第4話  禁書の話になると早口だよな

 調査依頼を掲示板で見つけて受付に持って行くと、受付嬢は渋い顔をした。


「申し訳ありませんが、こういった調査は実績を積んだ冒険者でないと請けられません。納品するタイプのモノや、お二人でしたら討伐依頼で実績を積んでいただかないと」

「そうでしたか、備考欄に何もないのでランクだけかと」

「それはこちらの不手際です。修正しておきます。……あ、そうだ。少々お待ちください」


 何かを思い出したらしく、受付嬢は立ち上がって奥の方へ歩いていく。

 しばらくして戻ってきた受付嬢は新しい紙を持っていた。


「調査依頼でしたら、こちらはいかがでしょうか?」


 差し出された依頼書を見て、セキが興味を引かれたように身を乗り出す。


「監査依頼と書いてあるのじゃ」

「はい。地元の私たちでは気付けない変化や見落としがないかを監査するモノです。普段の調査依頼で冒険者とギルドが癒着していないかを監査する目的もあり、調査項目が多くなっていて報酬と見合わないと不評なんですよ」


 報酬額を見てみれば、普通の調査依頼と金額がほぼ変わらない。調査項目は倍以上に増えているのにもかかわらずこの報酬では嫌がられるのも当然だった。

 しかし、カナエは依頼を受けられずとも現地の調査を行うつもりだったため報酬が手に入るのならば一石二鳥だ。


「では、これを請けましょう」

「助かります。先ほど申し上げた通り、冒険者ギルドとの癒着がないかを調べるものですので、調査報告の提出先は別のギルドになります。こちらの札と共に提出してくだされば、先方に通じますので」

「どこのギルドでもいいんですか?」

「我々が指定してしまうと監査になりませんからね。余所の冒険者ギルドでなくても、商業ギルドや職人ギルド、外壁の門番詰所でも大丈夫ですよ」

「分かりました」


 調査項目と地域を改めて確認し、カナエは準備をするため冒険者ギルドを後にした。


「調査範囲はともかく、項目が多すぎるんじゃないかの。これは現地で野営じゃな」

「近くの村に泊めてもらえればいいんだが、当てにはできないな。魔物が大量発生しているのならギリソン教会の定期巡礼が無くなったのもあって疎開しているかもしれない」

「そもそも、夜間の調査はせんのか?」

「調査項目にはないな。まぁ、野営するんだから気にするな。それより、セキもついてくるつもりか?」


 カナエが問うと、セキは腰に両手を当てて胸を逸らした。


「当たり前じゃろう。一人で宿にいてもつまらんのじゃ」

「守ってやれないぞ?」

「妙なことを聞くのぅ。試験で魔法を見せたじゃろうが」


 自分の身くらい自分で守れると豪語するセキにカナエは首を横に振る。


「調査に当たる俺たちが地形を破壊してどうする。あんな大規模魔法をポンポン撃たれたら魔物どころか薬草や山菜までダメになる」

「うぐっ……け、結界魔法を使えるぞ! 野営に便利じゃぞ!」

「なんで結界魔法まで使えるんだ。どんな魔力量してやがる」


 攻城魔法を一人で扱うようなびっくり少女なのは知っているため、結界魔法が使えることそのものはカナエも疑わなかった。


「結界魔法は便利だし、宿代も浮くからいいか。基本的に、魔物と遭遇したら逃げるぞ」

「分かったのじゃ。それで、買い物するのじゃろ。食材とテントか? おぬし、細っこいのに大荷物なんぞ持って行けるのか?」

「収納魔法を使えばいい。まだまだ容量があるしな」


 市場へ向かいながら、カナエは収納魔法を発動する。

 黒い靄を見たセキは興味深そうに靄の中に手を突っ込んだ。


「禁書庫の本をしこたま入れたじゃろうに、まだ入るのじゃな」

「チヌ・リーニアランの収納魔法だ。『チヌ族長秘伝書』に書かれている」


 宿で話しそこなったうんちくをここぞとばかりに披露し始めるカナエに、セキは苦笑する。


「『チヌ族長秘伝書』というからには一子相伝的な物なのじゃろう? 何故、おぬしが持っておるのじゃ?」

「遊牧民族としてのチヌ族は百二十年ほど前に滅んだと言われている。末裔が定住生活を始めたからな。『チヌ族長秘伝書』は定住生活を始める際に部族内の各家庭に写本として配られた。俺が持っているのは原本だがな」

「そうか。なんとなく、寂しい話なのじゃ」

「栄枯盛衰は世の習いだ――っと、市場は結構混んでいるな」


 昼時だからか、買い物中と思しき主婦や旅人でにぎわう市場の入り口でカナエはセキの手を取った。迷子になられても面倒だからだ。

 すれ違う人々は歳が離れた兄妹の買い物風景として微笑ましく眺めている。


 カナエはもくもくと買い物を済ませるべく携行食品を売っている店の前で足を止めた。

 野菜の酢漬けや燻製肉、干し魚などの日持ちのする食品ばかりが目につくが、旅人相手だけの商いでは利益が振るわないらしく、ミートパイなども置かれている。

 今回の調査依頼は野営も含めて二日の予定であり、ミートパイも十分に選択肢に入った。


「食べたいものとかあるか?」


 一応、旅の道連れに意見を聞いてみる。

 セキが小瓶を取り出してポッタの種を摘まみ、幸せそうな顔をする。


「甘酸っぱ美味いのじゃ」

「おう、よかったな。宿にお礼の品も買っていかないと」

「甘いものはこれで足りとるし、それなりに腹にたまるモノが欲しいのじゃ。チーズパンはよさそうじゃの」

「チーズパンね。まぁ、今日の内に食べる分には問題ないか」


 収納魔法に入れても時間による劣化や腐敗は避けられないため、チーズパンの他は塩漬け肉や乾燥キノコなどを購入し、収納魔法に放り込む。

 店の主人がうらやましそうにしていた。収納魔法があれば在庫に悩まされにくくなるからだろう。


「お嬢ちゃんにはこれをおまけしてやろう。また来てくれよ」


 店の主人がセキに水あめの入った小瓶を渡す。


「おぉ! ありがとうなのじゃ!」


 礼を言うセキにニコニコと笑う店の主人は、カナエを見る。


「冒険者だろう。贔屓にしてくれな」

「新人の財布を労わってくれるなら」

「それは応相談ってやつだ」


 豪快に笑う店主に見送られて、店を後にする。

 テントなどの野営道具を買いに行こうとすると、セキが水あめの入った小瓶を差し出してきた。


「これだけでは味気ない。果物が欲しいのじゃ」

「俺にも寄越せよ?」

「うむ。独り占めはせんよ。相棒じゃしな」


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