第11話 禁術だけど分類上は生活魔法
異端者狩りの一人がカナエを睨み、口を開く。
「……なぜ、我らに気付い――」
「よっと」
黒ずくめが言い切る前に、カナエは鉤杖の端を持って周囲の木を力任せにぶっ叩いた。
カナエに叩かれた木の幹がぐにゃりと曲がる。しなだれかかるように倒れ行く木々の群れが異端者狩りたちに襲い掛かった。
「は?」
異常すぎる光景に異端者狩りは口を半開きにする。
遅れて自らの状況に気付いた異端者狩りたちが木々を避けるべく慌てて体勢を立て直し、落下地点から逃げ出して密集した。
轟音を立てて地面を叩いた木々が反動で戻っていく。
「風通しの良い閉塞世界――虜鳥」
カナエの声が響き渡ったかと思うと、吹き荒れていた突風が風向きを変え、異端者狩りたちを包み込む。舞い上げる木の葉や木の実を見る限り、その風の流れはまるで鳥籠のようだった。
「風の簡易結界か」
密集陣の外側にいた異端者狩りの一人が、状況を内側に知らせる。
即座に打ち消そうと密集陣の内側で詠唱が始まった。
「祖は貪欲なる――」
「笑顔が素敵」
詠唱途中に場違いな口説き文句がカナエから発せられたかと思うと、異端者狩りたちの頬が緩み、口角が持ち上がる。意思に反して無理やり笑顔を作らされたことで詠唱を続けられない異端者狩りにカナエが鉤杖を向けた。
「我が命ずるままに囀れ――宵声の金糸雀」
カナエが魔法名を唱えた直後、異端者狩りたちの口が強制的に閉じられ、ピクリとも動かせなくなった。
驚愕する異端者狩りたちはまだ気付いていない。
魔法を連続発動するカナエの傍らに寄り添って、こっそりと攻城魔法を一人で詠唱している少女の存在に。
「――波月紋様」
鈴を転がすような愛らしい少女の声が森にリンと木霊する。
空中に浮かびあがった直径二メートルほどの月を象る球体が何か、異端者狩りたちは一人の例外もなく理解してしまった。
あんなの食らったら墓に何も入れられない状態になる、と。
カナエが鉤杖を肩に担ぐ。
「下手な動きをしたら殺す」
「どっちが悪者なのか分からぬのじゃ」
「バーズ王国法に照らし合わせれば俺たちが被害者だ。例え、こいつらを皆殺しにしてもな」
カナエは鉤杖を地面に掠るようにくるりと回し、打ち上がった赤みがかったオレンジ色の種を掴み取って異端者狩りたちに放り投げた。
「俺は優しい正義の味方だから、なぜお前たちに気付いたかを教えてやろう」
「優しい正義の味方は問答無用で攻撃せぬのじゃ」
セキのツッコミを無視して、カナエは投げつけた種を鉤杖で指し示す。
「それはポッタの種だ。まだばらまかれた直後のな。それが道中で散見された。だから、お前たちの存在に気付いたわけだ。何か質問は?」
カナエの問いかけを受け、異端者狩りの口が一斉に動く。
「なぜそれだけで?」
ぴたりと一致した台詞よりも、勝手に動いた口に愕然としている異端者狩りたちに、カナエは面倒くさそうにため息を吐いた。
「この森には虫がいない。虫を主食にする鳥もおらず、動物も少ない。ましてや、今は魔物の掃討戦の影響で動物も鳥も隠れている。これが前提条件だ」
地面からポッタの実を拾い上げたカナエはそれを指先で弄びながら続けた。
「ポッタの実は強い刺激を受けないと種をばらまかない。すなわち、俺たちに先行している存在がいないとポッタの種が落ちているはずがない」
ポッタの実のオレンジ色の笠を外して異端者狩りの一団に放り込む。種を噴き出しながら一団の中を縦横無尽に暴れまわるポッタの実に当たった何人かの顔が苦悶にゆがむ。
カナエの魔法により悲鳴も出せないのだ。
「植物系の魔物は周囲の環境を整える習性があり、ポッタの受粉を手伝うことはあっても種をばらまくことはしないんだ。それで結論を導き出す。俺たちの進む先で待ち伏せしている注意散漫なバカの群れがいるんだな、ってな」
説明は終わり、とカナエが言うと、セキが首をかしげた。
「結局、いくつの魔法を連続使用したのじゃ?」
「しなれしなだれ、虜鳥、笑顔が素敵、宵声の金糸雀の四つだな」
「それ、全部禁術じゃろ?」
「禁書に書かれているしな」
「というか、宵声の金糸雀は鳥にしか作用せんと言っておったのじゃ」
「虜鳥は対象を鳥籠に模した風の簡易結界に捉える魔法だが、捕えた者は魔法的に鳥と規定される副次効果がある。元はタカ狩りに使うタカを傷つけずに捕まえる魔法だ」
「とんでもないことをしておるのは自覚しとるよな?」
「理屈を知ってれば誰でもできるぞ。俺の蔵書を全部読んでみるか?」
「禁書は人に勧めるものではないのじゃ」
一人で攻城魔法を行使するセキですら、流れるように禁術を相互作用させるカナエに呆れ果てた。
カナエは異端者狩りたちに目を向ける。
「あぁ、今の会話は全部君たちの記憶から消えるから、安心してくれ。もっと言うと、ここで君たちが何をしていたのかも全部忘却の彼方になる。そういう魔法を使う」
「こやつ、まだ禁術を使う気なのじゃ」
やりたい放題のカナエは愉しそうに笑う。
「諜報員がお得意様の記憶の神『パッツォ』の権能魔法を使用しても記憶は戻らない。なぜなら、お前たちは今、魔法的には鳥だからだ。鳥の記憶を呼び起こす権能魔法なんて『パッツォ』の神官も持っていない」
「なぜ鳥の記憶を消す魔法なんてあるのじゃ?」
まるで虜鳥と組み合わせるために開発された魔法のように感じたのか、セキが首をかしげる。
カナエの笑みが引っ込んだ。
セキを見下ろして、言葉を選んだカナエだったが、適切な言葉が思いつかず仕方なく経緯を語る。
「むかーしむかし、とある貴族の奥様が飼っていた鳥が間男との睦言を覚えてしまった。それを消すための魔法だ」
「すっごい生臭いのじゃ」
ドン引きするセキに、カナエもさすがに居心地の悪さを覚えたか、顔をそむけた。
二人のやり取りを見せられて、異端者狩りたちは思うのだ。
その魔法、いまから自分たちが掛けられるんすよ、と。
だが、カナエは情報源をすぐに逃がしてくれるほどお人よしではない。
「とにかく、記憶は消してやるから、良心の呵責にさいなまれることはない。なぜ俺たちを襲ったのか、誰の命令か、洗いざらい話してもらうぞ」
なお、宵声の金糸雀の効果により黙秘権はない。
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