第6話 異常の中心、異常者迫る
「……どうじゃ?」
「二十体だな。川の面積からするとあれが定員だ」
カナエたちは森の中を蛇行する川を遠目に眺めて魔物の数を数えていた。
「定員ということは氾濫間近なのじゃな?」
「日向を見ないと何とも言えないが、猶予はないだろうな。だが、幸い、まだ強い個体はいない。冒険者だけで討伐隊を組めば十分に鎮圧できる」
植物魔物は移動するため多くのエネルギーを必要とする。多くの場合、魔力溜まりでエネルギーを補給するが、縄張り争いに負けるような弱い魔物は川辺や日向での光合成でエネルギーを賄おうとする。
植物魔物のこういった習性を利用すれば、森全体にどれくらいの植物魔物がいるのか、全体的な強さはどれくらいかを推し量ることができる。
カナエは地図を広げて川の流れを見た後、森の奥に目を向けた。
「魔力溜まりの様子を見たいが、この地図だとどこにあるのかわからないな。今日の所は調査を切り上げて野営にする。廃教会に向かおう」
「分かったのじゃ」
森の奥にある除虫の神『ガラガナガラ』の教会を目指して歩き始める。
まだは陽が高いものの、森は草木が鬱蒼と茂っているため歩きにくく、早めに目指した方が良いだろうとの判断だった。
「それにしても、木の実だらけじゃな。これの何個かは魔物になるんじゃろ? 拾った方が良いかの?」
「きりがないからやめておけ。森にリスでも放った方が効率的だ」
セキがポッタの実を虫がいない証拠に集めてあるため、追加で拾う必要もない。魔物の氾濫の予兆があることもカナエが報告すれば、後は冒険者ギルドによる人海戦術でどうとでもなるだろう。
わざわざ二人で魔物だらけの森の中で木の実拾いなんて、危険なまねをする必要はない。
カナエが不意に足を止め、セキに立ち止まるよう手で合図を送る。
何事か、と視線で問いかけるセキを木の幹の陰に押し込み、カナエは森の奥を指さした。
カナエが指差した先にツタの塊がうごめいていた。緑色のツタにはトゲが付いており、そのとげを周囲の木に引っ掛けるようにして固定すると、ツタの塊がずるずると移動していく。動きは鈍いが無数のツタが鞭のようにしなり、空気を切り裂くヒュンヒュンという音を鳴らしていた。
「動くな。やり過ごす」
「うむ」
今回の依頼は調査依頼であって討伐依頼ではないため、無駄な戦闘をするつもりもなかった。
魔物が川の方角へ消えるのを待って、カナエとセキは再び歩き出す。
「魔物をちらほらと見かけるようになったのじゃ」
「奥に来たからな。ここまでは冒険者も狩りに来ないんだろう」
足場が悪く、木々の密度も濃いため武器を振り回しにくい。討伐依頼でも足を踏み入れない場所だ。
だからこそ、定期調査が行われるのだろう。
何度か魔物をやり過ごしていると、セキが難しい顔でカナエを見上げた。
「のぅ、魔物が強くなっておらんか?」
「俺もそう思っていた」
木の幹に背中を預けて休憩しながら、カナエはここまで出くわした魔物を振り返る。
廃教会に近づくほど魔物が強力になっている。
「魔力溜まりに近いほど、縄張り争いが激しくなって強い魔物が生息しておるんじゃよな?」
「そうだな」
「廃教会に近づくほど魔物が強くなっておるよな?」
「そうだな」
「廃教会が魔力溜まりになっておらんか?」
「なってそうだなぁ」
野営場所に決めていた場所が最も強い魔物の巣になっている可能性。
今更野営場所に適した場所を探しに戻ると夜になってしまう。この鬱蒼とした森で野営できるほど開けた場所が見つかるとも思えない。
だが、廃教会が魔力溜まりになっていた場合、そこに巣食っているのはこの森で最も強い魔物だろう。討伐した場合、廃教会はこれ以上を望めないほどの安全圏になる。
「行くだけ行ってみよう。外から見る分にはすぐ戦闘にはならないだろう」
周囲を観察すれば、痕跡から魔物の種類を特定できるかもしれない。調査依頼である以上、有益な情報であるため行く以外の選択肢もなかった。
「別に討伐しても構わんのじゃろ?」
「しなくても構わない、の間違いだ」
森の奥へ突き進むと、魔物との遭遇が減ってくる。廃教会を根城にする魔物の縄張りに入ったのだろう。
カナエは痕跡を探しつつ、廃教会が遠くに見える背の高い木を見つけて上った。
ちゃっかり一緒に上ってきたセキと並んで枝の上に腰掛け、廃教会を観察する。
森の中に建つ教会は民家であれば三件分はありそうな大きさだ。
不便な森の中に建つだけあって、礼拝堂の裏に神官たちの居住スペースが併設され、鶏小屋らしきものが離れたところに建っている。
教会は屋根が崩落していたりもせず、壁に凹みはあるが穴が開いている様子はない。窓は外れ、入り口の扉は残骸となって転がっているが、雨風をしのげるだけ仮の宿とするには上等に見えた。もっとも、中に魔物が巣食っていなければの話だ。
「どうじゃ?」
「どうじゃって、セキは凄腕魔法使いだろ。あの廃教会を見て何も感じないのか?」
「いや感じておるよ。あからさまに魔力溜まりじゃなって。でも、それ以外に見るべきところがあるじゃろ」
「意図的に廃教会が破壊された痕跡があることか?」
「……意図的、なのか。あの崩れ方」
両手で筒を作って教会を観察するセキに、カナエは水筒を取り出して休憩し始める。
「意図的だな。教会は祭る神だけじゃなく時代によっても様式が変わるんだが、これだけは弄ってはいけないって根幹部分がある。そういった根幹部分は壊れないように頑丈に作るんだが、あの廃教会はその根幹部分、ガラガナガラのエンブレムが崩れている。近くに行ってみないと分からないが、自然現象で壊れたとは思えない」
「魔物の仕業かの?」
「もうちょっとよく観察しないと分からないが、多分、人間の仕業だな」
「なぜ分かる?」
「エンブレムの凹み方から見て、打撃による破壊だが、打撃の角度が俺より少し背丈が低い人間によるスイングと同程度だ。それに、魔力溜まりを根城にする魔物が破壊したのなら、あの程度の損壊では済まない」
「証拠としては弱いのじゃ」
「だろうな。調査報告書にも備考欄で少し触れる程度にしておこう。それより、巣食っている魔物がどこにいるかが問題だ」
「中にいるのじゃろう?」
「植物魔物が日光を遮る屋内に潜んでいるのか。どれだけ魔力が溜まっているんだろうな」
戦いたくないな、と呟き、カナエが太陽を見上げる。まだ日没までいくらかの時間がある。
「影が離れてあなたの元へと届くなら、伝えられる思いもありましょうに」
カナエが呟くと、セキが怪訝な顔をした。
「吟遊詩人の真似事かの?」
「足元を見てみろ」
カナエが木の根元を指さす。
セキが見下ろしてみると、カナエの影が木の幹から離れて教会へと向かうのが見えた。
気味悪そうに影とカナエを見比べるセキに、カナエは苦笑する。
「影伝心という魔法だ。吟遊詩人がよく歌う恋歌の元ネタである『セヌリの恋歌』に記載されている。これだけでは影を使ったジェスチャーくらいしかできないが――」
カナエは教会の方を見て、手で鳥の形を作る。すると、独立して教会までたどり着いたカナエの影もまた同じ動きをし、鳥の影絵を作り出した。
「影戯団、鳥」
不意に鳥の鳴き声が教会から聞こえてきた。
警戒心などまるでないのか、何度も何度も鳴き続ける鳥の声は、独立したカナエの影から聞こえていた。
「『マッタイ二世の宮廷道化師、披露術』に記載がある、影で作り出した形によって匂いや音を発生させる魔法だ」
「……ギルドの試験で使ったじゃろう?」
「あぁ、試験官の後ろに影を送って声を届けた」
「小狡いのぅ」
言葉とは裏腹に感心しているらしく、セキは興味深そうに鳥の鳴き真似をし続けるカナエの影を見ていた。
すると、教会の入り口から魔物のモノらしき葉っぱが現れる。
人の頭ほどもあるラッパ状の赤い花を一輪咲かせた植物魔物だった。這うように根っこで地面を捉えて移動している。
けたたましく鳴き続ける鳥を殺しに来たのか、魔物は教会の周りを一周し始める。
「何じゃ、あの魔物……カナエ?」
見たことのない魔物の姿に首をかしげたセキは、突然枝の上で立ち上がったカナエを見上げた。
カナエは口を半開きにして驚愕し、魔物をじっと見つめている。
「……う」
「う?」
「うっひょう!」
奇声を上げたカナエが木の枝から飛び降りた。
唖然とするセキを置いてけぼりに、カナエは教会に向かって猛然と走り始める。
「……え、あ、ま、待つのじゃ!」
慌ててカナエを追いかけようとするセキの静止など聞きもしない。
カナエは喜びに満たされた顔で教会を、魔物を――魔物のツタに絡め取られた書物を目指す。
「除虫の神『ガラガナガラ』の聖典、『永久繭』だっひょっほー!」
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