第5話  太郎さんも近寄らない

 調査現場となる森は静まり返っていた。


「早くも不自然で違和感しかないな」

「今までの調査ではどうなっておるんじゃ?」

「動物が少しずつ数を減らしているとは書かれているんだが、虫が一切いないことには触れられていないな」

「元々虫がいない土地なのかもしれんのぅ」

「にわかには信じがたいが……あぁ、ありえない話でもないな」


 地図を思い出して納得し、カナエは森に分け入った。

 雑草が健やかに育ちきってカナエの行く手を遮っている。好き勝手に伸ばされた木々の枝からつる性の植物が垂れ下がり、周囲に花の香りをばらまいていた。

 適当な石を蹴り転がして裏側に虫がいないかを観察するが、やはり姿がない。


「原因に心当たりはあるんだが、それでもちょっと行き過ぎている気もするな」

「原因とはなんじゃ?」

「この森の奥に廃神の教会がある。除虫の神『ガラガナガラ』の教会だ」


 建物が残っているのなら今夜の野営地にでもしようと思っていたが、この様子ではどちらにしても見に行かないわけにはいかなくなった。

 セキがカナエの後ろを歩きながら、首をかしげる。


「なんじゃ、廃神というのは?」

「そんなことも知らないのか。ガキめ」

「子供に物事を教えるのも大人の務めじゃろう」

「へいへい」


 カナエは行く手を遮る雑草を踏み倒してセキに道を作りながら、廃神について説明する。


「世の中には様々な神がいるが、中には信仰を集められずに権能魔法が使えなくなる神がいる。こういった神や教会は枢機卿会議で審査し、廃神と見なされる。除虫の神『ガラガナガラ』も八十年ほど前に廃神と認定された」

「ほほぉ、つまり、客が減りすぎて閉店した神なんじゃな?」

「身もふたもないがその通りだ」


 カナエは樹皮の状態や落ちた枝を観察し始める。

 不自然なほど虫がいない。虫を主食にしている鳥の類もおらず、草食、果実食の動物や鳥、それを狙う肉食獣も数が少ない。


「さっきから虫の姿ばかりを探しておるな。魔物の調査に来たのじゃろ?」

「依頼は現地の調査だ。魔物に限った話じゃない。それに、さっきも言っただろ。ガラガナガラは除虫の神なんだ」

「……権能魔法が使えないはずの廃神の神殿の近くで権能魔法が使われた痕跡がある、という話じゃな?」


 誰かが虫を払った可能性があるとなれば、ただの違和感だけで片付けられない。作為的な物ならば目的を調査する必要がある。

 セキが地面に落ちている木の実を拾った。


「ポッタの実が落ちとるぞ」

「虫は?」


 カナエが尋ねると、セキはポッタの実を遠くの木の幹に投げつけた。

 ポッタの実のオレンジ色の笠が外れ、中からすさまじい勢いで種を吹き出しながら飛んでいく。中に虫が巣食っていると飛ばないため、あの実には虫がついていないことになる。

 セキが食べ終えたポッタの種が入っていた小瓶にポッタの実を入れ始めた。森に虫がいない証拠にするのだろう。


「のぅ、ガラガナガラは何故廃神になったんじゃ? 虫が近寄らなくなるのなら、冒険者に旅人、害虫に悩む農家にと大人気じゃろ?」

「除虫の権能魔法は害虫と益虫を区別しない。教会がこんな森の中の辺鄙なところにあるのは農村部で嫌われていたからだ。曰く、土の質が悪くなる、実りが悪くなるとな。それでも、セキの言うとおり、旅人や冒険者に根強い人気のある神だった」


 虫による食害の後や巣穴がないため、探すのを諦めたカナエは昼食に買っておいたミートパイを収納魔法から取り出した。

 セキがポッタの実でいっぱいになった小瓶に蓋をして歩いてくる。

 セキの分のミートパイを渡し、カナエは除虫の神『ガラガナガラ』が廃神となった経緯を話し始めた。


「事の起こりは八十年前、旅ブームに由来する。ちょうど、魔物の大氾濫が起きる直前の時期だ」

「旅ブームで除虫の神に注目が集まったのじゃな?」

「あぁ、利用者も爆発的に増えた。そして、観光地だった花畑が壊滅した」

「……何故じゃ?」

「旅人が除虫の神『ガラガナガラ』の権能魔法を受けた状態で観光したせいで、花粉を媒介する虫が寄り付かなかったからだ。他にも養蜂業に悪影響があったらしい。おかげで、一時は邪神認定を受けかねないほど世間からの心証が悪くなった」

「そんな副作用があるのじゃなぁ。世の中、うまくいかないものじゃな」


 ミートパイを齧って幸せそうな顔をするセキが他人事のように言う。


「さっきも言った通り、ガラガナガラは農村部で嫌われていて、こういった辺鄙な場所に教会が建っている。評判が悪くなったガラガナガラの神官のなり手は少なく、辺鄙な場所にある教会の利用者も激減し、廃れたんだ」

「ガラガナガラも不満じゃろうなぁ。持ち上げておいていきなりポイ捨てられるのじゃから」

「その点については同情するよ」


 カナエもセキの意見に頷いて、ミートパイを食べる。

 匂いにつられて虫がやってこないかと期待していたが、昼食の間も虫の姿はなかった。

 カナエはつま先で地面をえぐり、土の状態を探る。腐りかけの葉っぱが積み上がっているが、どの葉っぱにも虫による食害の後はない。


「この森、死ぬじゃろうな」


 セキが木漏れ日を見上げて呟く。


「腐った枝葉を食べる者がおらぬ。木々が根腐れを起こしかねん。花粉を運ぶ者がおらぬのでは、実もつかんじゃろう」

「問題はそこだ。ポッタの実は受粉しなければ実らない。なのに、セキは集めていたよな?」

「……虫の代わりに花粉を運ぶ何かがおるのか?」


 セキがきょろきょろとあたりを見回す。

 カナエは適当な木の枝を折り、セキに突き出した。枝にはツタが巻き付いて締め上げたような跡が残っている。


「おそらくは魔物だ。擬態を行う植物系魔物の中には自身が紛れ込めるように周囲の環境を整える生態を持つモノがいる。それが受粉させて回っているんだろう」

「ほほぉ、つまり、森は生き続けるんじゃな」


 めでたしめでたし、とセキは拍手するが、事はそう単純ではない。

 むしろ、状況は今もなお悪化していると言っていい。


「魔物だぞ? 単に受粉の手助けをして終わりじゃない。魔物が受粉を手伝った種からは三割程度の確率で同種の魔物が発生する。種の段階で高い魔力を有することから虫が積極的に食べるが、この森ではそんな自然淘汰が機能しない。後は、分かるな?」

「……森全体が植物魔物になっていく?」

「御名答だ。魔物の大量発生の傾向が指摘されてすでに四年、今までは冒険者が間引いていただろうが、そろそろ限界だろう」


 虫の演奏会は無期限延期。代わりに魔物さんがスタンバイである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る