第3話 良い子は読んだら片付けましょうね
新人冒険者向けの講習を行うとのことで講義室らしき部屋に案内され、カナエはすぐセキに抗議した。
「偽の身分が欲しくて登録に来たってのに、なんで目立つようなまねをするんだよ」
「仕方がなかろう。大規模魔法しか使えぬのじゃ。通常の攻撃魔法だと我の魔力が多すぎて暴走するしのぅ。それに、おぬしこそ本名で登録しておるじゃろ」
「家名は名乗ってない。ぼろが出ないように嘘を吐かなかっただけだ。そう珍しい名前でもないしな。というか、魔力が多すぎて暴走って、お前何者だよ」
「思い出せたら苦労はせんのぅ」
椅子に座って足をプラプラと揺らす記憶喪失少女のセキにカナエが呆れたとき、講師らしき女性が部屋に入ってきた。
「凄い新人というのはあなた方ですね。では、講義を始めます。規約と諸注意の説明だけですので、寝ないでくださいね。質問は講義の後で受け付けます」
そう言って、冒険者ギルドの諸注意が語られる。
あっさりと偽の身分が作れるような緩い組織だけあって、規約も緩い。代わりに社会的な信用もほとんどなく、Cランク以上の冒険者でもなければ流れ者と変わらない。
カナエは流れ者どころかお尋ね者なので、むしろ身分は向上していた。
「周辺の地形や魔物、薬草などの分布は資料室で確認できます」
「資料室はどこですか?」
「当館の二階にあります。持ち出しはできません」
「行ってきます」
「待つのじゃ。おぬしは本を手にすると読みつくすまで動かんじゃろうが」
早速資料室へ突撃しようとした本の虫カナエをセキが抱き留める。
カナエは腰に回されたセキの腕を振りほどこうともがいた。
「HA・NA・SE!」
「日銭を稼がねばならんと言ったのはおぬしじゃろうが」
「うるさい。冒険者は命がけ。資料室は命綱たる知識の宝庫。大義名分、我にあり! 証明終了。さぁ、放せ!」
「大義名分を言うのならなおの事、金になることをせい!」
「――いきなり資料室に行きたがるなんて珍しい新人ですね。資料室に関する依頼を請けませんか?」
講師の提案に、カナエとセキは揃って頷いた。
※
冒険者ギルドからの直接依頼としてカナエたちに出されたのは資料室の整理と痛んだ本の補修、一覧の作成だった。
禁書庫の番人ことカナエと禁書庫の妖精ことセキにこなせないはずもなく、万事適当な冒険者たちが荒らした混沌の資料室は瞬く間に輝かしい知識の殿堂に返り咲く。
「ほう『亜竜分類絵図』か。これはいい博物誌だ。分かっているじゃないか」
「珍しい本かの?」
「いや、七十年前に書かれた本だが、さほど珍しいものではない。八十年前の魔物大氾濫では亜竜による被害が顕著だったことから、バーズ王家主導で編纂されたモノだ。国内であれば容易に手に入る。もっとも、一般人が購入するとは思えないがな」
てきぱきと資料を分類していると、セキが数冊のファイルを持ってきた。
「カナエ、これはどうする?」
「過去の依頼記録か。ギルドの個別資料だから奥の棚だな。……いや、ちょっと待て」
奥の棚に収めに行こうとするセキを呼び止め、依頼記録を手に取る。
パラパラと中身をめくって、カナエは笑みを浮かべた。
「面白い依頼があるじゃないか」
「なんじゃ? 気味の悪い笑い方じゃの」
何を見て笑ったのかと、セキがファイルを覗き込む。
カナエが開いていたページには快癒の神ギリソンの教会から出された依頼と内容が書かれていた。
ギリソンの権能魔法は治癒魔法。その有用性から広く信仰される神ではあるが、辺境や小さな村にまで教会が建っているわけではなく、定期巡礼の名目で神官団が派遣される。冒険者ギルドにはこの神官団の護衛依頼が出されているようだ。
しかし、ここ四年間は神官団の派遣が激減し、この一年は一度も定期巡礼が行われていない。
「魔物の大量発生が確認されたため、と書かれておるぞ?」
「本当に大量発生が起きているのなら、討伐数や依頼も増えているだろう。ちょっと待ってろ」
過去の依頼書を確認してみると、確かに定期巡礼で通るとある地点で魔物の大量発生が確認されており、討伐依頼も多々出されている。
しかし、討伐対象の項目を見たカナエはいくつかの依頼を見比べて不審そうに眼を細めた。
「植物系魔物に偏っているな」
「実際に大量発生しているのじゃろ? ならば、定期巡礼が行われないのも当然ではないかのぅ」
「ちっ、弱みが握れると思ったんだがな」
「小さな違和感でも突き詰めるのは悪いことではないのじゃ。それより、定期巡礼が途絶えているとなると、現地の村や町は大変じゃろうな。怪我も悪化すれば死に至るじゃろ。悪化の仕方によっては、ギリソンの権能魔法で直るどころか悪化するとも聞くのじゃ」
「そうか、言われてみれば現地は大変だな。ちょっと言ってみるか。ギリソン教会に対する不満の声があるならまとめておけば、ちょっとした嫌がらせに使えそうだし」
「動機が不純じゃな。薬の類は差し入れに持って行くべきだと思うのじゃ」
「そのあたりは抜かりない。周辺の薬草の分布図は頭に入れた。道中、採取して行こう」
ついでに魔物の発生地点を調査し、ギルドに報告しておけば定期巡礼再開の目途が立つかもしれない。その情報をもたらした冒険者となれば、現地でのウケもいいだろう。
打算だらけで計画を立てはじめるカナエを呆れたように見て、セキはやれやれと首を振った。
「ギリソン教会も執念深い奴を敵に回したもんじゃなぁ」
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