぜ港町に?」

「……私も詳しいことは分かりませんね」

「そうですか。まぁ、我々には関係ないですね」


 警戒されているのは分かっているため話を続けようとはせず、カナエは神に祈りをささげる。

 身体から魔力が引き出され、ギリソン教会のエンブレムへと向かう感覚。

 ある程度祈った後、カナエは市民証代わりの冒険者カードを見せて台帳に記入した。


「最近、二か月以内に祈りをささげていないと権能魔法を使ってもらえないと聞いたんですが、本当ですか?」


 台帳に記入を終えたカナエは冒険者ギルドでの噂の真偽を尋ねる。

 司者は少し驚いたような顔をした。

 すぐに真顔になった司者は首を横に振る。


「ギリソンは患者を選びません。しかしながら、我々の力及ばず治す事が出来ない病気も多いのです。少しずつ克服してはいますが……」


 患者の遺族から罵倒されることもあるからか、条件反射のように定型的な言葉が返ってきた。

 素直に認めるとは思っていないため、カナエもそれ以上の追求はせず、ギリソン教会を後にした。


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