第10話  さらっと使う軍用魔法

 早朝、冒険者ギルドには多数の冒険者が詰めかけていた。

 昨夜にギルドの使いから連絡を受けたカナエとセキも冒険者の群れに加わった。


「昨日の今日で森の魔物の掃討戦とはな。動きが早い」

「町の存亡にかかわる事態なのじゃ。当然じゃろう」


 カナエは周囲の冒険者を見回す。

 この町を拠点とする冒険者はもちろん、カナエのような流れ者も多数いる。

 三から五人のパーティーを組んでいる場合がほとんどで、ギルドもパーティー単位で運用するつもりのようだ。パーティーを個別に呼び出して作戦内容と森の奥への進攻ルートを伝えている。

 カナエはセキと二人組で、森の奥にあるガラガナガラの教会を目指すことになった。

 カナエはある人物を見つけて、コートのフードを被る。


「やばい」

「なんじゃ?」

「お前も顔を隠しておけ」


 セキにフードを被せてやりながら、カナエはギルドの重鎮と話している男を見た。

 ハート形のボタンで留めるケープを羽織ったその男性は首から赤と青の魔法金属の針金で作られたエンブレムを下げている。動脈と静脈を象ったそのエンブレムは快癒の神を表していた。


「ギリソン教会の神官だ。ケープを羽織っているから司者だろう」


 教会関係者は高位から順に教主、枢機卿、司者、担い手と呼ばれている。中でも神の権能魔法を使用できるのは司者からであり、組織の取りまとめを行う教主や外部の教会との会合などを行う外交官である枢機卿とは異なり、実働部隊として動く。

 今回は魔物の掃討作戦であり、怪我人が多数出ることが予想されている。快癒の神ギリソン教会の司者が派遣されているのも、医療班としてだろう。


「禁書庫を燃やしたのもギリソン教会じゃったな」

「枢機卿会議での決定だからギリソン教会単独ではないが、実働部隊はギリソン教会が率いていた。そういうわけだから、隠れるぞ」


 教会関係者に手配書が出回っている可能性がある。

 カナエとセキはこそこそと冒険者集団の中に紛れ込んだ。

 副ギルド長が冒険者たちの前に出てきて今回の掃討作戦の目標討伐数などを語る。


「掃討対象は植物系の魔物たちであり、擬態と毒物に注意してもらいたい。また、今回はギリソン教会から司者を派遣していただいた。傷病者は直ちに撤退し、診てもらうように。遅行性の毒もあるので、素人判断は危険だ。くれぐれも、注意してもらいたい」


 念を押して、副ギルド長は森の方角を指さす。


「では、出陣!」


 副ギルド長が格好良く宣言したものの、個人主義が強い冒険者たちが足並みをそろえて行軍するはずもない。

 隊列らしい隊列もなく、誰も何も言わずとも現地で再集合となった。


「まとまりがないのじゃ」

「軍隊じゃないからな。むしろまとまっている方が不味い」

「なぜじゃ?」

「魔物被害に軍隊をむやみに動かすと他国を刺激するから、多国籍の冒険者ギルドが出来たんだ。それが個々ではなく集団で動くことになれば即座に地方軍閥化する」

「戦争になるわけじゃな。道理で色々と審査が緩いわけじゃ。連帯感が生まれぬよう、信用できない者を多数入れておく必要があるのじゃな」

「その信用のなさが問題視されてランク制度と依頼内容を紐付しているんだけどな。ギルドの運営はなかなか大変そうだ」


 出陣宣言がスベッて落ち込んでいる副ギルド長をちらりと見ながら、カナエは同情する。

 足の速い冒険者パーティーはすでに街道のはるか先を歩いている。ギルド側もこれを見越して先行している冒険者パーティーには斥候役を割り振っていた。

 森の外縁に到着したカナエたちは、斥候役がもたらした大まかな魔物の縄張りを共有してもらった後、森へと入る。

 他のパーティーを攻城魔法で巻き込む恐れありと見なされたのか、カナエとセキは他の冒険者と離れて行動だ。


「医療班は森の外か。もうフードをとってもいいのじゃな?」

「そうだな。フードで視界を制限されるのも嫌だし、とるか」


 揃ってフードをとり、森の奥へと歩き出す。

 相変わらず虫の気配はなく、多数の冒険者が入ったことで鳥は逃げ出し動物も息をひそめている。

 ひどく静かな森の中、時折、魔法攻撃の爆発音が遠くで聞こえた。


「ポッタの種が落ちておるのじゃ」


 地面に落ちている赤みがかったオレンジ色の種を見つけて、セキが報告する。

 カナエは肩をすくめた。


「拾い食いはよくないぞ?」

「せんわ!」

「それじゃあ、戦闘準備しとけ」

「うむ」


 セキが張り切って掌に魔力を集め始める。


「今回は多少地形が変わっても構わんのじゃな!」

「あまり派手に壊すなよ。それと、炎熱系は使用禁止だ」


 植物魔物は火に弱いが、すぐに死ぬわけではない。火が付いた状態で森の中を逃げ回られると火事になる。

 カナエは収納魔法から鉤杖を取り出した。

 二メートルの鉤杖を見たセキが怪訝な顔をする。


「そんな長物だと、この森では扱いづらいのじゃ。もう少し短いものはないのか?」

「あるにはあるが、これの方が使い勝手が良くてな。それに長物でも戦い方はある」

「業物なのか?」


 セキがカナエの鉤杖を観察する。

 装飾も銘もない、木製の杖だ。魔力が籠った魔法武器でもなく、丈夫で長いだけ。

 カナエは鉤杖で邪魔な枝を引っ掛け、てこの原理で折って道を作る。


「丈夫で魔力の通りがいい木を使っているが、そこらの工房で発注できる普通の杖だ。俺が本以外に金をかけるはずがないだろう?」

「説得力がありすぎて反応に困るのじゃ」


 呆れ顔のセキは掌に集中させた魔力をそのままに、カナエを見上げる。


「では、戦闘準備は完了じゃな?」

「あぁ、いつでもいいぞ」

「先制攻撃なのじゃ」


 セキが両手を合わせ、ジャンプしながらくるりと回転し、早口で詠唱する。


「寄せて渦巻け天へと登れ、臥龍は今こそ目覚めたもう。吼え猛るには良き空ぞ――龍巻吼空!」


 セキが合わせた両手を空に突き上げた直後、遠くの木々がざわついた。木々のざわめきは高速でセキへと殺到する。

 木の葉、落ち枝、木の実を巻き上げながらセキを中心に高速で回転するのは大気そのもの。

 猛烈な突風が木々を揺らし、木の陰に隠れてカナエとセキを包囲しつつあった黒ずくめの一団の体勢を崩させ、木の影から叩き出した。

 カナエはセキと共にほぼ無風となっている竜巻の中央で黒ずくめの一団に肩をすくめた。


「こんなところで何をしてるんだ――異端者狩りさん?」


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