第4話
あの日から三か月が経った。今僕は村から二十キロ程離れたところにある山に来ている。
山菜の採取を第一に、あわよくば山獣や魔物を仕留めようとここまで来たのだ。
父さんに剣や体術の稽古がてらにたまに連れられては狩りにつき合わされ、山菜や薬草についてもみっちり教え込まれたのだ。最後に山へ行ったのは半年ほど前だっただろうか。へとへとになりながら必死で斜面を歩いたのが懐かしい。
あの頃は父についていくのにも苦労していたのが、今となっては大した疲れもなく山までたどり着き、険しい斜面やぬかるんだ地面にも負けず歩き回れるようになった。原因はわかっている。いつも見るあの夢だ。
夢の中で工夫を重ね、両親と魔物とを観察し、動きから余分をそぎ落とし魔力を巡らせ続けることを続ける内に、はっきりと魔力が高まっていった。魔力の総量は三か月前の五倍に達し、同じだけの身体強化をするのにかかる魔力の量自体少なくなってきているのがわかる。強化するのにかかる時間は一秒を切り、強化の度合いも総量の伸びほどではないけれど上がっている。
なぜ夢の中で戦うのが魔力の上昇につながるのか、はっきりとしたことはわからないが、いくつか仮説を立ててみることはできる。
意識しなくとも人は息をするし内臓は働き生命を維持する。それらとは違い魔力の使用は生きるのに必ず必要なものではないのだろう。自覚的に運用しなければ筋肉が発達しないのと同じように、魔力もおのずから使わない限り成長しにくいのだろう。いわば精神の筋肉だ。
僕は夢の中でその精神の筋肉を絶えず酷使していることになる。
単純に肉体に成長期があるのと同じように魔力にも成長期があり、偶然いまぐんぐん魔力が成長しているだけなのかもしれないが、いくらなんでもタイミングが良すぎるんじゃないかと思う。僕としては前者を推したい。
思考が脇道にそれてしまったが、今日の目的は山菜だ。見つけ次第もくもくと採取していく。
背の高い木が多く、あまり日の差し込まないなだらかな斜面にフキが群生しているのを見つける。
大きな葉が特徴だ。葉っぱも食べられるが茎がしゃきしゃきとして美味しい山菜だ。やや旬は過ぎているけど、問題なく食べられるだろう。背嚢に二十本一束にして五束程収める。
ツワブキを採取したあたりでいったん背嚢を置き周辺を探してみると、熊ネギが生えているのを見つけた。熊ネギに似た毒草もあるので注意が必要だが、このニンニクに似た強い香りは間違いないだろう。
斜面を横に進んでいくと、踏みしめる地面の感触が少し水気を含んだものに変わってきた。
川が近いのかもしれない。意識的に聴覚を強化してみると確かに水音が聴こえる。そして、この物音はもしかして。歩く。歩く。水音がさらに近くなり、景色が開ける。幅四メートル程度の川にぶつかった。
音を立てないようにゆっくりと動きながら視線を巡らせると…いた!三頭の鹿を見つける。親子のようだ。一瞬ためらったけど、心を決める。見つけておいた石を握りしめると、身体強化しながら一番大きな鹿に向けて石を投げる。恐ろしい速さで飛んでいき、目当ての鹿の首に命中した。鹿はもんどりうって倒れ、ピクピクと痙攣している。頭部を狙ったんだけど、少しそれたようだ。まだまだだな。
ほかの二頭は、倒れた鹿のそばで高い鳴き声を上げていたけど、僕が近づくと跳ねるように逃げて山に姿を消した。鹿を確認するとまだわずかに息がある。何も考えないようにしながら頭部を短剣で一撃しとどめを刺し、木に吊り上げ血抜きをしてから内臓を抜き、川に沈め冷やす。
しばらく背嚢の整理をしながら休み、二時間ほどおいてから引き上げた。毛皮はここで処理すると手間なので、帰ってから村の人たちに手伝ってもらおうと思う。鹿を村へ持って帰るのは三度目だ。さすがにもう騒がれることもないだろう。ももや背肉、ヒレ、スネ、首肉、肩肉、舌は二日ほどおいたほうがいいだろうけど、肝臓と心臓なら食べられる。熊ネギと一緒に炒めた肝臓は叔母さんも好きだったはずだ。
荷物をまとめ、背嚢を背負うと地面に血のシミが残っているのに目がいく。
うつむき目を閉じ、鹿への感謝を心の中でつぶやき、二頭が消えていったあたりを一度だけ見つめると、僕は山を下りるために身体強化をかけ走り出した。
日が沈む前に帰らなきゃ叱られるからね。
ピーナツバター・ブラッド〜地下結実の英雄〜 腸沢エルンスト @1110662
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