02 才能を買われた天才

 暁人が少し落ち着いた所で、その声は話し始めた。

「むか〜しむかしある所に、世界を支配しようとする邪悪な存在がいました」

 なにやらいきなり昔話が始まった。

「奴らは人間界に降りては人々をさらい奴隷にし、家々を燃やし、人を狩っては生贄にし、その世界で破壊の限りを尽くしました」

 ——邪悪が人間の世界に来て大量殺戮さつりく

 彼はあまりの唐突な展開で驚きを隠せなかった。

「このままでは人類が滅んでしまう、そう思った世界の国々は、別の世界から勇者を召喚することにしました」

 暁人にとって【転生】やら【召喚】やらという言葉はほとんど、というか全く聞き慣れない言葉であった。

「そして、違う世界から無作為に人を召喚して、その人らに魔物を倒す力を与えました」

 ——力を与えた⋯⋯? 一体どのような?

「そして数年要しましたが、その多くの勇者たちによって魔物は跡形もなく消え失せ、その世界に平和が戻ったのでした」

 ——めでたしめでたし、といったところだろうか。

「昔話はそれで終わりか」

「はい⋯⋯と言いたいところですが、めでたくは終わらなかったのです」

 その声は暗いトーンで答えた。

「その後に何か問題でもあったのか?」

「はい、国は勇者たちを元の世界に戻すという条件のもと魔物を倒させたのですが⋯⋯魔物が滅んでも勇者たちは帰ろうとしないのです」

 ——自分たちの世界に帰りたがらないだと? そいつらどうかしちまったのか?

「帰りたがらないって⋯⋯どういうことなんだ?」

「勇者に与えた力は禁忌きんき魔法とされる強力な魔法なので、本来は国に返さなければいけないのですが⋯⋯それを手放そうとせず、ずっとここに居たいと申したのです」

 ——そんな危険な力を持っていながら居候いそうろうか、俺が言えたことじゃないが⋯⋯それにそいつらまるで駄々をこねる子供みたいだな。

「で、その危ないガキみたいなやつらは今はどうしてんだ?」

「王宮にこもったり、逃亡したりと様々です」

 ——なんてまとまりの無い奴らなんだ⋯⋯

「一体国は何をやっているんだ?」

「一応、これ以上人が増えないように勇者を召喚してはいけない決まりができました⋯⋯ですが、だからといって勇者たちを止めることはできません」

 ——俺の世界もそうだが、どこ行ってもトップが無能なのは変わらないのか⋯⋯

「というわけであなたに協力して欲しいのです!」

「は?」

「いまや勇者たちを止められるのは、同じ世界に住んでいた人間だけだと国で結論付けられました」

「いや、だからって俺じゃなくていいだろ!」

「あなたじゃないとダメなんです、私はあなたのそのを買ったのですよ!」

 ——俺の才能を買った? どういうことなんだ⋯⋯

「俺がお前の奴隷になれと?」

「とんでもございません、私が今欲しいのは奴隷よりも価値のあるなのです」

「力? 俺にその力があると?」

「そうです!  実は、私は転移者管理の仕事をしておりまして、国から依頼されてあなたを連れてきたのです!」

 ——転移者管理って⋯⋯まともに管理できてないじゃねぇかよっ!

「それで俺を連れに来た?」

「はい! 今や国は平凡な勇者よりも、天才的な才能を持つ人間を求めています」

「それが俺⋯⋯」

「あなたは国の厳重な審査で選ばれた逸材なのです!」

 ——俺の才能なんて、小説を書くことしか無いぞ⋯⋯昔はロクに仕事してなかったしな。

「そっちの世界に行っても、俺は小説を書くことしかできないぞ?」

「そんなことは分かってます、あなたのその文章力でかつての勇者たちを説得して欲しいのです!」

 声の主は予想外の要求をしてきた。

「説得だと!? そいつら説得が通じる相手なのかよ! その禁忌魔法とか使われたらこっちが死んじまうよ!!」

「あなたの天才的な文章力なら大丈夫ですよ! ⋯⋯多分」

「多分?  今、多分って言ったよな!?」

「⋯⋯まぁ大丈夫ですって! こちらからもサポートさせてもらいますから!」

 ——いやサポートって言ってもな⋯⋯全然期待できないぞ!?

「あまり期待はできないがな⋯⋯それに、今俺は仕事の真っ最中なんだが、そっちで続きをさせてくれるのか?」

「それは安心してください! ちゃんと設備の整った部屋を紹介します、なんならこちらの世界でネタを探せますし」

 ——そうだ、俺の本業は【小説家】だ⋯⋯まずその仕事が出来ないとな⋯⋯

「まぁ、確かに悪い話ではないか⋯⋯行ってやってもいいが安心はできそうにないな」

「あはは⋯⋯それでは、承認も得たことですし召喚の儀を始めたいと思います!!」

 そう声の主が言うと、彼の真下に魔法陣が展開された。

「うわっ! なんだこりゃ」

「そこから動かないでくださいねぇ⋯⋯いきますよぉ、召喚!!」

 その掛け声と共に、彼はいつもの世界とはかけ離れた違う世界へと向かうのだった。

 そして、ある一人の天才の物語が始まったのであった。










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執筆のアキト たぁくみ @tkm54948335

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