第13話 焚書により戦の火蓋は切られたのだ
「――けが人は七名、いずれも軽症で死者はなし。全体の討伐数は百五十三体だ。みな、よくやってくれた。今日は無礼講だ!」
魔物掃討戦の打ち上げに冒険者ギルドの訓練場で立食パーティーが開かれていた。
後発の回収班により、討伐した魔物の素材が大量にギルドへと納入されたことで懐が潤っているらしい。
テーブルがいくつも置かれ、そこに料理が運ばれてくる。元が訓練場だとは思えない状態だが、試験でセキが抉った訓練場の端のクレーターが名残を残していた。
埋めなくていいのだろうか、とカナエはクレーターの淵から底を覗き込んで考えていた。
落ちないようにカナエの服の裾をぎゅっと握りしめて、自らが開けたクレーターを覗き込んだセキが首をかしげる。
「梯子が掛けられているのじゃ」
「横穴も掘られてる。訓練場の下に地下倉庫でも作る気か」
冒険者ギルドは転んでもただでは起きないらしい。
クレーターを覗き込んでいたカナエたちに副ギルド長が声をかけてきた。
「新人、あまり覗きこまないでくれ」
「どうしてですか?」
自分で開けたクレーターだけあって用途は気になるらしく、セキはいまだに穴を覗いている。梯子を下りたいのか、ちらちらとみていた。
苦笑した副ギルド長は口の前に人差し指を立てて内緒の話だと前振りしてから、周りに聞こえないように小さな声で続けた。
「薬品倉庫になる予定だ」
「えっと、それで?」
冒険者は魔物を相手にするため、毒薬、治療薬の類に触れる機会が多い。薬品倉庫に備蓄するのもおかしな話ではなく、内緒にする必要が分からなかった。
副ギルド長は「あぁ、新人だもんな」と呟いて、続けた。
「ここに入れるのは傷薬だ」
「……どうして、傷薬を?」
外傷の治癒はギリソン教会の権能魔法の出番だ。今回の魔物掃討戦でも医療団を派遣してもらっているほどだからギルドとの関係は良好だろう。
わざわざ外傷に備えた薬を備蓄するのはなぜか。
「最近、ギリソン教会が権能魔法の使用を渋っている。冒険者相手にはそうでもないが、町の住人は少し不満が溜まっていてな」
「初耳ですね」
「そうか。今回の作戦で外から応援に来た冒険者にも話を聞いたが、どの町でも同じらしい。四年前から巡礼団の派遣が無くなったことも合わせて、備えておこうと思ってな。ただ、ギリソン教会から支援を受けている俺たちが傷薬を備蓄すると外聞が悪い。あまり外で話すな」
「事情は分かりました」
納得して、カナエはセキを連れてクレーターを離れる。
副ギルド長は外から応援に来てくれた冒険者に挨拶に行くとのことで離れた。つまり、挨拶よりも優先して、カナエたちをクレーターから遠ざけたかったのだろう。
セキがテーブルからクッキーを皿に山盛りにして戻ってくる。
「冒険者向けじゃから水を抜きすぎて岩みたいなクッキーを想像してたのじゃが、これは大当たりなのじゃ。サクサクじゃよ、サックサク!」
「おぉ、よかったな。他の人の分も残しておけよ」
「心得ておる。サク美味、サク美味なのじゃ。お、ジャム乗せもよい。カナエもどうじゃ?」
「後にしておこう。なんか来るしな」
「うむ?」
足音を聞きつけたカナエがクッキーを遠慮して後ろを見ると、ギリソン教会のエンブレムをつけた男が立っていた。
作戦中、医療班を率いていた男だ。カナエと目が合うと、友好的な笑みを浮かべてくる。本心はどうあれ、この場で騒動を起こすつもりはないらしい。
「こんにちは。新人らしからぬ大層なご活躍だったそうですね」
意訳『うちの異端者狩りが世話になったな?』に対し、カナエはつまらなそうに肩をすくめた。
「腕に覚えがありまして。ザコばかりでしたよ」
意訳『異端者狩り弱すぎない?』に対し、男が笑みを深めた。
「町に住む者として心強いですね。しかし、昨今は強い魔物が各地で確認されています。お気を付けください」
意訳『もっと強い奴を送り込んでやろうか?』との脅し。
「魔物と融和は無理ですからね。強い魔物の死骸を掲げて歩けば弱いのが寄ってこなくなるそうですが」
意訳『お前らと仲良くできないから、次が来たら暴露するぞ?』との買い言葉。
睨み合う両者を眺めて、セキがうんざりした顔でクッキーを齧った。
「おぬしらを見ているとせっかくのサクサククッキーがドロドロしてくるのじゃ」
セキをちらりと見た男は一瞬戸惑ったようにカナエと見比べた。
「本当に妹連れなんですね」
「我もザコの討伐程度はできるのじゃ」
「……私もクッキーをいただいても?」
「自分で取ってくるがよいのじゃ」
すげなく断られて、歩み寄りは不可能と悟ったらしい。
男は周囲の目を気にしてから静かに告げた。
「誤解があるかもしれませんが、魔物の討伐に冒険者ギルドが動くきっかけを作ってくださったことに私共も感謝しています」
「ほぉ」
セキが真意を探るように男を見つめてから、こくりと頷いた。
カナエは男の言葉の真偽を測りかねたが、ひとまず続く言葉を促した。
「それで?」
「これ以上の深入りは戦争になりかねません」
「それは、どことどこの?」
「我々と、後は記憶にないですね」
唐突に話を打ち切って、男は背を向けて去っていく。
セキが混乱したようにカナエを見上げて答えをねだる。
「何だったのじゃ、今の。暗喩か?」
「記憶の神『パッツォ』の神官の常套句だ」
記憶の神『パッツォ』の権能魔法は忘却と記憶の呼び起こしである。昔、諜報員を多用した国王がパッツォの神官にこう尋ねた。
『パッツォの神官こそが最も機密を握っているのではないか?』
対する神官の言葉は非常にシンプル。
『記憶にないですね』
「この逸話が転じて、パッツォを利用する諜報員やそれを利用する貴族、国を指す暗喩になったんだ」
「カナエが異端者狩りの記憶を消したから、ギリソン教会を探りに来た諜報員だと思ったのじゃな。しかし、戦争とは物騒なのじゃ」
「そうだな。だが、これでギリソン教会が組織として動いているのは確定だ。この町の教会だけではないのなら、ギリソン教会の権威が揺らぐネタが手に入るかもしれない」
「警告を無視してよいのか?」
「本を燃やされたんだ。すでに戦争は始まっている」
「ぶれない奴じゃな」
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